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四章
23.俺がいつ面倒臭かったんだよ!
しおりを挟む「おい!! 聞いているのか!? イウリュース!!」
ヴィルイは、イウリュースを怒鳴りつけながらついてくる。状況を説明しろと言っているのに全く分かっていない。パティシニルに手を出すなの一点張りだ。
屋敷の勝手を知っているのはパティシニルの方、加えて、パティシニルは罠を張るような魔法が得意なようだ。罠の魔法で不意打ちされて不利になれば、パティシニルを止めることも難しくなるのに、ヴィルイは喚きながらイウリュースを止めることに夢中だ。
(もう面倒だから二人とも殺すか……?)
苛立ちからそんな考えに至りそうになりつつ歩く。
廊下は静かだ。もう、先ほどの揺れもなく、音も聞こえない。しかし、使用人の一人も出てこないのはおかしい。
「ヴィルイ、この屋敷には、お前とパティシニル以外、誰もいないのか? なんでこんなに静かなんだ?」
苛立ちながら歩くと、後ろから覇気のない声が聞こえてきた。
「……使用人など、ほとんどいない……」
「なんでだ? こんなに広いのに。護衛は? お抱えの魔法使いくらいいるんだろ?」
「いない! 役立たずはクビにした!!」
「はああ?? 誰もいなくてどうするんだよ? この辺りは魔物が多いのは知ってるだろ! それなのに、魔物からの警備はどうしてたんだ?」
「……パティシニルがしている」
「……あいつ、魔物とは戦えないんじゃなかったのか?」
と言いながらも、本当にそうかと疑いたくなりそうだった。イウリュースたちに襲いかかった時といい、今といい、とても魔物と戦えないとは思えない。腕は十分に思えた。
けれどヴィルイは、拗ねたような顔をして言う。
「パティシニルは、罠を張って待ち構えるのは得意だが、面と向かって戦うのは苦手なんだ」
「……だったら罠張って魔物捕らえながら歩け。罠の魔法だって、うまく使えば十分、魔物とやりあうことができる。パティシニルのこの腕なら難しくないはずだ」
「そうか……だったらそれを今度、パティシニルに教えてやれ! 命令だ!」
「誰が聞くか! お前の命令なんて!!」
「だ、だったら依頼だ! パティシニルは、魔物と戦えないことを気に病んでいるんだ!!」
「依頼ならギルド通せ! 大体、なんで魔物と戦うのが苦手な奴に警備任せてるんだよ!! 苦手なら、他に雇えばいいだろ!! お前、あいつに頼りっぱなしじゃないか!」
「…………」
ヴィルイは項垂れてしまう。言い返してくるかと思ったのに、そんな風にされたら、自分が悪いことをしたような気になる。
「……そんな状態なら、男娼だのなんだの言わないで、俺らに警備を頼めばいいだろ……普段から変なこと言い出さなければ、警備くらい、すぐに雇えるんじゃないか?」
「……」
「どうしても必要なら、俺がギルドに掛け合ってやるよ」
「やめろ!! そういうものを雇うと、パティシニルが役立たず扱いされたと言って拗ねるんだ!!」
「はあ?」
呆れてヴィルイに振り向くと、ちょうど彼の背後の床から、杭のようなものが飛び出してきた。それらは全て、正確にイウリュースに向かって伸びてくる。イウリュースの魔力を狙うように作られた罠なのだろう。
「これで魔物と戦えないって……なんの冗談だよ!!」
すぐにイウリュースの魔法の弾がそれを貫いて、杭は消え去ったが、突然背後からそんなものが飛び出してきて、ヴィルイは床にへたり込んでしまう。
「な、な……なんだ!? 今のは!?」
「パティシニルが仕掛けたものだろ」
「パティシニル……あ、あいつが……」
ヴィルイは、顔を青くして俯いていた。
先ほどの罠は、全てイウリュースを狙っていたのだが、背後から飛び出した杭のいくつかは、ヴィルイの服を掠めている。ヴィルイにしてみれば、自分を狙われたも同然だろう。先ほども、パティシニルに縛られたと話していたし、確執があったことは明らかだ。
ヴィルイのいつもの態度なら、それも仕方がないと思ったイウリュースは、ため息をついた。
「そんなに恨まれてるのか? お前」
「……」
「お前が普段からそんなんじゃ仕方ないけどな……なんでそんなに庇うんだよ? そんな風にされてると、殴りにくくなるからやめてほしいんだけど?」
「は!? な、なんだと!? 殴る!?」
「ああ、そうだよ。最初からお前のこと、殺す気でここに来たんだ」
「な、な……なんだと……」
ますます青くなるヴィルイに、イウリュースは背を向けた。
「くそっ……聞くんじゃなかった…………行くぞ! パティシニルとクレッジを探す!」
「ま、待て!! あいつをどうするつもりだ!?」
「クレッジのことか? パティシニルのことか? クレッジなら、ぎゅって抱きしめる。パティシニルなら、とりあえず、お前を差し出す。喧嘩なら二人でやれ!! クレッジを巻き込むな!」
「け、喧嘩だと!? そんなものじゃない!」
「あ? じゃあなんだよ? 何が原因でこんなことになってんだ!?」
「……パティシニルは、私を恨んでいるんだ」
「だろうな」
「……お前今、普段の私の態度が原因だと思っているだろう。そうじゃない! 母を私たち兄弟に殺されたと思ってるんだ。あいつは、継母の連れ子だが、継母は既になくっている。病死だったが、パティシニルは、父と継母の間に子ができることを恐れた私たち兄弟がその死に関与したと思っているんだ」
「そうか。お前がやったんだな」
「やめろ! あれは本当に病死だったんだ! 私がそんなことをするはずがないだろう! 私を次期領主にと推す者など、一人もいないのに!」
「あー……だろうな」
「貴様……そこだけすぐに納得か……いいか。この領地は魔法の素材を取引材料にして栄えたが、それには独自の流通ルートを持つ商人たちの協力が不可欠だったんだ。だが、継母は少し離れたところにある港町の貴族の娘だ。商人たちは、継母の影響力が強くなることで、素材の流通から自分達が外されるのではないかと恐れたんだ。結果、そいつらと結託した兄たちは後継者争いだ! 継母も父も、取引相手を増やして街を繁栄させたかったのに……」
怒鳴るヴィルイは、イウリュースを睨みつけていたが、すぐに俯いてしまう。
「……パティシニルにしてみれば、殺されたも同然かもしれない。父は継母を溺愛していたし、兄たちもそれに危機を感じていた。継母は兄たちともいい関係を持ちたかったようだが、兄たちも、彼らを次期領主にと推す勢力も、それを許さなかった。パティシニルが私たちに不信感を持つのも仕方がない」
「……何でそんな奴ここに連れてきたんだよ……」
「連れてきたんじゃない。ここへ来る時に、たまたまあいつと目があったから、城でうずくまるほど暇なら哀れな貴様を私の奴隷として召し抱えてやってもいいかなと言って引きずってきたんだ!! 間違えるな!」
「お前……それ、そのままパティシニルに言ったのか?」
「ああ。もちろんだ!!」
「…………俺の勘違いかもしれないけど……そんな城に置いておくのが心配だから連れてきたんじゃないのか?」
「そんなはずがないだろう!! その馬鹿な勘違いを、人のいるところで決して口に出すなよ!! 私と結託して領主の座を狙っていると言われて責められるのはあいつなんだぞ!」
「……はあ? 結託?」
話している間に、イウリュースたちの方に向かって、床から今度は矢が飛び出してくる。
イウリュースは、魔法で大きな斧を作り出し、それらを薙払った。戦いながらも、ヴィルイを怒鳴りつけることはしっかり続ける。
「そんなめんどくさい態度とるから誤解されんだよ!!」
「なんだと!? 貴様にだけは言われたくないわ!!!」
「はあ?? 俺がいつめんどくさかったんだよ!!」
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