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104.僕のマスターなんだから

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 僕とレヴェリルインは、城の魔物を退治してから、一度隣町に戻った。

 今回の騒動で、王子は襲ってきた魔物の排除にレヴェリルインたちの力を借りることになった。彼らが張った結界のおかげで魔物は退いて、すぐに街には平穏が戻ってきた。

 魔物に対する対策がなくなっては困ると言って、レヴェリルインには王家から帰還命令がでたけど、レヴェリルインは、それを固辞してしまった。何しろ王家からは、城に帰るにあたり、相当色々な条件を出されたらしい。
 そしてレヴェリルインは、何を言い出すかと思えば、城にはそいつがいればいいと言って、クリウールトを指差した。せっかく城に戻れるのに何を言っているんだとドルニテットが激怒して、あわや最悪の兄弟喧嘩が始まるかと思ったが、貴族たちを黙らせるなら第五王子がいた方がいいと言って、オイルーギやコエレシールが間に入って、ドルニテットを説得していた。
 結局、レヴェリルインが以前、貴族たちが集まった城を破壊したことを理由に、クリウールトが王家からのお目付役でここにいることになった。実質、レヴェリルインが王家からの使いを受け入れる形になり、レヴェリルインへの処遇で不信感を買っていた王家は、彼に借りを作ることになった。それ以降、何も言って来ない。王家から杖を持って来いだの僕を連れてこいだの言われたくなり、クリウールトも、不満はいっぱい言うけど、少なくとも僕を処分しろとは言わなくなった。レヴェリルインに睨まれたのと、ドルニテットっていう監視役をつけられたことで、最近は随分大人しくて、ウサギの姿でロウィフと一緒にいる。普段ドルニテットとバルアヴィフに使われているから、たまにふらふらしているけど。
 ロウィフはいつも楽しそう。クリウールトと一緒にいられて、嬉しいらしい。
 お陰でレヴェリルインは、王子を裏で操る冷酷な魔法使いなんて呼ばれたりしている。レヴェリルインはまるで気にしていないし、僕にも気にするなって言う。レヴェリルインは、本当は優しいのに。でも、その優しさを僕だけが知ってるって言うのは、ちょっと嬉しい。
 レヴェリルインたちが、結界の魔法を完成させて街に戻ったことで、街や、その周辺の魔物の騒動も落ち着いた。魔物の被害に困っていた他の領地も助かっているらしい。
 魔法ギルドが協力してくれて、僕に教えられた毒の魔法が、本当は完成しているんじゃないかという疑いも晴れた。

 レヴェリルインは、僕と二人きりでいる夢が潰えたって、ちょっと残念そうにしていたけど、街が無事で安心してもいた。

 アトウェントラもコエレシールも、それぞれのギルドに戻って、僕はたまにちょっと寂しい。だけど僕のそばには、いつもレヴェリルインがいてくれている。そして、彼の役に立てる。彼の従者として、仕えていられる。

 それだけでいい。

 そのはずだったのに、僕の心の中は、ますますざわつくばかり。これだけは治りそうにない。



「それは、マスターの大切なものです。返してくれれば、これ以上はしません」

 古びた屋敷の広間の真ん中で、その場に集まった面々に向かって言うと、彼らは震え上がった。レヴェリルインから書物を盗み出した連中だ。

 レヴェリルインが城に戻った後も、まだ毒の魔法を狙う連中が、しょっちゅうレヴェリルインを狙ってやってくる。
 今回盗み出されたのは、魔法具を作るための書物。いつもは厳重に管理されているものだけど、今回はそれを移動させる際を狙われた。人魚族のフィロッギが、隣町で珍しい書物が手に入ったって言うから回収に行ったら、それを横から掠め取られてしまったらしい。
 コエレシールが、王家からの回し者の仕業じゃないかって言ってたけど、まさか、港町の大商人の関係者だったなんて。

 レヴェリルインの大切なものを盗んでいくなんて許せない。僕に追わせてくださいと言って志願したら、レヴェリルインには、即反対された。お前がそんなことをしなくても、お前のそばには俺がいるって、言ってくれた。
 彼は自分で行くつもりだったらしいけど、それだけじゃ寂しい。僕だって、レヴェリルインのために何かしたい。
 食い下がる僕を見て、せっかくいるんだから使いませんか? と言ってくれたのは、ドルニテットだった。彼は、僕が魔法を覚えて魔物とも戦えるようになったことで、僕を使ってみてもいいと思うようになったらしい。
 レヴェリルインは、本当は行ってほしくなかったみたいだけど、僕が食い下がったら、折れてくれた。やっぱり、レヴェリルインは優しい。

 レヴェリルインが書物につけた使い魔を辿ってきた僕は、すぐに書物が持ち込まれた屋敷に潜り込んだ。そこに現れたのは、商人から書物を買う約束をしていたらしい貴族の使い。あいつ、確か、レヴェリルインの城で晩餐会が行われた時、結界の禁書を渡せとしつこくせがんでいた奴だ。レヴェリルインは写本を渡していたけど、それでは満足しなかったらしい。

 何を図々しい。レヴェリルインから写本を受け取っておきながら。跪いて感謝しろよ。いらないなら僕が欲しいよ。毎晩読んでキスしておきたい。

 おそらく写本を狙った貴族の目的は、領地を守るための結界じゃなくて、禁書そのもの。オイルーギが、隣国に禁書を渡そうとしている動きがあるって言ってたから、多分それだ。

 だけど僕には、動機なんかどうだっていい。

 レヴェリルインの邪魔をする者、レヴェリルインに牙を剥く者は、全部、僕の敵。

 すでに、敵が僕に差し向けた護衛たちは床に倒れている。レヴェリルインの大事な書物を横取りに来た使いも、彼に書物を売ろうとしていた商人も、すでに戦意を喪失して、へたり込んでいた。

 僕は、書物を持つ男に近づいた。

 ドルニテットからは生捕りにしろって言われている。誰に頼まれたのか等、聞きたいことがいっぱいあるらしい。
 城を出る直前、ドルニテットは珍しく僕に近づいてきて、生きてさえいればいいと言っていた。ドルニテットは相変わらず。だけど僕にはそれが今はありがたい。

 僕のレヴェリルインの邪魔をする奴は、絶対に許さない。

 怯えた男は、僕に、ガタガタ震えながら書物を差し出す。間違いない。レヴェリルインのものだ。

 けれど、本を受け取らせて、油断させたと思ったのか、その男は、僕に飛びかかってくる。

 生捕りにしなきゃ。生きてさえいればいい。

 僕は、その男に軽く触れた。

 レヴェリルインには、いくつも魔法を教えてもらったけど、僕は、破壊的な魔法しか得意にならなかった。レヴェリルインは、それでもいいって言ってくれた。

 今、僕に飛びかかってきた男は、さっきの広間で開かれていた会合で、レヴェリルインを無能って言っていた男だ。あんな無能より、これは俺が持つべきだって、そう言ってレヴェリルインを嘲った。
 本当はその時、頭を吹き飛ばしてやりたかった。首をもぎ取ってレヴェリルインに差し出したかったけど、僕がそんなことをしたら、彼に迷惑がかかる。

 僕は、その男に魔法をかけた。すると、そいつは吹き飛んで、壁にめり込む。そして、動かなくなった。まだ生きている。ちゃんと。あとはすべて、レヴェリルインが処断するだろう。

 僕は、その男を縛り上げた。周囲に倒れていた輩も、全部。
 これで、レヴェリルインの障害になるものは、消えた。

 杖を下ろす。すると、部屋のドアが開いて、ドルニテットが入ってきた。

「よくやった。コフィレグトグス」
「はい……ドルニテット様」

 彼は、レヴェリルインの弟。ずっと、レヴェリルインを支えている、レヴェリルインにとって、必要な人。だから今だけ、彼の言うことも聞く。

 だけど、妬けるなぁ……

 たまにレヴェリルインのそばにいすぎるのが気になる。レヴェリルインの相談相手はいつもドルニテット。僕も早く、そうなりたい。

 じーっと見ていると、ドルニテットは少し僕から離れた。

「書物はそれか?」
「……マスターはどこですか?」
「貴様……ついに俺の質問に答えないようになったな……」
「……そんなつもり……ありません。だけど、僕のマスターは、レヴェリルインだけです」
「使えるようになった代わりに、ますます生意気になったじゃないか……」
「あの……マスターは……?」
「……兄上ならいずれ来る。全く……兄上以外の言うことも聞くように調教してくれないと困るな……」
「僕……何をされても、マスターじゃない人の言うことは聞きません」
「……」

 ドルニテットの冷たい目が僕を突き刺す。だけど、僕だって負けない。レヴェリルインだけが、僕のマスターなんだから。
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