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三章
15.そばにいて欲しいだけ
しおりを挟む(今日のイウリュースさん……だいぶ変だ……)
そう思いながら、クレッジは俯いていた。
(やけに俺を帰そうとするし、俺と目もあわせてくれないし、さっきから帰るって言ったり行くって言ったり……どうしたんだろう……)
その上、どれだけ言っても、イウリュースの態度は変わらない。頑なに、クレッジを追い返そうとする。何か、クレッジには話せない事情があるのかもしれない。
それでも、彼のことが心配でたまらない。
イウリュースがここまで拒絶するには、何か理由があるはずだ。突然男娼になんて言い出したのも、明らかにおかしい。なにより、ここまで強く、クレッジを拒絶するなんて。そんなこと、今までになかったはずだ。
「クレッジ……」
声をかけられて、身体がビクッと震えた。
振り向くと、イウリュースは相変わらず笑顔だった。
(やっぱり……今日のイウリュースさん、なんか変だ……)
けれど、イウリュースは軽く笑って言った。
「……もしかして、ヴィルイの言ったこと、本気にしてる?」
「え……?」
「やっぱり。してるだろ? だから来たんだろ?」
「……」
「クレッジは心配性だな。自分で言ってたじゃないか。ヴィルイは俺に、素材集めの時の護衛になって欲しいのに、プライドが邪魔してそうは言えないだけ。だから、クレッジが心配することなんてないよ。だいたいクレッジだって、男娼なんて本気にしてないんだろ?」
「……妾にしてほしいって言ったっていうのは……嘘なんですか?」
「そんなの、ヴィルイが見栄張って言っただけー。俺は、クレッジのこと誘うくらいなら俺にしとかない? って言っただけ」
「だったら……! 俺なら自分で断るし、俺っ……そんなのなりません! だからっ……お、俺と帰りましょう!!」
「帰らないよ。ヴィルイはわがままだけど、給料いいし、専属の護衛もありかなーって思ってるから」
「そんな……」
それは、クレッジが考えていたことと同じだった。
ヴィルイはわがままで、相手をするのも大変だが、金だけは払うし、あれでも他の貴族に比べればマシ。金になる依頼を独り占めできると思えば、我慢もできる。男娼なんて、ただの見栄。実際、クレッジに頼んできたことも、夜の警備や素材集めに同行してほしいといったことばかりで、一度「それって、専属の護衛になってほしいだけですよね?」と聞いたことがあるくらいだ。ヴィルイはあの時、慌てふためいていたが、図星を指されたのだということは明らかだった。
それは知っている。けれど、同じことをイウリュースに言われたとなると、冷静ではいられない。
「でも……イウリュースさん……」
「あいつがいちいちギルド行って喚くと、ギルドのみんなだって困るだろ? だったら俺が護衛でいいかなーって」
「だったらっ……俺が護衛になります。ヴィルイの護衛だったら、何度もっ……」
「……………………なんで?」
突然、イウリュースの声が冷たくなった気がした。
彼はじっと、クレッジを見つめている。まるで、睨んでいるようにも思えた。
「い、イウリュース……さん……?」
「…………何で、そんなこと言うの? クレッジは……ギルドで噂になってるの、知ってるだろ? クレッジが、ヴィルイに気があるんじゃないかって……」
「ああ……それですか……どーでもいいです。そんなの……ありえないんで」
そんなこと、どうでもいい。ヴィルイとなんて、ありえないのだから。
クレッジが思っているのは、イウリュースだけ。だからここへ来た。
「俺は……そんなの、どうでも…………」
言いかけて、気づいた。
クレッジのすぐそばまで、イウリュースはもう迫っている。すぐそばに、イウリュースの顔があって、クレッジは驚いて身をひいた。
けれど、イウリュースの目はひどく鋭くて、身震いしてしまいそうだった。
「……どうでも? ありえないって、何が……?」
「え……? えっと……」
戸惑うクレッジは、口を開けないでいた。
するとイウリュースは、目を背けてクレッジから離れてくれた。
「……ごめん…………怖いこと言って……」
「……いえ……別に……」
「……と、とにかく……ヴィルイは、俺の方を……え、選んだんだ……だから、クレッジは……帰ってよ」
「……っ!」
考えてもいなかった言葉に驚いた。
そんなことを言われるなんて思っていなかった。
(これじゃ……まるでヴィルイを取り合ってるみたいじゃないか……!! 何してんだよ。俺……)
ただ、イウリュースを止めに来ただけのつもりだった。
彼に傷ついてほしくない。彼がヴィルイに酷いことをされるんだと、そう思っていたから、ここへ来た。
そのはずだった。
(だけど……例えばヴィルイが、イウリュースさんを護衛として雇いたいだけだとしたら、俺は引き下がったのか? …………絶対に無理だ。ヴィルイのところに……行かないでほしい……たとえ本当に護衛だって、この人がヴィルイに仕えるなんて、嫌だっ……!! 俺の方が、この人のこと、好きなのにっ……!!)
けれど、吐露しようとした思いをぎりぎりで止めた。
ヴィルイの目的がただの護衛で、イウリュースがそれを引き受けたとなれば、それは、クレッジが割って入ることじゃない。
ヴィルイは貴族だ。それも、ああ見えて伯爵令息。それの専属の護衛になれる。名誉なことだ。先が知れない冒険者より安定した生活も手に入り、恐ろしい魔物に向かっていくことも減り、貴族に使い捨てにされることもなくなる。ありがたいことだ。
しかし、それでも胸は痛む。
とどのつまりは、イウリュースにヴィルイのそばにいてほしくない。
ただ、それだけだ。
(俺はただ、ずっとイウリュースさんにそばにいてほしいだけ……誰かのものになってほしくないだけ……自己中な無表情……そのとおりだ……)
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