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84.夢中になりそう
しおりを挟むレヴェリルインに連れられて、僕は、ギルドの裏にある建物にやってきた。五階まであるそれは、宿泊施設になっていて、食堂や医務室もあるらしい。冒険者や警備隊が泊まるために作られたらしいけど、さまざまな種族が集まるこの港町で、多少トラブルがあってもすぐにギルドに対応してもらえるこの宿は、商人や船乗り、旅行者にも重宝されるようになり、何度か増築しているらしい。大商人たちからも頼りにされているため、彼らからの支援のおかげで、かなり豪華な作りになっている。
ここの一階の医務室に、怪我人が集まっているらしい。
僕らを迎えてくれた、ギルドの受付の人は、ギズティというらしく、僕らをそこまで案内してくれた。
正面玄関をくぐると、大きなロビーと受付があった。ギズティが先に話を通してくれていたようで、すぐに僕らにも部屋を用意してもらえた。僕とレヴェリルイン以外は、回収した魔法具の確認のため、先に部屋に向かっていった。
天井が高く広い廊下を案内がてら、ギズティは、僕とレヴェリルインに、海岸線の魔物と冒険者の話をしてくれる。
「レヴェリルイン様が引き受けてくれて助かりました……海岸線の魔物には、僕たちずっと、手を焼いているんです。あ、僕は見ての通り、猫の妖精族なんですけど、人魚族に会ったら、彼らの商店で買ってきてほしいお菓子があるんです! なかなか手に入らなくて」
「……怪我人の話はどうした?」
レヴェリルインに話の腰を折られて、ギズティは、少し寂しそうだったけど、そうでしたって言って、話を続けてくれた。
「海岸線の魔物は、ここ最近増えているんです。何人も冒険者が来て、討伐に向かってくれてるんですけど、なかなか状況が改善しないんです。魔物のせいでお菓子も買いに行けないし、町長は帰ってこないし……あ、そこです!」
そう言って、彼は廊下の奥にあったドアを開く。
そこは広くはないけど窓が大きくて、天井でシーリングファンが回る静かな部屋で、いくつか並んだベッドに、人が寝ていた。
だけど、肝心の回復の魔法を使う魔法使いがいない。みんな今、各部屋を巡って怪我人の治療をしているらしい。
なんだか緊張してきた。ぼ、僕にできるのかな……
不安になる僕の頬に、レヴェリルインがそっと触れた。
「ひゃっ…………! ま、マスター……?」
びっくりした……
レヴェリルインはいつも、不意打ちで僕に触れる。僕が触れられるだけでこんな風になってること、知らないんだろう。だって、僕はいつもドキドキしてるのに、レヴェリルインは平気そうにしている。
レヴェリルインは僕のこと、ただの従者だとしか思っていないんだろうな……もしかしたら、こうしてすごく世話を焼いてくれるから、手のかかる従者って思われているのかもしれない。
だったらせめて、役に立つ従者って思われたい。僕のこと、一番そばに置きたいって思ってもらえるようになりたい。
彼が当てた手から、何か温かいものが流れ込んでくる。それは少しずつ僕の全身を巡って、指先までを満たしてくれた。これ……きっと、レヴェリルインの魔力だ。
でも……なんで、僕にわざわざ魔力をくれるんだ?
「マスター……? なんで……」
「お前に俺の魔力を渡した。なくても魔法具は使えるが……あったほうが便利だろう?」
「えっ……えっと……そ、そんなっ……マスターの魔力をいただいてしまうなんて……」
僕のために、わざわざ魔力を渡してくれるなんて、何だか申し訳ない。今日はレヴェリルインだって疲れているはずなのに。僕のことなら、そんなに気遣ってくれなくていいのに。
けれどレヴェリルインは、僕に向かって微笑んだ。
「俺がやりたかっただけだ。気にするな」
「でもっ……でも……」
戸惑う僕に、彼は小さなタオルを渡してくれる。
「マスター? これは?」
「魔法具の一つだ。俺が回復の魔法をかけるから、お前はそれで、傷口を拭いてやってくれ」
「は、はい……」
ぼ、僕にできるかな……緊張するけど、せっかくレヴェリルインが任せてくれたんだ!! いつか、レヴェリルインの一番の従者になりたい。そのためなら、何だってできる!
ギズティが「じゃあ、終わったら受け付けに伝えてください」と言って、部屋を出て行く。
レヴェリルインは、ドアから一番近いベッドに寝ている男の傍に立った。
僕も緊張しながら、彼に遅れないようについて行く。
ベッドの上で寝ている人は、ぼーっとした目で僕らを見上げた。パジャマみたいな服を着ているけど、彼には見覚えがある。城下町で会った人だ。あそこでラックトラートさんと一緒にいた、警備隊のソアドルトじゃないか。
レヴェリルインも彼に気づいたようで、首を傾げていた。
「お前……確か向こうの街で……」
「あ? あっ……レヴェリルイン!?」
「なぜこんなところにいるんだ? お前は城下町の警備隊だろう?」
彼に聞かれて、ベッドの上のソアドルトは、レヴェリルインを睨みつける。
「クリウールトが突然、街の警備隊に魔法使いを指名したんだっ……! お陰で俺は、魔物と戦った時負傷したことを理由にクビにされたんだぞ! どうしてくれるんだ!!」
「知るか。文句があるなら王子に言え」
「言えるわけねえだろ! あいつ、俺たちの言うことなんて、聞く気ないんだ…………なあ、お前……戻ってこれないのか? お前の方が、まだマシだった」
そう言って、彼は俯いてしまう。彼の腕や胸の辺りには包帯が巻かれていて、足にも、痛々しく大きい傷ができている。
レヴェリルインは、それを見てため息をついた。
「それで? ここへ来て魔物退治か? 無理をしたものだな」
そう言って、彼は回復の魔法をかけるより先に、僕に振り向いた。
「コフィレグトグス、やってみろ」
「え!?」
それを聞いて、ソアドルトは顔色を変える。
「お、おいっ……! やってみろって何だ……!?」
「お前がいるならちょうどいい。傷口に、魔物の魔力が蠢いている。だから傷が治らないだけだ。コフィレグトグスにそれを取り除かせる」
「だから、何でそっちの小さい奴がやるんだよ! お前がやれよ!!」
「コフィレグトグスには、便利なものを渡してある」
レヴェリルインは、僕のフードの杖を抜く。
僕がそれを受け取ると、杖はすぐに元の大きさに戻った。
「それで、魔物の魔力を吸い出せ。お前には、ずっと魔法の使い方を教えてきた。できるはずだ」
「で、でも…………ここで、これを使うんですか? あの……そ、ソアドルトの魔力まで……抜いたりしませんか?」
恐る恐る聞くと、ソアドルトはますます真っ青になってしまう。
「おいっ!! 魔力抜くってなんだ!! レヴェリルイン!! お前、何をする気だ!?」
「心配しなくても、今コフィレグトグスが持っているのは、魔力を奪うための杖だ」
「奪うって何だよ!! 心配になるに決まってるだろっ……! そ、それ使って俺の魔力まで奪う気かよ!!」
「それは、人には効かない。お前、思ったより臆病だな」
「ま、魔力奪われるなんて聞いたら誰だって怖いわ!!」
「お前の傷口にまとわりついている魔物の魔力を奪うだけだ。そう怖がるな」
落ち着いた様子で言って、レヴェリルインは、僕に振り向いた。
「できるな?」
僕は頷いた。
レヴェリルインに言われたことなら、全部ちゃんと覚えている。
僕は、杖の先に集中した。普段僕には魔力はないけど、今はレヴェリルインの魔力がある。
自分の中に入った魔力を呼び起こすと、微かに温かくて、自分のものとは違う気がした。まるで、レヴェリルインが自分の中を巡っているみたい。
僕は杖の先を、ソアドルトの足の傷に当てた。すると、見る間に傷口が塞がっていく。代わりに杖が熱くなって、それに溜まった熱が、僕の中に入ってくる。
耐えきれずに、僕はよろめいて膝をついてしまう。フラフラしている僕を、後ろからレヴェリルインが支えてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
魔力が尽きていた僕の体が、奪った新しい魔力に満たされて、まだ熱いままだ。
なんだか温かくて気持ちがいい……夢中になりそうで困る。レヴェリルインに許可された時だけ使おう……
レヴェリルインは、僕に微笑んだ。
「よくやった」
彼が僕の頭を撫でてくれる。うまくできたのかと思って見上げたら、その顔を見ただけで、また僕は満たされていく。
ソアドルトは、自分で包帯を外してしまった。多分、その下には傷があったはずなんだけど、彼の体はすでに何ともない。全身から傷が消えていた。
「全部治ってる……なんで、こんなことできるんだ?」
「え、えっと……」
戸惑う僕に、ソアドルトは微笑んだ。
「ま、いいや。助かった…………」
「い、いえ……お礼は、マスターに言ってください」
だって、僕は何もしてない。全部、レヴェリルインのおかげなんだ。
レヴェリルインを見上げたら、彼は僕の頭を撫でてくれた。
「よくやった。少し疲れたか?」
「い、いえ……大丈夫です!!」
体には、少し疲れたような感じがある。だけど平気だ。彼がそんな風に喜んでくれるなら。
僕……レヴェリルインの役にたてたんだ。それだけで、僕にとっては魔法だ。疲れすら全部、僕を満たすものに変わっていく。
レヴェリルインのためなら、何でもできる。彼に喜んでもらえるなら。
「では、他の者たちも治療するか」
「は、はい!!」
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