なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

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三章

16.許さない

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 俯くクレッジに、イウリュースも俯いたまま言った。

「……ごめんね? 酷いこと言って……」
「いえ……いいんです……」
「こ、怖がらせてごめんっ……! そんなつもりないんだ……ただクレッジ、誤解してるみたいだったから……」
「誤解?」
「俺が、嫌々護衛引き受けるって思ってるだろ? そんなことない。だから……クレッジは心配しなくていい」
「……なんで…………そんなに……」
「え?」
「……」

 イウリュースが振り向いている。不思議そうにしている。

 クレッジにも、わかっていた。
 このままではダメだと。
 このままでは、また好きだった人を傷つけて、苦しめるかもしれない。だから、我慢しなくてはならない。
 イウリュースを傷つけたくないはずなのに、募る思いは膨らんで積み上がって、頭の中で今にも崩れそうだ。

「……ヴィルイの護衛に……なりたいんですか……………?」
「へ!!?? あ…………えっと……そ、そうです……なりたいで……す」

 イウリュースは、こちらとは目もあわせずに突然敬語で言った。彼の表情は見えなかったが、クレッジに背をむけ、震えているように見えた。

(なんで……まさか……照れてるっ!?? なんで……)

 驚いたクレッジは、捲し立てるように質問しそうになった。まるで尋問のようだと、自分でも思ったが、黙っていられない。イウリュースの本心が知りたかった。

 それなのに、応接室のドアが突然開く。そして、パティシニルが入ってきた。彼は、銀でできた大きなトレイに、紅茶の入ったティーカップを三つ乗せていた。

 クレッジとイウリュースは、お互い離れて、ソファに座り直す。パティシニルがいては、こんな話を続けるわけにはいかない。

(……早く出て行って欲しい……)

 クレッジは、そう思いながら待った。

 けれどパティシニルは、ゆっくりソファの前のテーブルにティーカップを並べていく。
 それが終わると、出ていくかと思いきや、クレッジたちの向かいのソファに座った。そして何もせずに、トレイを握ったまま、じーっと二人を見つめている。

(……一体、なんなんだ……?)

 クレッジが戸惑っていると、イウリュースもパティシニルと向き合い、首を傾げて微笑んでいた。

「紅茶、ありがとう、パティシニルさん。ヴィルイはまだかな?」
「そんなにヴィルイ様にお会いしたいんですか?」
「そういうわけじゃないけど…………あ、いや、あいつに会いに来たんだ…………えっと……できれば、ヴィルイと二人きりで会いたいんだけど……」

 それを隣で聞いていたクレッジは、耳を疑った。

(二人きり……!? 二人きりって…………なんだよ、それ……イウリュースさん、ヴィルイとは普段から口喧嘩ばかりだったのに…………!)

 けれどイウリュースは、クレッジが驚いていることには、気づいていないようだった。そして彼は、パティシニルに笑顔で言う。

「だから、とりあえず……あ、そうだ。紅茶、もう一杯もらっていいかな?」

 そう言いながらイウリュースは、紅茶を魔法で消して、空になったティーカップをパティシニルに見せている。バレていないつもりでやっているようだが、クレッジにも、おそらくパティシニルにもバレている。

(何してるんだろう……イウリュースさん…………いや、そんなことより、なんでそんなに人払いしたがるんだ……? 俺のことも、パティシニルのことも……)

 イウリュースは尚も、パティシニルを追い払おうとしている。

 しかし、ニコニコしているパティシニルは、二人をじーーーーっと見つめて、ソファから動かない。

「……ヴィルイ様なら、もうすぐ……来ます……だから、ここでしばらく待っててください」
「それは構わないけど、とりあえず、出て行ってくれるかな? 俺……クレッジと話があるんだ」

 それを聞いたクレッジは、イウリュースとパティシニルの会話に割って入った。

「話ってなんですか?」

 するとイウリュースは、またクレッジから目を背けてしまう。

「……クレッジには、帰ってもらわないと困るんだ……」
「……なんでですか? 俺、帰りません」

 クレッジが言うと、なぜか今度はパティシニルが口を挟んでくる。

「帰ってもらったら困ります。ここにいて」

 二人を見つめて言うパティシニルを、イウリュースが多少鬱陶しそうに睨んだ。

「……クレッジは、ヴィルイに呼ばれたわけじゃない。クレッジがここに留まならなきゃならない理由はないし、君が口を出すことじゃないだろ?」
「二人とも、ヴィルイ様の護衛になりたいんですよね?」
「……クレッジにはもう絶対にそんなことさせない」
「……イウリュースさん、あなたはなりたいんですよね?」
「…………なり……たい……で……す……」
「……そうですか」

 そう言って、パティシニルは俯いた。そして、小さな声で話し出す。

「……ヴィルイ様には、僕がずっと仕えてきたんです……」

 それなら、クレッジも知っていた。
 イウリュースも、困ったように「え? あ、うん……知ってるよ?」と言っている。

 しかし、パティシニルは、クレッジたちを睨むようにして続けた。

「それなのに、今更、別の奴を雇うって言うんです。素材集めの手伝いとか、護衛とか、そういうの、全部任せるって言うんです。僕がずっと魔法使いとして、ヴィルイ様に仕えてやってたのに……それなのに、今更あいつ、別の魔法使いを雇うっていうんです。ひどいと思いませんか?」
「……落ち着けよ。俺は……」

 宥めようとしたイウリュースを、パティシニルは「黙れよ。勇者」と言って、冷たくあしらう。

「お前は、勇者だ。魔法も操り、数多の武器も使いこなす。だからヴィルイは、僕よりお前がほしいんだ。僕より優秀なお前をとって、僕はお払い箱だ。僕、ずっと我慢して、あいつに仕えてたのに、僕を見限る気だ」
「……落ち着いてよ。それ、ヴィルイに言われたわけじゃないだろ?」
「勇者がいれば、お前は必要ないって」
「……」

 突然そんなことを言われて、イウリュースは困っているようだった。

 クレッジは、言いそうだな、と思った。何しろ、ヴィルイはあの性格だ。普段からパティシニルには辛くあたっているようだったし、ヴィルイならやりそうだ。しかし、時にパティシニルを気遣っているようにも思えたのに。

 しかしパティシニルは、じっとクレッジたちの方を睨んでいる。

「……今更あいつ、何言ってるんだろうね……僕がどれだけ我慢してあいつに仕えてやってたと思ってるんだよ……それなのに、今更冒険者を雇うなんて。あいつ、僕のこと、もういらないんだ。あいつ……どういうつもりなのかな?」
「どうって……それは俺たちに聞かれても……」

 答えたイウリュースが困っている。
 どういうつもりだと聞かれても、それは本人にしかわからない。

 しかし、うつむき震えるパティシニルに、そんなことを言うのは危険な気がした。
 クレッジは、今更ながら、パティシニルを警戒し、身構えていた。

(様子がおかしい……もっと早く気づくべきだった。この屋敷には使用人がいるはずなのに、さっきから出てきたのはパティシニルだけ。他の人には一切会っていない。その上、いつまで待っても、ヴィルイは来ない……)

「……落ち着いてください。パティシニル様。どうか……」

 宥めようとしたクレッジに向かって、パティシニルは低い声で続けた。

「……ヴィルイは、行きずりの冒険者をとって、僕を追い出すつもりだ。あいつらにとって僕は、早く殺したい邪魔者なんだ。ふざけるな……僕が……今までどれだけあいつの我儘に付き合ってやってたと思ってるんだ…………今更……ふざけるな……許さない……ヴィルイも。お前たちも」

 そう言って、彼はトレイをこちらに投げつけてきた。彼がトレイに見せかけていたのは、魔法の武器だ。そしてそれは、イウリュースたちにぶつかる寸前で爆発する。

「イウリュースさん!!」

 クレッジは咄嗟に剣を抜いて、イウリュースの前に立った。四散した破片までもが、クレッジたちに向かって飛んでくる。

 一瞬、破片から身を守れればいい。イウリュースが結界を張るだけの時間さえ稼げれば、それでいい。

 不意打ちだったが、クレッジが破片を防いでいるうちに、すぐにイウリュースが結界を張って、破片はそれによって阻まれ、床に落ちた。

 すると今度は、足元が揺らぎ出す。床が盛り上がったかと思えば、それは杭のように飛び出して、クレッジたちを狙ってきた。

 イウリュースがクレッジの手を引き、応接間のドアを開いて廊下に飛び出す。

 背後からパティシニルの、ひどく落ち着いた声がした。

「無駄だよ。すでにここは、僕の縄張りだから」
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