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16.何で僕、こんな奴好きだったんだ?

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 侵入者の剣を軽く受け止めながら、フュイアルさんは、いくつもの鎖を操り、男を捕らえようとしていた。

 二人が勝手に戦闘を続けているうちに、僕は、大好きな彼に駆け寄った。

「だ、大丈夫!?」
「さわんな! キメエっ!!」

 愛し合っているはずの彼に、乱暴に振り払われてしまい、僕は心が割れるようにびっくりした。

 触るな? 気持ち悪い? なんでそんなこと言うんだ?

 驚く僕を、そいつは怒鳴りつける。

「てめえなんざっ……愛してるわけねえだろ!! バーカっっ!!」
「……え?」

 今、なんて言ったの? 愛してない? なんで??

 訳が分からなくて、呆然とする僕。

 大好きな彼は、僕を振り払うような仕草をして、僕が聞いたこともないような声で、僕を怒鳴りつけてくる。

「てめえ重いんだよ!! 俺のことつけまわしてるだろ!!」
「……だって……砂嵐の日は、会う以外に連絡手段ないから……声、聞きたいし、そばにいられないと不安だし、ずっと遠くから見てるだけじゃ嫌だよ。いつも手を振ってくれなきゃ嫌だよ!!」
「うぜえんだよ!! てめえは黙って金だけ出してろ!! 俺もうすぐ結婚するんだぞ!!」
「……けっ……こん……??」

 え? な、何言ってるの?? けっこんって、何??

 なんで結婚するの?? 僕が好きなんじゃないの? だって好きって言ってくれたのに。

 付き合おうって言ってキスしてくれたのに、何で僕じゃないやつと結婚するの?

 全く理解できないことを言われて、首の痛みも忘れて、呆然と立ち尽くしてしまう。

 後ろから、黒い服の男の相手をしているフュイアルさんの言葉が飛んできた。

「トラシュから盗んだものと、魔物売って稼いだ金で、高飛びする気なんだろ? 首都には婚約者がいるはずだ。その子のことも、騙して金だけ取って逃げる気なんだろ?」

 何を言っているんだ? フュイアルさんは。全く理解できない。だって、彼は僕を愛しているはずなのに。

 それなのに、僕の最愛の彼は、フュイアルさんの言葉を聞いて、焦り出した。

「なっ……何言ってんだてめえ! なんのことだよっ!!」
「君、結婚詐欺までしてるって、首都から報告きてる。舐めた真似してくれるねー」
「てめえ……いきなり飛び込んできて何なんだ!! 誰なんだよ!! てめえに関係ねえだろ!!」
「俺はそいつの上司。可愛いトラシュにいたずらする奴は許さないよ!」

 フュイアルさんの鎖が、黒い服の男を弾き飛ばす。

 僕は、もう混乱しすぎて、何が起こっているのか、フュイアルさんたちが何を話しているのかすら、頭に入ってこなかった。

 高飛び? どっか行っちゃうの?

 僕とずっと一緒にいるって言ってくれたのに、なんで行っちゃうの?

 僕が大好きだった恋人は「余計なこと言ってんじゃねえっ!!」と怒鳴りながらフュイアルさんに殴りかかり、腕を捻りあげられている。

 なんでそんなことしてるの?

 今は、僕と話をすることが最優先のはずなのに。

 あっさりフュイアルさんに負けたその男は、やっと僕に振り向いた。

「おいトラシュ!! こいつなんとかしろっ!! てめえの上司だろ!! こんなもん連れて来て、どういうつもりだっっ!??」
「君こそ、俺の前でトラシュを怒鳴るなんて、どういうつもり?」

 捻り上げた腕をさらに捻られ、僕が大好きだったはずの人は、情けない悲鳴を上げている。

 こいつ、今なんて言った? 僕がフュイアルさんをけしかけた?

 僕がフュイアルさんに頼み込んで、ここまでついて来てもらったって思ってるのか?

 なにそれ。

 ムカつくを通り越してキモすぎ。

 なに言ってるんだ? こいつ。

 …………あれ? なんで僕、こんな奴好きだったんだ……?

 一気に気持ちが冷めていく。

 ……なんで僕、こんな奴好きだったんだ?

 考えてみれば、こいつとの思い出って、暴力振るわれたことしかない。

 好きって言ってくれたのに、僕じゃなくて、お金の方が好きだったんだ。

 愛してるって言ったくせに。



 まだ悲鳴を上げ続けている情けない男に、僕は、ゆっくり近づいた。

「……なんで…………」

 僕の一言に気づいたのか、フュイアルさんと、僕が好きだったはずの人が、僕に振り返る。

 その姿が、涙で霞んだ。

 怒りなのか、それとも他の感情なのか、淀んだ感情が、僕を頭から包んでいく。

「…………死ね……」

 無意識に放った炎は、恋人だった人にむかって飛んでいった。けれどその男は、炎に襲われる直前、煙が飛ぶようにして消えてしまう。

 標的を失った炎も、フュイアルさんのすぐそばで消えた。

 フュイアルさんはいつもこうして、僕の怒りを晴らすための炎を、あっさり吹き消してしまう。

「トラシュ、そんなに怒らないで。あんな男のことなんか、考えたところで損をするだけだよ。それに、怒るより先に、片付けなきゃいけない仕事があるだろ?」

 フュイアルさんが振り向いた先の壁が、突然外から爆発するように破壊され、中に破片が飛び散る。

 今度、壁を破壊して侵入してきたのは、頭だけが異様に大きな、蝙蝠のような姿をした魔物だった。ぎょろぎょろと動く目で、こちらを睨んでくる。

 黒い服の魔族の男は、もうこの部屋にはいなかった。逃げたんだろう。

 壁を破り、馬鹿でかい体をねじ込むようにして入ってきた魔物を、僕の魔法が貫く。頭から尻尾まで貫通されて、魔物はあっさり力を失い、マンションの外に落ちていった。

 パンパン手を叩く音がする。

「よくできました」

 笑うフュイアルさんの顔がますますむかつく。

 さっきより火力を増した魔法で、今度はフュイアルさんを狙うけど、力を込めたはずの一撃は、あっさり吹き散らされ、消えてしまった。
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