上 下
28 / 29
終章

28.ありがとう

しおりを挟む

 それから、パティシニルのことは、ヴィルイに任せて、クレッジたちはぐちゃぐちゃになった屋敷の片付けと、まだ残っている罠の回収を始めた。回収には警備隊も協力してくれて、ヴィルイが今回のことは自分が魔法に失敗しただけだと言い張ったため、警備隊は困った顔をしながら帰って行った。

 それから後も、パティシニルとヴィルイがまた言い合いになったが、まるで痴話喧嘩に巻き込まれた気分だった。

 そんな騒ぎの数日後、クレッジは、魔法薬をいくつか入れたカゴを下げて、ヴィルイの屋敷に向かっていた。罠の魔法の使いすぎで、パティシニルがしばらく寝込むことになったからだ。これがあれば、魔力の回復も早まるだろう。

 罠の魔法で溢れていた屋敷は、イウリュースがなんとかしたが、しばらくパティシニルは動けない。彼のことは休ませた方がいいと、クレッジはヴィルイたちの屋敷の警備を買って出たが、イウリュースが、そんなことはさせないといいだし、結局、二人でしばらく住み込むことになった。

 今日はその一日目。警備のためとはいえ、イウリュースと同じ屋敷で生活するなんて、緊張する。

 ヴィルイの屋敷のドアをノックすると、すぐにそれが開いて、イウリュースが飛び出してきた。

「クレッジ!」

 可愛らしいエプロンをつけた彼から、甘い砂糖菓子の匂いがする。例の事件以降、使用人がますますやめてしまい、イウリュースがたまに料理をしていると聞いていたが、本当だとは思わなかった。

「クレッジ。入ってー。今ご飯できたところだよ」
「は、はい……」

 彼に連れられて屋敷に入ると、屋敷の奥から、同じようなエプロンをつけたパティシニルも出てきた。

「クレッジ……きてくれたの?」
「はい……あ……」

 クレッジは持ってきた魔法薬を彼に渡した。

「あの……これ、どうぞ……」
「え!? 僕に……ありがとう……」
「体はもう大丈夫なんですか?」
「……うん…………ごめん。この前は……迷惑かけて……」

 彼は、クレッジとイウリュースに向かって頭を下げる。
 そんなことをされると思っていなかったクレッジは驚いた。

「い、いいんです……もう……あ、でも、もうしないでください。結構怖かったから……あの腕があれば、魔物とも戦えると思います」
「うん……戦い方は、イウリュースに教えてもらう予定。素材も、取りに行かなきゃならないし……」
「もう行くんですか?」
「うん。商人たちに渡していた人気の魔法薬は、ここの素材がないと作れないんだ。だけど最近、兄さんが、素材を送るのをやめちゃったから、向こうも困っているみたいで……催促が来てる」

 すると、イウリュースが軽い口調で言った。

「そんなの、無視すればいいのにー」
「……兄さんと同じことを言わないで……」
「だいたいそんなの、欲しかったら自分たちで行けばいいだろ?」
「……あの森の奥まで行って、素材を回収できる人も、あんまりいないんだ。魔物が多くて危ないし……兄さんは、魔法の研究をしていたから、素材の回収に必要な知識にも長けているんだ。それに、あなたたちみたいに、腕のいい冒険者もなかなか集まらないから……」
「だったらー、俺らはパティシニルにしか手を貸さないから。そう言っといて」
「え!?」
「他に人が増えても困る。俺のクレッジにまた手を出されたら、今度こそ我慢できないから」
「…………」

 パティシニルは俯いて消えそうな声で「ありがとう」と言っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

片思いの練習台にされていると思っていたら、自分が本命でした

みゅー
BL
オニキスは幼馴染みに思いを寄せていたが、相手には好きな人がいると知り、更に告白の練習台をお願いされ……と言うお話。 今後ハリーsideを書く予定 気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいましたのスピンオフです。 サイデュームの宝石シリーズ番外編なので、今後そのキャラクターが少し関与してきます。 ハリーsideの最後の賭けの部分が変だったので少し改稿しました。

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

処理中です...