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五章
26.心地いい
しおりを挟む「イウリュースさんっ……!! 無事ですか!?」
クレッジが駆け寄ると、イウリュースも幾分顔を綻ばせて言った。
「俺は大丈夫。それより、クレッジは? 大丈夫だった? 何もされてない?」
「俺は何も…………パティシニル様!?」
パティシニルは、イウリュースと一緒にヴィルイがいるのを見つけて、顔色を変えて逃げて行く。こちらに背を向け、屋敷の奥に走って行くパティシニルに向かって、クレッジは叫んだ。
「パティシニル様っ……! 待ってください! 危険です! 離れないでください!」
けれどパティシニルは、クレッジの話を聞くつもりなどないようだ。叫ぶクレッジに向かって、床から生まれたいくつもの魔法の矢が飛んでくる。
それを切り払いながら、クレッジは叫んだ。
「パティシニル様! とまってください!!」
叫ぶクレッジを無視して逃げていくパティシニルに向かって、今度はヴィルイが叫ぶ。
「パティシニル!! 待て!!! 貴様っ……! 奴隷の分際で私の言うことが聞けないのか!!?」
「てめえは黙ってろ!!」
そう言って、イウリュースがヴィルイを殴り倒すと、パティシニルがこちらに振り向いた。
チャンスだと思ったクレッジは、パティシニルを狙い、魔法の弾を放つが、それは床から飛び出してきた、巨大な杭で潰されてしまった。
床からは次々と魔法の杭が飛び出してくる。一本一本が、人の胴回りほどもあって、それが床から飛び出しては天井に突き刺さって行く。どうやら、恐怖でコントロールを失っているらしい。
このままでは、屋敷ごと潰れる。
イウリュースとクレッジの間にも杭が飛び出してきて、彼とも引き離されてしまう。
「クレッジっ……! 逃げて!」
杭でイウリュースの姿が見えなくなる寸前、イウリュースの声がして、クレッジは、近くにあった部屋に逃げ込んだ。次々杭が飛び出してくる廊下を挟んで、向かいの部屋に、イウリュースがヴィルイを連れて避難するのが見える。
クレッジは、イウリュースがいる部屋の方に向かって叫んだ。
「イウリュースさん! 無事ですか!?」
「俺は大丈夫! クレッジは?」
「俺も大丈夫です……! でも……このままじゃ屋敷が潰れます!」
「分かってる……クレッジ、今朝の魔物の時みたいに、結界であいつ包める?」
伸びてくる杭の隙間から、イウリュースがパティシニルが逃げていった方を指差すのが見えた。
今朝の魔物の時のように、パティシニルを結界で包んで捕まえてくれということだろう。確かにそうすれば、次々飛び出す杭は、結界が消えるまでの間、止まるかもしれない。その間に、走って行ってパティシニルを捕まえる気なのだろうが、クレッジは頷けなかった。クレッジの結界はあまり長い間もたない。パティシニルも抵抗するだろうし、もしも途中で結界が消えてしまったら、イウリュースを危険に晒すことになる。
「待ってください。それだと、イウリュースさんが危険です。俺が行きますから」
「クレッジ、さっき俺が言ったこと、聞こえた?」
「……え?」
「俺、クレッジのこと、好きだよ」
「なっ……! なんで今! そんなことを……!」
慌ててしまう。次々廊下から杭が飛び出しては天井に突き刺さって、屋敷全体がたまに揺れているのに。イウリュースと一緒にいるヴィルイの悲鳴が、たまに聞こえてくるのに、そんなことすらどうでも良くなりそうだ。
「い、イウリュースさん…………俺は……」
「好きだよ。俺、クレッジのこと。そうやってドキドキしながら俺に話してるのも、すぐ真っ赤になるのも、さっきみたいに照れて慌ててるのも、全部可愛い」
「…………」
そんなことを聞いていると、ますます真っ赤になってしまう。クレッジは、状況も忘れてイウリュースから顔を背けてしまった。
「あ、あの……でも、俺……すげーわがままなのに……」
「それに、森でもそうだったけど、俺を信じて結界を張るだろ? 俺、そう言うところ、すげえ好き。クレッジといると、一番楽しい」
「イウリュースさん……」
「だから頼むね!」
それだけ聞こえた後に、走る足音がした。慌てて振り向けば、イウリュースは、伸びてくる杭の間をすり抜け、パティシニルの方に走っていく。
「イウリュースさん!!」
叫んで止めるがもう遅い。彼はすでに、杭の間をすり抜け走っていた。
彼はいつもこうだ。唐突に驚くようなことをしでかす。そしてこんな風に、クレッジを信じてそばで無茶な真似をする。そのそばにいることが、クレッジには心地よかった。
すぐにパティシニルが逃げて行った方に向かって結界の魔法を放つ。杭でパティシニルの姿は見えないが、彼につけた使い魔で、その位置を感じることができた。
連なる杭の向こうで、パティシニルの悲鳴がして、飛び出していた杭が止まった。
イウリュースの、もう大丈夫だよーと言う声がする。
すぐに駆け寄ろうとしたが、クレッジの横をすり抜けて、ヴィルイがパティシニルに向かって走っていった。
「パティシニル!! パティシニル!! 無事かっ……! パティシニル!!」
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