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91.懐いていろ
しおりを挟む周囲には誰もいなくなって、僕とレヴェリルイン、二人だけ。
なんで、急に? なんで僕だけ残して、みんなを先に行かせたんだ?
そう思ったら、急に恐ろしくなった。
もしかして、僕が役に立たないことに気づいたんじゃ……
僕が彼に向けている、この薄汚れた感情に気づいたんじゃないか? もしそうだったら、今度こそ僕は、いらないものになるのか?
いや、レヴェリルインは優しいから、多分そんなことをしない。僕がどれだけ足手まといでも、僕を連れていってくれる。それで、自分が傷ついたとしても。
そんなこの人に、僕ができることって……
そう思ったら、ますます怖くなる。僕ができることは、黙ってこの人のそばを去ることなんじゃないのか?
嫌だ。この人のそばにいたい。だけど、僕は、この人の枷になる。
次々湧いてくる気持ちを抑えるだけで、息が苦しくなりそう。
どうしよう……僕は、どうすればいいんだ?
彼が何を言い出すのか分からなくて、怖かった。
そしたらレヴェリルインは微笑んで、僕の頭を撫でてくれる。
「どうした?」
「えっ……?」
「震えているじゃないか……そんなに緊張しなくていい。お前に魔力を返すために来たんだぞ」
「……」
魔力……それがあれば、僕にも何かできる?
だけど、それがあった頃だって、僕にできたのは、兄たちから逃げることだけ。
レヴェリルインに呼んでもらったって、何もできずに失敗。
レヴェリルインは僕のために色々してくれていたのに、結局何もできずに、僕は今もこうして、レヴェリルインに手を引いてもらって、彼の足を引っ張っている。
「…………僕なんかの……魔力なんて…………」
「コフィレグトグス?」
「ぼ、僕の……魔力なんて……どうでもいいんです。僕なんかっ……! 魔力持ってたって、どうせ何もできないんです!! 僕なんかっ……さっさと処分されればいいんですっ!! 僕のことより……マスターはっ……!! ご自分のことだけをっ……いたたたたた!!」
言いかけた頬を軽く摘まれて、言葉は途中で途切れてしまう。すぐ離してもらえたけど、ちょっとヒリヒリする。
な、なに? 急に……
そんなことをされてびっくりする僕に、彼はすごく不機嫌そうな顔をして言った。
「次に同じことを言ったら、口枷をつけて監禁するぞ」
「え……? あ、はい……どうぞ……」
「どうぞじゃない! はいとも言うな!」
「いたたっっ……!!」
また頬を摘まれた。な、なんだかよく分からないけど、怒ってる!? なんでこんなに怒られてるんだ?
わけが分からないのに、涙がでる。そんなに痛いわけじゃないのに。
そして、レヴェリルインだって辛そう。
「全く……せっかく懐いてきたと思ったのに」
「ふぇ!?」
やっと離してもらえて、微かに痛いそこを、彼は今度は優しく撫でてくれた。
「俺は、お前のその体を大事にしてやりたいと思ってここまできた。魔力があった方が、その体を敵から守ることもできる。お前は俺のものなんだぞ」
「は、はい……知ってます……」
「いいや、分かってない」
キッパリ否定して、彼が僕を引き寄せる。彼に握られた腕が痛くなるほどの勢いで。そして、気づいたら、ぎゅっと抱きしめられていた。
彼の体が温かくて、その腕が力強く僕を抱きとめてくれるから、僕はまた苦しくなる。僕がそうされていていいのかって思うのに嬉しくて、逃げられないくらいに捕まる感覚に酔いそうになる。
僕はずっとその胸に顔を埋めていた。
僕を縛るレヴェリルイン以外のものが消えてしまえばいい。僕の中にいる彼を思う気持ち以外が消えてしまえばいい。全部なくなって、彼のためだけに精一杯になりたい。
なんでできないんだ?
僕はいつまで、こんな僕のままなんだ。多分ずっとだ。ずっと僕の中のもの、全部つれたまま、この先へいかなきゃ行けない。そんな気がして苦しい。なんならここで締め殺すほどに抱きしめられたい。いつかこの人を傷つける前に、これ以上、この人の枷になる前に。
けれど、レヴェリルインはずっと僕を強く、逃さないと囁くように抱きしめてくれていた。
「お前は俺のものだ。もう俺が捕まえた、俺の獲物だ。さっさと懐けっ……!」
レヴェリルインが辛そうに言う。その声が苦しげで、僕は聞いていられない。この人を苦しめたのは僕だから。
微かに逃げる仕草をした。このままじゃダメだと思ったのかもしれない。けれど、それで機嫌を損ねたのか、彼はもっと強く僕を抱きしめた。体が圧迫されて、苦しくてうめき声が出るほどだった。
「そんなに嫌か? 俺に大切にされるのは」
「えっ……?」
「さっさと懐いて可愛がられてろ」
「マスター……? っ……!!」
頭の後ろを、大きな手で抑えられて、彼と目があったかと思えば、すぐに唇が濡れた。
震えていた唇が軽く彼の唇で甘噛みされて、ちゅうって、微かな音がした。
突然の甘い感触はそれだけ。そっと、ゆっくり離れていく。
な、何……?? 何されたんだ、今……
く、唇に……唇が……
そっと、自分の唇に触れる。それは、少し濡れている。今……き、キスされた? 唇に!? なんで!?
もう何がなんだか分からなくて、唇に触れたまま、立ち尽くす僕。
そんな僕を、レヴェリルインは離してしまう。
少し離れて、それでも目があったら、一気に体温が上がる。
「ぁっ…………え?」
「なんだ? お前は俺のものなんだろう? 文句があるのか?」
「え……? えっと…………あの……ない……です…………」
「……はいとは言わなかったな……安心したぞ」
「え!?」
「お前は俺のものなら、黙って大切にされていろ」
「あっ……」
「そこはさっさとはいと言え」
「……」
そんなこと言われたって、もうびっくりしすぎて、頭なんて回らないし、体だって、唇だって動きそうにない。
だけど、言わずにいたら、ますますレヴェリルインの機嫌を損ねたらしく、彼はまた僕に近づいてくる。
僕はつい、彼から顔を背けて、一歩下がってしまった。だってこれ以上ドキドキすることされたら死ぬ。
それなのに、彼はあっさり僕を捕まえて、僕の腰に手を回して、引き寄せる。一瞬で捕まって、僕はまた彼の腕の中。
「さっさと言わないと、もっとするぞ」
「へっ……!?」
彼の指が、まだ濡れている僕の唇を滑っていく。その指まで微かに濡れて、まるで、これからされることを予告しているみたいだった。
もう限界のはずなのに、もっと体が熱くなって、鼓動だって壊れちゃいそうなくらい早くなる。
「そうだな……今度はもっと奥まで味わうか?」
「やっ……ま、待って……! は、はいっ……! わかりましたっ……! 分かった……ので……!」
「何が分かったんだ?」
そんな風に聞きながら、彼はますます僕に顔を近づけてくる。
あと少しでも動いたら、またキスされるっ!! こんなことされてたら、本当に壊れてしまいそう。
「た、大切にっ……されますっ……!! も、もうっ……!! い、言うとおりにしますっ……からぁ……!! ひゃっ!!」
何かまた、機嫌を損ねること言ったのか、今度は頬を舐められた。
何されてんだ僕。とにかく離してくれないと、もう気持ちが溢れて気絶しそう。
「まだ少し気に入らないが……離してやろう」
そう言って、彼はやっと僕を離してくれた。だけどそれだけで、高揚した体が収まるはずもない。
し、死ぬかと思った……
誰よりそばにいて欲しいけど、いきなりこんなの無理だ! 準備ができてない。
だけどクラクラしている僕の頬に、また彼が触れてくる。さっき離してくれるって言ったくせに。これ以上されたら、本当に動けなくなる。
逃げようとしても、レヴェリルインから逃げ切れたことなんてない。それは多分、これからもそうなんだろう。あっさり捕まって、頬に手を当てられ、また、頬にキスされてしまう。
「ひゃっ……!!」
「お前はもう、俺のものなんだ」
「し、知ってますっ……! 僕はっ……! マスターのっ……マスターのものでっ……!」
もう本当に離してほしい。そばにいてほしいけど、いきなりこんなに近くなったら、僕の方が……気持ちが溢れて心臓が止まりそう。
それなのに、彼は僕の頬に手を当ててるし、そこを撫でてるし、舐めてくる。
耳にちゅって濡れた音が何度も響いて、自分が何をされるのか思い知らされて、壊れそう。
「だったら黙って俺にされるがまま大切にされてろ」
「は、はいっ……」
「大事にされてろ」
「はい……」
もう、抱き締められてるだけで苦しいのに、そんな風に囁かれて、涙まで溢れてきた。
僕にはすでに抵抗する力なんて残っていないのに、力の抜けていく僕の体を、彼はますます強く抱きしめてくる。
「……それでいい。捕まったんだから大人しく愛されていればいい」
「……はい……」
「……それは、ちゃんと分かっているのか?」
「はいぃ……」
彼の腕の中で、ドキドキしすぎて何も考えられないまま答えると、レヴェリルインに「ちゃんと分かっているのか?」って聞かれて、僕は何度もうなずいた。
真っ赤で泣きながら馬鹿みたいに何度も首を縦に振っていたら、レヴェリルインはやっと僕を離してくれた。
「少し不満だが、そろそろ壊れそうだからな……」
たっぷり好きにされた気がするのに……
こ、怖かった……これまでで一番。心臓が壊れるかと思った。まだドキドキしてて、胸が痛い。それなのに、幸せで、嬉しい。
だけどこんなの、いきなりすぎて本当に壊れる……体が慣れてないんだ。こんな風にされること。
ついにへたり込む僕の前に、彼はしゃがみ込む。
もう本当に許してほしいのに、レヴェリルインは涙ぐんでいる僕を弄ぶみたいに頬を指でつついてくる。
な、なんだか楽しそう……僕、触れられるたびにビクビク震えてるのに。
「本当に分かっているのか? 俺はもう、お前を離す気はないからな。お前はそうして、可愛がられてればいい」
「はい……」
「ちゃんと懐けよ」
ちゃんと分かったって言ってるのに、レヴェリルインは僕から離れてくれない。だけど逃げたら何をされるか分からない。だいたい、大切にされるとか、大事にされるとか、どうしたらいいんだ。それに……さっき……
あ、愛されてろっ……て、言われたような……それってどういう意味!??
愛って………………いや、僕、従者だし、友達とか、仲間相手でも言うのかもしれない。さっきから懐けって言われてるし、ペットとかに対する愛情……?? 多分そうかな……
でも……本当にそう??
僕は、真っ赤なまま顔を上げた。
レヴェリルインはそんな僕を見て微笑んでくれる。
その顔を見ただけで、また涙が出そうなくらい緊張する。だけど……さっきの言葉の意味を知りたい。
さっき……言ってくれたことって、本気ですか……?
顔を上げて、目を見て、口を開こうとしたら、遠くから、フィロッギの声がした。
「レヴェリルイン様ああああああああっっ!! 早くーーーー!!」
叫んで、彼は髪を振り乱して走ってくる。その目には、涙も滲んでいた。
「レヴェリルインさまあ!! 早くっっ!! ま、魔物が出たんです!! 魔物がっ……海岸にっ!! 早くきてください!!」
「後で行く」
「はあああああ!?? 今すぐ早く来てください!! 魔物が出たんです!!」
血相を変えて言う彼に、レヴェリルインは、多少嫌そうに「仕方がないな」って答えて、僕の手を握った。
僕も強く握り返したら、彼は振り向いて微笑んでくれる。
「砂浜に着いたら、俺が適当に魔物の相手をする。お前は、昨日言ったとおりやれるか?」
「は、はいっ……!」
僕は、杖を握って答えた。
魔力……取り返そう。そうレヴェリルインが願ってくれるんだから。
抱きしめられる前と、僕は何一つ変わってなくて、一つ挙げるなら、さっきのキスの強烈な記憶が残るくらい。だけど、彼に追いつくように足を早めて、彼の隣に並んだ。
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