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24.何だか美味しそうに見えた
しおりを挟む僕は、無理やり笑顔を作って、フュイアルさんに振り向いた。
「そ、そうです! この際だから、根絶やしにするのがいいと思うんです!!」
「嘘っぽく言うねー。何企んでるの?」
「た、企むなんて! 僕は何も企んでません!」
「ふーん。で、今日はなんで俺を誘うの?」
「そ、それは……だって、僕一人じゃ……あ、相手は大人数だろうし、今、手が空いてるの、フュイアルさんしかいないから……し、仕方なくフュイアルさんに頼んでいるんです!!」
「……ふーん……」
フュイアルさんは、嫌な顔で笑って、わざわざ顎に手を置く。
いつもなら、すぐいいって言うのに……やっぱりバレてるのかな……
「どうしようかなー。俺も忙しいんだよなー」
「な、なんで……いつもなら、すぐにいいって言うじゃないですか!!」
「今日は特に仕事が立て込んでるの」
「……じ、じゃあ……だめなんですか?」
「だめじゃないよ。トラシュが何かお礼してくれるなら行ってあげる」
「お、お礼!?」
「うん」
またキモいこと言い出した……足元見やがって!!
我慢だ。我慢だ僕。
フュイアルさんは、もうすぐ死ぬんだ。そう思えば、我慢できるはずだ!
だから、我慢して油断させて誘い出すんだ。
決意して、目の前の男を睨みつける。
そいつは椅子に座ったままニヤニヤ笑いながら僕を見上げていた。
「な、何して欲しいんですか……?」
「服脱いで足舐めろ」
「誰がやるか!! 死ねっ!!」
やっぱりやめた。こんな奴と話なんかしていられない!
さっさとその場から去ろうとした僕を、フュイアルさんは後ろから服を掴んで止める。
「嘘だよー。待ってー。トラシュー。もう少し、ハードル下げてあげる」
何が、下げてあげる、だ! いちいち上から目線すぎる!! どれだけ僕を馬鹿にすれば気が済むんだ!!
怒鳴りつけてやろうとして振り向くと、フュイアルさんは床を指してにっこり笑った。
「床に座って可愛い顔して」
「嫌ですキモいです死んでください!!」
「じゃあ、俺も行かない」
「……くっ!!」
やっぱりこいつ、今日殺したい。
フュイアルさんは、足先で床をとんとん叩きながら、僕に膝をつくように促している。
……我慢だ、僕! だってこいつ、今日死ぬんだ!! 僕に殺されて。そのためなら我慢できるはずだ!!
怒りを抑えてその場に膝をついて正座する。爆発しそうになる感情を、必死になだめながら、僕は目の前の男を見上げた。
「こ、これで……いいですか……?」
「可愛いねー。目がうるうるしてて」
「これは悔しいからです!! もういいだろ!!」
「まだ」
ニヤニヤ笑いながら、そいつは今度は魔法でデスクに小さな瓶を作り出す。中にはたっぷりとクリームみたいなものが詰まっていた。
何をされるか分からない不安が湧いてくる。だけどそれを怒りで掻き消して、僕は、フュイアルさんを睨みつけた。
こんな奴に負けてたまるか。
フュイアルさんは、大きなスプーンに、たっぷりとクリームをとって、僕の口元に突き出してくる。
「はい。あーん」
「……嫌です」
「トラシュ、甘いの嫌い?」
「そうじゃなくて、なんでそんなの食べなくちゃいけないんですか!!」
「おいしいよー、魔力で作ったから」
「ぐっ……!」
それでか……さっきからうまそうな匂いがする。フュイアルさんは、こういう嫌がらせみたいな魔法が得意なんだ。
僕は昨日、強力な魔法を使っている。その上、砂嵐に吹き飛ばされたダメージがまだ残ってる。
魔力の使いすぎで疲弊した体には、フュイアルさんの魔力のクリームは、まるで空腹の時に出されたご馳走のようだ。
あのクリーム、魔力を込めた上に、人を引き寄せるための魔法でもかけてあるんだろう。甘くて、誘うような香りがする。
「どうしたの? 舐めて」
再度、鼻先にスプーンを突き出され、誘惑に負けた手が、震えながらそれに伸びる。
だけどフュイアルさんは、スプーンをさっと引っ込めてしまう。
「両手は床につきなさい」
「はっ!? なんでだよ!!」
「嫌ならあげない。トラシュとも行かない」
「ぐっ……!!」
この野郎……足元見過ぎだ。
ムカつくけど、ここで引いたら、馬鹿にされただけで終わる。
フュイアルさんを連れ出すことにも失敗して、今日こいつを殺す計画は台無しになる。
今だけ、ほんの少し我慢すればいいんだ。
悔しいのを押し殺し、両手を床につく。
「わ、わかりました……」
「いい子だね……さあ、どうぞ」
フュイアルさんの突き出すスプーンに、そっと舌を伸ばす。
一口舐めれば、フュイアルさんだって満足するかもしれないし、たとえしなかったとしても、もうしただろって言って終わりにすればいい。
悔しいのと、未知のものをくわえなきゃならない恐怖で、舌が震える。それなのに、絡みつくような甘美な香りが、鼻から頭に入って、思考が痺れていくようだ。
なんだかおいしそう……
震えながら突き出した舌が、クリームに一瞬、触れた。
うわ、甘……体が溶けるみたい。甘くて眠くなりそう。
体の中がほんのり温かい。じわっと奥から、不思議な熱が広がる。
感じたことのない愉悦が浸透して、それがゆっくりゆっくり、思考を犯していくようだ。
力が抜けて、正座していた足が崩れ、僕は床についた手で体を支えた。
もう少しほしくて舌を伸ばしたのに、フュイアルさんはスプーンを引っ込めてしまう。
追いすがるように、僕の尻が浮く。こんなの、まるで犬みたいじゃないか。
フュイアルさんは、そんな僕を眺めて楽しそうだ。
「美味しい?」
「……あ、甘い……も、もっと…………」
「いいよ」
後少しだけ……こいつを油断させるためだ。いい気分にさせておけば、きっと殺しやすくなる。別に舐めたいわけじゃない。
いっぱい自分に言い訳して、もう一回、クリームに舌を這わせる。
体の中に生まれたものがまた少し膨らむ。お尻のあたりがピクンと跳ねる。下半身が温かくなって、揺れている。こんなの、初めて食べた。もっと欲しい。
欲張りになった僕は、気づかないうちに涎まで溜めていたようで、クリームを求めて舌を動かすと、ぴちゃっと、物欲しげな音がした。
甘くて優しくて、それなのに毒々しい刺激が、僕の中に入ってくる。ビクビク、痙攣するように体が揺れる。まだ足りない。
何度も欲望を刺激され、舐めるだけでは物足りず、僕はついにスプーンをくわえしまった。それは僕の口に入りきらずに、唇の周りを白く汚す。びちゃ、びちゃ、とクリームが床に垂れてそこを濡らしていく。
だけどそんなこと気にならないくらいに気持ちいい。それを口に含むたび、体を麻痺させるような甘さが伝わって、体はピクピク震える。
もう、欲しいという感情だけで生クリームを舐める口元はドロドロになっていた。あまりに夢中になりすぎたからか、クリームは僕の顎から垂れて、服や手を汚していく。
そばで、フュイアルさんの嘲笑する声が聞こえた。
「浅ましい……溢れたよ。舐めな。きれいにするんだ」
「はい……」
落ちたクリームからも、いい匂いがする。夢中になりすぎて、それにすら舌を伸ばそうとした僕のおでこに、靴がぶつかった。フュイアルさんのものだ。
そこでハッとした。
僕、何してるんだ!!
「だ、誰が舐めるか!! こんなもの!!」
すぐに立ち上がろうとしたのに、足が動かない。床についた両手も、まるでそこに張り付いてしまったかのようだ。
「うっ……ぐっ……くそ!! 何したんだ!! フュイアルさん!!」
「ペットが勝手に立たないように、魔法をかけた。さあ、舐めろ」
「ふざけんな! 誰が舐めるか!! もういいだろ! 魔法、解けよ!!」
「嫌。言うこと聞かないと、お仕置きだよ」
「は? わ!」
欲望のままに舐め続けた僕は、周りに光の粒が舞っていることに気付けなかったようだ。
これは魔族が使う媚薬の魔法。この粒が体に入ってくると、信じられないくらいに体が高揚して、快楽に侵されてしまう。
粒の一つが体に入ってきただけで精液が噴き出すくらいなんだ。
それがこんなにもあったら……
「い、嫌……いやっ……!! やだ! フュイアルさんっ!」
「舐めるのと媚薬地獄、好きな方を選べ」
「そんな……い、いや……やだ…………無理……」
どっちも選べなくて、涙目になって首を振る。
僕は以前、こいつの媚薬の魔法にかかったことがある。あの時だってひどく苦しかったのに、こんなにたくさんの魔法に犯されたら、僕は正気を失うかもしれない。
怯える僕を見下ろし、フュイアルさんは、嘲るような笑みを浮かべていた。
「仕方ない……俺の前に這いつくばって、可愛い顔するだけで許してやる」
「う……ぐ……」
「どうした? 早くしないと媚薬と床にするぞ」
「うっ…………」
もう、悔しすぎて涙が出る。
涙を流しながら、僕はフュイアルさんを見上げた。
目の前で、憎い男が僕を見下し笑っている。こいつ……絶対殺す!!
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