なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

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三章

17.今日、変です……

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 屋敷の中を、クレッジは、しばらくイウリュースに手を引かれて走った。

 応接室であれだけの騒ぎが起こり、轟音が屋敷中に響いたはずなのに、誰も出てこない。

(くそっ……イウリュースさんに夢中で、屋敷への警戒ができていなかったっ……! パティシニルの様子がおかしかった時点で、気づくべきだったんだ……!)

 後悔しながら走り、イウリュースが屋敷の奥にあった部屋のドアを乱暴に開く。

(この部屋……)

 クレッジは、その部屋を知っていた。不気味なくらいに豪華な調度品と、大きなベッド。壁沿いに並ぶ本棚には、魔法に関する書物が並んでいる。机の上にも棚の中にも、魔法薬の瓶や魔法の植物の鉢植えが並んでいた。

 ヴィルイの部屋だ。

 しかし部屋だけで、部屋の主はいない。ベッドも整えられてからそのままなのだろう。真っ白なシーツにはシワひとつなかった。

(何で……ここに来たんだろう……)

 そう思って、イウリュースの背中を見上げる。

 彼は、部屋のドアを閉めて、魔法の鍵をかけていた。

「クレッジ、大丈夫? 怪我はない?」
「はい……すみません……ありがとうございました……」

 頭を下げた。

(こんな時に……何考えてんだ。俺はっ……! ここがヴィルイの部屋とか……そんなことどうでもいいことだ…………)

 少なくとも今は、優先すべきはイウリュースの安全。こんな余計な感情などではない。

 クレッジは、自分を叱咤して、イウリュースに向き直った。

「イウリュースさん……とりあえず、外に出ましょう……ここは危険です」

 壁に触れると、かすかに指が痛む。魔力を感じた。すでに屋敷には、結界が張られているようだ。中にいる者を逃さないようにするためのものだろう。どうやら、ずっとここで罠を張っていたらしい。パティシニルが、ここを縄張りだと言った意味が分かった。

 イウリュースも、すでに結界に気づいているらしい。
 彼はベッドに腰掛けた。

「あいつ、本気だな…………」
「……」
「クレッジ? そんなに深刻な顔をしなくても大丈夫だよ? 結界の維持には、魔力を使う。パティシニルも、すぐに魔力が持たなくなるはずだ。それを待てばいい」
「……でも、ヴィルイや屋敷の人は……」
「パティシニルだって、伯爵令息をいきなり手にかけたりはしないだろ。ヴィルイだって魔法使いだ。むざむざやられたりしない。さっきパティシニルが魔法使うところ見たけど、魔力も魔法も、ヴィルイの方が上だ。そんな顔して心配しなくても大丈夫」
「……はい」
「この部屋には魔法で鍵をかけたから安全だよ。結界が弱まったらヴィルイを探してくるから、クレッジはここにいて」
「危険です! それなら俺が行きます!」
「絶対にダメ。クレッジはここにいて」
「なぜですか!? 俺だって探します!!」
「……パティシニルは俺たちを恨んでいるんだ。あいつに会ったら危険だよ」
「そんなのっ……! 恨まれてるから危険だって言うなら、あなただって危険です!! むしろ、ヴィルイが選んだのはあなたです! あなたの方が危険です!」
「俺は大丈夫。俺の腕はクレッジだって知ってるだろ? ヴィルイを探してくるからここにいて」
「……」

 やはり、イウリュースはおかしい。こんな事態になっても、頑なにクレッジを置いて行こうとする。普段一緒に依頼をこなす時は、いつも協力していたし、そうしているのが、クレッジは好きだったのに。

「イウリュースさん……今日、変です……」
「え……?」
「なんで俺のこと、置いて行こうとするんですか……? 急に、ヴィルイの男娼なんて言い出すし、護衛だってっ……! なんで急にヴィルイの護衛になるなんて言うんですか? ……俺には……話せないんですか? 俺……イウリュースさんの力になりたいんですっ……だって俺っ……!」

 言いかけて、慌てて口を閉じた。

 あと少しで、伝えてしまうところだった。

(本当なら…………今日、イウリュースさんに伝えるつもりだったのに……好きだって、そういうつもりだったのに、何でこんなことになってるんだ……)

 つい、熱くなってしまった。今は、こんなことをしている場合ではないのに。

「……すみません…………変なこと言って」
「……変じゃないよ。俺のこと、心配してくれたんだろ?」

 顔を上げたら、イウリュースは微笑んでいる。その笑顔を見ると、ホッとするのに、胸がざわついて、落ち着かなくなる。

 すぐに顔を背けてしまう。そして後悔する。

(こんな態度をとるから……俺は誤解されるんだ……)

 二人でいると嬉しいのに、自己嫌悪が湧いてくる。本当は、何より大事なのに。

「あ、あの…………俺、イウリュースさんのこと、嫌ってなんかないです……今こんな話するべきじゃないのかもしれないけど……今日、それを伝えたくて……本当に……俺、イウリュースさんには感謝してるんです。尊敬だってしてるし……嫌うなんて、絶対に、そんなことあり得ないので……」
「うん。知ってる」
「え……?」

 顔を上げる。するとイウリュースは、どこか意地悪そうに笑っていた。

「ごめんね。否定するクレッジが可愛いから、つい、意地悪言ってた」
「は!!?」

 クレッジは、開いた口が塞がらなくなってしまった。

(なんだよ……それ……お、俺、そんなこと言われてすげー焦ってたのに……)

「……ひどいです……イウリュースさん…………俺、すげー焦って……恥ずかし……」

 さっき慌てふためいた自分を思い出して、ひどく恥ずかしい。照れ隠しに顔を隠して、本当にひどいと怒りを伝えながらも、イウリュースが笑うから、嬉しくなってしまう。

 ずるいと思った。そんな顔をされたら、怒るに怒れない。

 イウリュースに誤解されていたわけではなかった。それだけで、嬉しくなって顔が綻ぶ。

 これだけやきもきさせておきながら、イウリュースは、まるで鑑賞するようにクレッジのことを見つめていた。

 悔しいのに、クレッジにできるのは、せいぜいその視線から顔を背けては逃げることくらいだ。

「………………見ないでください……」
「なんで? 可愛いんだから、見せてよ」
「はっ……? 可愛いとか……意味わかんね……」

 赤くなった顔なんて見られたくないのに、イウリュースは、隠すクレッジの顔を覗き込んでくる。クレッジの腕を取って、体を近づけてくる。ふざけているつもりなのだろう。しかし、イウリュースには大して意味のないことであっても、クレッジには平静ではいられない状況だ。

(近いって……イウリュースさん……可愛いとか、これも……からかってるだけ……なんだろうな……嫌ってるって思われてなかったのはよかったけど……困る……)
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