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40.刺客だ!

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 レヴェリルインに帰れって言われても、ラックトラートさんはまるで聞いていない。
 ついに、レヴェリルインの方が折れた。

「……どうなっても知らないぞ」
「はい!! 僕は大丈夫です!! さあ! 食事にしましょう!!」

 ラックトラートさんが楽しそうに、鍋の方に向き直る。焚き火の上に吊るされた鍋では、ぐつぐつとスープが煮えていて、いい匂いがした。

「スープ、いい感じですね! では、僕はたぬきさんパンを焼きます!」
「たぬき……?」

 レヴェリルインが眉を顰めるけど、ラックトラートさんは、ずいぶん張り切っている。そんな彼のところに、一羽の使い魔が飛んできた。小さなたぬきに羽が生えたようなそれは、大きなリュックを持って飛んできて、リュックをラックトラートさんの前におくと、すぐに消えてしまう。

 使い魔が持ってきてくれたリュックの中から、ラックトラートさんは大きな袋をとりだした。

「これ、魔法具や魔物を追って山奥に泊まり込む時に、いつも使っているリュックなんです。その時によく焼いてるんですよ。たぬきさんパン! 魔法で作るのですぐ焼けます!!」
「楽しそうだな……」

 呆れた顔で言うレヴェリルインに、ラックトラートさんは嬉しそうに答えた。

「はい! 僕、まさかレヴェリルイン様と食事ができる日が来るなんて、思っていませんでした!!」
「……」
「レヴェリルイン様にも気に入っていただけると思います!! あ!! せっかくだから、森で見つけたものを入れてみますね!!」

 彼が指差したカゴには、りんごみたいな形の果実や、不思議な形の植物がたくさん積まれている。魔法の力を持ったものだ。城の敷地だった森には、たくさん魔法の植物が生えているんだ。

 ラックトラートさんは、リュックから小麦粉やミルク、バターや調味料、ボウルを出して、慣れた手つきでボウルの中で混ぜ合わせている。レヴェリルインも、うまいじゃないかと言って、感心していた。

 それに比べて、何にもできない僕……

 早速何をしていいのか分からない。食事の用意、僕だって手伝いたいけど、僕にできることなんかあるのかな……

 キョロキョロあたりを見渡す。

 レヴェリルインは、鍋のスープをかき混ぜている。もうすぐ出来上がるんだろう。
 ラックトラートさんは、そのそばでパン生地を捏ねている。魔法の粒がキラキラ光って、彼はそれを、あっという間に可愛らしいたぬきの形にしていった。

 馬になった伯爵は、少し離れたところで草を食べている。ドルニテットはそのそばで、伯爵と何か話していた。

 そして、何をしていいかわからない僕だけ突っ立ったまま。

 な、何か……ぼ、僕にもできること……

 そうだ! 果物を洗ってくるのはどうだろう!! それなら、僕にもできるっ……って、さっき失敗したんだ。

 早速頭を抱える。

 野菜も洗えなかったのに、果物洗うなんて、できるのかな……しかも、ラックトラートさんがせっかく集めてくれたものなのに。

 だけど……

 ちらっと、スープをかき混ぜているレヴェリルインに振り返る。この人の力になりたい。僕だって、この人のために何かしたい。

 そのためなら……頑張れるはずだ!!

 僕は、パン生地を捏ねているラックトラートさんに恐る恐る近づいた。

「あ、あ、あのっ…………」
「たぬきさんパン、おいしいんですよ!! もう少し待っていてください!」

 そう言って、ラックトラートさんは笑う。よく笑う人だ。こんなふうに笑顔で僕と話す人……初めてかも……

 その笑顔を見たら、ちょっとだけ勇気が出た。

「あ、あの…………あの……く、く……だも……の……よ、よかっ……たら洗って……きます……」
「え? えーっと……あ! 果物、洗ってきてくれるんですか?」
「……はい……」

 な、なんて言ったのか、あんまり聞こえてなかったのかな…………?? 声、小さいし、たどたどしいし。

 だけど、ラックトラートさんは微笑んで、僕にかごを渡してくれる。

「あ、ありがとう……ございます……」

 お礼を言って、かごを受け取る。任せてくれるんだ……

 あっ……そうだ。野菜の件があったんだ!!

 僕は、レヴェリルインに振り向いた。ちょうど彼も僕を見上げていて、目があう。

「あ、あのっ……ま、マスター……」
「どうした?」
「あ、その…………あの……や、野菜のこと……ご、ごめんなさい……ぼ、僕、野菜を一つ台無しにして……」
「人参か?」
「……はい。き、気づいてたんですか!?」
「ああ」

 彼は、僕の手をとって、湖に近づいていく。

「水中に魔物がいることは多い。そういったものに水の中に引きずり込まれると抵抗できない。何か出てきたら、すぐに逃げろ」
「は、はい!」
「そして、魔物は魔力だけで動く命のないものだ。普通、野菜を食べたりしない」
「え?」
「それに、この湖は俺がついさっき魔法で作ったものだ。魔物除けの魔法もかけてある。そんな湖に、魔物が現れるはずがない」
「え……で、でも……」
「つまり、お前の人参を食ったのは、魔物じゃない」

 レヴェリルインはそう言って、水面に触れる。すると、レヴェリルインの手のひらから黒い鎖が現れて、水の中に飛び込んでいく。
 しばらくして、鎖は水から何かを巻きつけた状態で飛び出してきた。
 鎖に巻きつかれたそれは、人のようだった。頭に真っ白なウサギの耳がある。
 その人は、地面に落ちる前に自分を縛る鎖をねじ切って、クルンと回って地面に着地し、一目散に逃げていく。ウサギの耳にウサギの尻尾。かなり小柄で僕と同じくらいの背の男だ。真っ黒な、夜の中にいるとすぐに紛れてしまうような色の服を着ていて、すぐに森の中に飛び込んでいった。

 その後ろ姿を見て、ラックトラートさんが叫んだ。

「あーーーー!! ロウィフっっ! あ、あいつ……!! 魔法使いギルドの回し者ですよ!! レヴェリルイン様!! 捕まえてくださいっ!!」
「知り合いか?」

 落ち着き払った様子で聞くレヴェリルイン。ラックトラートさんは、知り合いなのか、相当腹を立てた様子で言った。

「知り合いじゃありません! 僕らのたぬきさん新聞を馬鹿にする悪い奴らです!! 魔法ギルドで新聞作ってる奴で、王家の言いなりの連中です!! きっと殿下の刺客ですよ! 刺客!! 今すぐ捕まえてください!!」
「落ち着け。喚くな……すでに、使い魔はつけた。泳がせておけ」

 そう言って、レヴェリルインは、僕に振り向く。

「ウサギが人参取って逃げただけだ。気にしなくていい。食事にするぞ」
「は、はい!!」
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