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5.脆い脅し

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 嫌々フュイアルさんと一緒に、僕は僕のマンションに戻った。

 だけど、やっぱりダストはいない。マンションに帰ってきた形跡もない。

 ダスト……どこ行っちゃったんだろう……

 落ち込んでいる場合じゃない。ダストを探さなきゃ!

 カバンを持って部屋を飛び出し、僕は、駐車場に停めてある僕の車に飛び乗った。

「ダスト……絶対に僕が見つけ出してあげる……」
「見つけ出さないほうがいいんじゃない?」
「……まだついてくる気なんですか……」

 一人で車に乗り込んだはずなのに、助手席には、いつのまにかフュイアルさんがいた。すでにシートベルトまでしめている。しかも、僕が魔法で作ったダストの写真入りクッションを背中に当ててる。それを使っていいのは僕だけなのに。

 他の誰かがダストの写真に触れただけでもムカつくのに、この人は一体何をしているんだ。

 即、そいつの背中からクッションを奪い取って消臭スプレーをかける。

「かわいそうなダストのクッション……なんてひどい……勝手に乗らないでください!!」
「俺も行く」
「行かなくていいです」
「俺を連れて行かないんなら、ダストを探すの、許可しない」
「……このっ……クソ上司! 何してるんですか!!」

 フュイアルさんは、今度は僕が一日がかりで車の天井にいっぱい貼ったダストの写真を勝手に剥がしている。僕が撮った中でも、お気に入りの写真ばっかりなのに、何勝手なことしてるんだ!!

「やめてください!! 返せ!! あなたが触ったら写真が汚れる!! ああ、シワが……返して!!」

 無情な男が剥がしてしまった写真を全部取り上げる。どれもこれも大事なダストが写っているのに、何するんだ!

「写真はアルバムに入れたほうがいいんじゃない?」

 そんなこと言いながら、フュイアルさんはまだ車の写真を剥がしている。もちろん、全部取り上げた。

 写真の使い方なんて、フュイアルさんに指示されたくない。
 アルバムはあったけど、ダストに捨てられたから、もうないんだ。

 車に貼るのも、ダストは嫌がったんだけど、僕がしたいって言ったら、ダストは折れてくれた。「代わりに一週間経ったらお前の写真を貼ろう」って言われて、嫌だったけど、仕方なくいいよって言った。ダストは「マジかよ……」って呟いてたけど、あれは絶対喜んでくれてたんだ。

 それなのに……

 フュイアルさんは、僕のダストのクッションやダストの人形まで取り上げちゃう。

「返してください!! 僕の大事なダスト人形!!」
「リアルだねー。本物と見間違えても不思議じゃないくらい。怖い」
「怖くありません。僕が一生懸命魔法で作ったんだから!!」
「じゃあ、このトラシュの人形はなに?」

 フュイアルさんが見つけてしまったのは、後部座席に置いてあった僕の人形。それは見つけて欲しくなかったのに……

「……それはダストのです」
「……あいつもトラシュの、持ってるの?」
「はい……俺の作るならお前のも作れっていうから……この車だって、今はダストだらけだけど、一週間後には僕だらけになるんです。一週間ごとに、ダストが変えちゃうから……」
「……じゃあ、一週間たったら、トラシュは自分の写真が貼られまくった車に乗るの?」
「……その期間は地獄だから、なるべく車に乗らないんです……一時間までなら歩きます……」
「だから一週間おきに車通勤になったり徒歩になったりするんだ……嫌ならどっちもやめればいいのに」
「うるさい!! 僕らの勝手でしょう!! 赤の他人に口出しされたくありません!!」

 怒鳴りつける間も、フュイアルさんは、僕の人形を懐にしまってる。何してんだ、この人!!

 すぐにそれを取り返して、魔法で焼いて、フュイアルさんを睨みつける。

「いい加減にしてください! あなたなんかと二人で車に乗っていたらダストに誤解されます!! 降りてください!」
「嫌。車出して。ダスト探すんだろ?」

 偉そうに……今すぐ車から放り出してやりたい。

 だけど、僕はこの人に魔法では勝てないし……

 そのうち抹殺のチャンスが来るかもしれない。それだけを考えて我慢しよう。

「じゃあ、車出すので、しばらく口閉じて喋らずにいないふりしててください」
「分かった。頑張って探そうね」







 それから、ダストが行きそうなところを探し回って、魔法で近くにダストの気配がないか探したりもしたけど、どうしても、ダストは見つからない。

 なんで……ダストは一体、どこへ行っちゃったんだ……

 車を止め、最後の望みをかけて、全力で捜索の魔法を使ってみたけど、やっぱりいない。

「ダスト……どこ行っちゃったんだ……」

 ハンドルにもたれて項垂れる僕の隣で、フュイアルさんはどこまでも呑気。

「もう諦めて戻ろうか。休憩時間、とっくにすぎてる」
「フュイアルさんは黙っててください! 他にダストが行くところなんて、ないはずなのに……」
「この街、しょっちゅう新しいパチンコ屋とか飲み屋できてるし、その辺じゃない?」

 フュイアルさんはあくまで呑気な様子。適当に言ってるだけで、ダストを探す気なんてないんだ。

 そうだ……この人なら、その類稀な魔力で、町中、隅から隅までダストを探すことができるはず。
 僕の魔力を全て出し尽くしてもフュイアルさんには敵わないんだから、フュイアルさんなら、ダストを探せるはずだ!

「あ、あの……フュイアルさん……」
「ん? なに?」
「……ダストを探してくれませんか?」
「ついに俺に頼むの?」
「……フュイアルさんの魔力なら、ダスト探せますよね?」
「探せるけど、探さないよ」
「お、お願いします! ダストを探してくださいっ!!」
「まるで大事件が起こったみたいな勢いだけど、トラシュの魔法でダストを覗き見できなくなっただけだろ? そんなに焦ることない」
「それが大事件なんです!! ダストがいなくなるなんて……フュイアルさんならダストを探せるんだから、さ、探してください!!」

 必死に頼んでいる僕を、フュイアルさんはほくそ笑んで見下ろしている。
 僕は死ぬほどダストが心配なのに、なんで笑っているんだ。

 冷たい上司がおもむろにシートベルトを外し、氷みたいな指で僕の頬に触れてくる。

「いいのか? 俺にそんなことを頼んで……」
「い、今はあなたしか頼める人がいないんです! あなたなら、ダスト見つけられます! 探してください!!」
「……いいよ」
「ほ、本当に!? ありがとうございます! じゃあ、早速……」
「そのかわり、俺がダスト見つけられたら、トラシュは俺の部屋に来い」
「は?」

 え? 何言ってんだ? この人。

 戸惑う僕に、冷たい笑顔のフュイアルさんが近づいてくる。

 気持ち悪くて逃げるけど、ここは車の中。逃げ場なんかどこにもない。

 すぐに背中に窓ガラスが当たり、追い詰められた。息がかかりそうなくらいに近寄られ、睨みつけられ、恐怖すら感じる。

「そんなにダストを探したいなら、探してあげる。代わりに、トラシュは今晩、俺の部屋に来い。奉仕の仕方を教えてやる」
「な、何言って……僕にはダストがいるんだ!!」

 思いっきり怒鳴りつけると、フュイアルさんはサッと僕から離れて助手席に戻り、いつものムカつく笑顔になる。

「嫌ならダストを探すのは諦めて仕事に戻ろう」

 ……なるほど。そういう腹づもりか。無理難題を突きつけて、僕にダストを探すのを諦めさせようとしているんだ。

 僕の全部はダストのものだから、こんなクソ上司の部屋に行くなんてありえない。だけど、ダストのことは探したい。

 どうする……僕……

「分かりました」
「は?」

 あっさり承諾してやると、フュイアルさんは変な声を出して目を丸くしてる。まさか、僕がいいって言うなんて、思ってなかったんだろう。ふん、馬鹿め。

 僕を諦めさせることが目的で言っただけだったんだろう。

 予想外の僕の返事に、予想どおりフュイアルさんが驚いているのを見て、大笑いしたくなる。

 だけどそれを我慢して、僕は平然としているフリ。

「いいです。ダストを探してくれて、見つけることができたら、行きます」
「ダストが怒るんじゃない? 別れる気になった?」
「仕方ありません。僕はどうしても、ダストを探したいんです」
「……ふうん。よっぽど心配なんだね」
「もちろんです。大事な恋人ですから」
「……しょうがないな。探してあげる。かわりに、ダストが見つかったら、仕事に戻るんだよ」
「じゃあ早く見つけてください!!」
「焦らない焦らない」

 フュイアルさんが人差し指を立てると、その指先に光が生まれ、蝋燭の炎みたいにゆらゆら揺れる。

「見つけた」
「え!? も、もうですか!?」
「トラシュと俺とじゃ、魔力が違いすぎるの。あっちの方だ。案内してあげる」
「はい!」

 やった! ダストに会える!!

 部屋に来いなんて、フュイアルさんの脅しだ。フュイアルさんが本気であっても、無視すればいい。誰がこんな人との約束なんか守るもんか。部屋にだって、行くもんか。

 僕は急いで、案内される方に車を走らせた。
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