なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

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五章

27.許せないから

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 パティシニルは、ぐったりしてイウリュースに抱きかかえられていた。おそらく、無理に魔法を使ったせいだろう。パティシニルは目を瞑ったままだ。

 彼に駆け寄ったヴィルイが、すぐにイウリュースからパティシニルを取り上げて、何度もパティシニルの名前を呼んでいる。けれど、彼は目を覚まさない。

「パティシニル……起きろ! パティシニル!! 貴様っ……! イウリュース!! パティシニルに何をした!?」

 パティシニルを抱き上げ、ヴィルイはイウリュースを睨む。

 するとイウリュースは、からかうような口調で言った。

「何を? さあ?? 言っただろ? 俺はお前をぶっ殺しにきたんだよ」
「な、何を……パティシニルは関係ないだろう!!」
「これだけやっておいて、関係ないってことはないんじゃないか?」
「それは……私のせいでこうなったのなら、私のせいだ!! そもそもこいつをここに連れてきたのも私だ!! パティシニルを責めるな!!」

 怒鳴りつけるヴィルイは、いつもとは勢いが違う。よほどパティシニルが心配らしい。

 クレッジは、ヴィルイが気の毒になってきて、パティシニルの肩に手を置いて、そっと言った。

「あの……パティシニルさん、あんまりからかわない方が……」
「えー……クレッジは優しいなあ……もう少しくらい縛りつけておいてもいいのに……」

 そう言ってイウリュースがパティシニルに触れると、パティシニルの体に絡みついていた見えない鎖が解けていく。

 すると、パティシニルは何度も咳き込みながら体を起こした。

「げほっ……ぅぇ…………死ぬかと思った……イウリュース!! 何をするんだ!!」
「そっちが先に喧嘩売ってきたんだろ? もう少し縛っておいてもよかったんだけどなー」
「……」

 パティシニルは、じーっとイウリュースを睨みつけている。

 そんな彼が目を覚ましてホッとしたのか、ヴィルイがいつもよりずっと優しい様子で彼に話しかけた。

「……パティシニル……無事だったか……」
「……ヴィルイ様……」

 パティシニルは、ビクッと震えて怯えたような目をヴィルイに向ける。自らを縛りつけたイウリュースより、ヴィルイのことの方が怖いようだ。

 怯えている彼に向かって、ヴィルイが怒鳴った。

「…………このっ……や、役立たずの奴隷めっっ!! 貴様にはもう愛想が尽きたわ!!! 失せろっ……!! グズっっ!!」
「…………」

 怒鳴られたパティシニルは、涙を滲ませて俯いてしまう。

 あんまりだと思ったクレッジが止めに入るが、ヴィルイの態度は変わらない。

 すると、イウリュースが、ヴィルイの首根っこを掴んで、へたりこんでいたパティシニルの手を握って、無理やり立ち上がらせる。

 いきなり捕まえられて、ヴィルイもパティシニルも驚いていた。

「貴様っ……! どういうつもりだ!! イウリュース!! また暴行か!! 私に手を出してみろ!! 貴様、ただではすまないぞ!!」
「イウリュース!! 離して!!!」

 暴れる二人を無理矢理引きずって、イウリュースは、先ほど彼が身を隠していた部屋に入って行く。

「ヴィルイー。お前さー、俺のクレッジに手を出したし、他に色々恨みもあるんだよー、俺」
「は!? う、恨みだと!?」
「うん。恨みー。このまま帰してもいいかなーって思ってたけど、やっぱ無理だわー。仕返ししないとー」
「な、なんだと!? し、仕返し!? な、なんのことだ!? 何をする気だ!? 離せ!」

 喚くヴィルイだが、イウリュースの力には敵わないらしく、彼に引きずっていかれている。パティシニルの方も、似たような状態だった。

 何をするつもりなのか、すぐに不安になったクレッジは、イウリュースに駆け寄った。

「い、イウリュースさん!! 待ってください! なにを……!」
「クレッジはここにいてー。俺、クレッジに手を出そうとした上に散々迷惑かけたヴィルイと、クレッジを手にかけようとしたパティシニルを許せないから」
「で、でも……」
「いいから、ここにいて。俺、クレッジの優しい勇者なんだから。クレッジの前では、酷いことできない」
「え? や、優しい勇者って……?」

 聞きかけたクレッジを置いて、イウリュースは、ヴィルイとパティシニルを連れ部屋に入り、すぐにドアを閉めてしまう。

「い、イウリュースさん!! 開けてください!! イウリュースさん!!」







 しばらくして部屋のドアが開いて、イウリュースは、ずいぶんすっきりした笑顔で出てきた。

「クレッジー。ごめんね。待った?」
「え……えーっと……」

 返答に困った。何しろ、彼の背後では、真っ青な顔でガタガタ震えるパティシニルを、同じように青い顔をしたヴィルイが抱きしめているのだから。

 ヴィルイは、イウリュースを睨んで言った。

「き、貴様っ……! イウリュースっ……き、鬼畜の下衆め!」
「なんとでも言えば? 俺らを巻き込んで痴話喧嘩してる方が悪いんだろー?」
「ち、ちわっ……痴話喧嘩だと!?」

 ヴィルイは、ずっとイウリュースと言い合っているが、二人とも怪我などはしていないようだ。

 駆けつけた警備隊にも、ヴィルイは「なんでもない、ただ魔法に失敗しただけだ」と言ってパティシニルを抱きしめている。

 その二人を見ていると、クレッジも、少しホッとした。
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