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番外編7.最終決戦
114.ペロケを怒らせた
しおりを挟むあったかくて気持ちいい日の朝早く、僕はオーフィザン様に呼び出されて、客間に向かって歩いていた。
僕、今日はまだ何もしていないのに、お仕置きじゃない、よね……?
お仕置きはすごく怖い。だからお仕置きだったらすごく嫌。でも、笹桜さん達の件から、またオーフィザン様はお仕事が忙しくなっちゃって、ずっと構ってもらえなかったから、オーフィザン様が呼んでくれたことは嬉しい。
呼ばれてたどりついたのは、城の南側にある大きな客間。コンコンってドアをノックすると、すぐに中からオーフィザン様の「入れ」って言う声が聞こえた。
重たいドアを開けると、中には懐かしい人が立っている。美しい桜の着物を身にまとい、長い髪を首の後ろで一つにまとめた優美な人──笹桜さんだ。彼は僕に振り返り、にっこり笑う。
「おはよう。隕石猫」
「……い、隕石じゃありませんっ!! 笹桜さん、来てくれたんですか!?」
「ああ。今朝ついた。すまない。久しぶりに会ったら、つい、からかいたくなった」
「……」
「今日はお土産を持ってきた」
え? お土産?
そんなこと言われたら、嬉しくなっちゃう。つい、尻尾と耳をピクピク動かしちゃう。
笹桜さんはにっこり笑って、僕の頭にフワって柔らかい布みたいなものをかけてくれた。な、なに? これ……
透き通ったレースみたいで、なんだか宝石みたいにキラキラ光ってて、ふわふわ浮いてる。すごく綺麗。
「こ、これ……なんですか?」
「花嫁のヴェールだ。よく似合っているぞ」
「……え……」
は、花嫁さんが被るものなんだ!! ふわあああ! すごく綺麗!
嬉しくてくるくる回っちゃう。ひらひらの布がきらきらはためいた。すごいすごい!!
笹桜さんは、回る僕を見て、楽しそうに笑っている。
「気に入ったか? 似合うじゃないか。それは試作品として昨日作ったものだ。本番には、もっと美しいものを持って来てやる」
え? え? これ、昨日作ったの? だってすごく綺麗なのに。すごい……すっごく嬉しい!!
「すごく……すごく綺麗です! ありがとうございます!! 笹桜さん!!」
「魔物から雨紫陽花を守ってくれたお礼だ。式を楽しみにしていろ。その日に渡すものは、こんなものじゃないぞ」
「……え……で、でも、これもすごく綺麗なのに……」
「花嫁になるんだろう? 一番美しいものを被るんだ」
「え……」
うわあああ……照れる……僕、オーフィザン様のお嫁さんになるんだ……
笹桜さんは、照れてうつむく僕の頭に、丁寧にヴェールを付け直してくれる。
「待っていろ。いいものを作ってやる」
「あ……ありがとうございます!!」
嬉しくて尻尾を振っちゃう。すると、背後からオーフィザン様にグイって引き寄せられちゃった。
え? え? なんだか、怖い顔してる?
「お、おーふぃざんさま? ……ひや!!」
不意に頬にちゅって優しくキスされて、耳がピンって立っちゃう。ふわあああ……
「よく似合っているぞ。クラジュ」
「あ……あ……ありがとうございますっ!!」
オーフィザン様もこのヴェール、気に入ってくれたんだ!!
もっと嬉しくなってまたくるくる回っちゃう。そしたら、笹桜さんに笑われちゃった。
「そんなに気に入ってもらえるとは思わなかった。作り甲斐がある。本番を楽しみにしていろ」
「はい! ありがとうございます!!」
「では、俺はこれで失礼する。仲良くやるんだぞ」
「え……も、もう帰っちゃうんですか?」
せっかく久しぶりに会えたのに、もうお別れなんて寂しい……
「雨紫陽花を置いてきたからな。また来る」
「……はい」
「そのヴェールは預けておく。ヴァージンロードを歩く練習にでも使ってくれ。隕石が落ちても破れないものだ」
「……い、隕石じゃないです……」
「はは。じゃあな。クラジュ」
笹桜さんは、オーフィザン様に向き直る。
「式の日取りは決まったのか?」
「いいや。まだだ。用意している途中だ」
「そうか……クラジュの花嫁姿を楽しみにしているぞ」
「ああ。門まで送ろう」
「いや、必要ない。そこから行く」
笹桜さんが窓を開ける。この城は、どの部屋もだいたい窓が大きい。空を飛べる種族が、あまり玄関を使わずに窓から出入りするためだ。オーフィザン様もよくやってる。だからオーフィザン様の部屋と客間は、特にそう。
笹桜さんが開けた窓も、背の高い彼が余裕で通れる高さがあって、羽を広げても優に通れる幅がある。そこから春の風がふわあって入ってきた。スミレの香りがする。きっと花園からだ。
「じゃあな。オーフィザン、クラジュ。また会おう!」
笹桜さんが体を空に投げ出す。彼の背中から、羽衣みたいにたおやかで、透き通った羽が生えて、彼は、青い空の中を風に乗って飛んで行ってしまった。
窓を閉めると、やっぱりまたさみしくなっちゃって、シュンとしていると、オーフィザン様が頭を撫でてくれる。
「後は、ドレスにブーケだな」
「ぶ……ぶ、ブーケ…………?」
……それって、花嫁さんが持つ花束だよね?
花を僕が持ったら、ペロケがキレそう……ペロケは自分が育てた花じゃなくても、僕が近づくとすごく怒る。僕が花たちにひどいことをするのが許せないらしい。
それに、ペロケは未だに僕とオーフィザン様の結婚に反対している。僕に会うたびに、今すぐ城から出て行けって言ってくるんだ。この前は花瓶を割っちゃって追いかけられたし……
ブーケを僕が持つのは不可能じゃないのかな?
不安がっていたら、まるで話を聞いていたかのようなタイミングで、コンコンって、背後の窓がなった。誰かが外から窓を叩いたんだ。ここは三階。それなのに、窓を外から叩けるってことは……
ゆっくり、後ろに振り向く。
窓の外は、さっきまで晴れていたのに、今は黒い雲が一面覆っていた。そこに、夜の闇をそのまま塗ったような黒い羽がハラハラ舞っている。
あ、あの羽……まさか……
窓枠の上から、窓を叩いた人物がゆっくりと姿をあらわす。黒い羽根に喪服のような服を着て、真っ黒い花束を持って、不気味なくらい優しげに笑っているペロケだ。
怖くてガタガタ震える僕の横をすり抜け、オーフィザン様は、平然と窓を開けた。
「ペロケ、どうした?」
「ブーケにするための花を持ってきたんです」
ペロケは僕に近づいて来る。ニーッコリ笑って、真っ黒な花束を差し出してきた。
こ、これ……花束にメッセージカードがついてる。カードに血みたいな色で「クラジュ、死ね」って書いてある……
恐る恐るペロケを見上げる。ペロケはやっぱりニッコリしているけど、目は笑っていない。
ひいいいい……怖いいい……
「ペロケ……」
諭すような優しい声でオーフィザン様に名前を呼ばれても、いつもならここで引き下がるペロケが、今日は引かない。
彼はじっと、オーフィザン様を見上げて言った。
「こんなの、ダメだってわかっています。僕がどう思おうが、オーフィザン様が決められたことです。僕が口を出すなんて、出過ぎた真似だって、わかってるんです。だけど……僕……僕はどうしても、こんなの納得できないんです!!」
ペロケが僕を睨みつける。
「クラジュ……このクソ猫……お前なんか、僕は絶対に認めない!! それでも花嫁になりたいのなら、ブーケの花は花園から自分でとってきて!!」
「え? ぼ、僕が花を摘んでいいんですか?」
「つめるならね……僕が死力を尽くして邪魔するし、城中のみんなが、お前を止めに来るだろうけど」
「え……ええ……」
「どうするー? 怖くてつみに行けない? バカ猫!!」
「ば、バカ猫じゃありません!! 花を摘むくらい、僕にだってできます!!」
「それすらまともにできないから、僕らは反対してるの! バカ猫!!」
「バカ猫じゃないもん!! ペロケの意地悪!!」
「黙れクソ猫!!!」
怒ったペロケと僕はにらみ合っちゃう。僕はバカ猫じゃないし、オーフィザン様とだって、絶対結婚するんだもん!!
いがみ合う僕らの間に、オーフィザン様が入ってくる。
「やめろ。二人とも」
そう言われても、今は負けたくないよ! ペロケだって、引き下がらなかった。
「オーフィザン様!! 僕は……僕はずっと!! ずっとずっと……オーフィザン様のことを慕ってきました!! 城下町で、花を売っていた頃、ぼ、僕の育てた小さな花を、美しいと褒めてくださったあなたのことを、誰よりも……ここに迎えていただけてからは、ずっと、あなたの幸せだけを祈ってきました。いつかあなたが誰かをめとるなら、それはあなたが誰より愛した、あなたを幸せにできる方だと信じていました……そ、それが……それが……」
ペロケが涙で滲んだ目で僕を睨みつける。彼の苦しみが分からないわけじゃないけど、僕だって引けない!! オーフィザン様のことは、僕が幸せにするんだもん!!
「お、オーフィザン様のことは、僕が絶対に幸せにしますっ!!」
「黙れええっ!! どの口が……お前、昨日もオーフィザン様の寝所に火を放ったでしょ!!」
「ひ、火なんか放ってません!! あれは、その……朝、オーフィザン様の寝所で目を覚ましたら、まだランプがついていたから、火を消そうとしたら消えなくて、振り回したら壊れて火がカーテンに……」
「やっぱり放ってるじゃん! バカ猫!!」
「う……」
「お前なんかがオーフィザン様のそばにいるなんて、オーフィザン様の命に関わる!! 僕は絶対にお前なんか認めない!!」
「じ、じゃあ、僕がちゃんと花を詰めたら、認めてください!」
「誰が認めるか!」
「え……ええ!?」
「花摘めたくらいで認められるはずないだろ!! バカ猫!! でも、結婚式までは黙っていてあげる。ブーケも用意してあげる。どうするー? やるー?」
「や、やります!!」
ここで引けるもんか!! 僕はオーフィザン様と結婚するんだ!
ペロケのことも、いつか解決しなきゃいけないんだって思っていた。今がその時だ!! ここで、僕が勝ったら、ペロケだって、結婚式までは静かにしてくれるんだから!
「おい、二人とも。勝手に決めるな。そんなことはさせられない」
やっぱり止めに入るオーフィザン様に、ペロケが叫ぶ。
「オーフィザン様! お願いします! させてください!! せ、せめてこれくらいしないと、僕は納得できませんっ!! お願いします!」
「オーフィザン様! 僕もしたいです!! お願いします! オーフィザン様!!」
二人掛かりで僕らに頼まれ、オーフィザン様も、今度はダメと言わずに少し考えてくれた。
そして、ため息をついて僕らに向き直る。
「お前たちのどちらかが怪我をするようなら、すぐに止めるぞ……」
よかった……オーフィザン様、いいって言ってくれたっ!!
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます! オーフィザン様!!」
「このクソ猫!! 僕の前に出てお礼を言うな!!」
「な、なんだよ!! そ、そそ、そっちだって!!」
もみあいになった僕らの間に火花が散る。絶対に負けないもん!!
「クソ猫……僕は花園で待ってる。途中で死んでも、墓に花は供えないよ!」
「し……し? 死ぬ? 死ん……し、死なないもんっ!! 僕はオーフィザン様のお嫁さんになるんだもんっ!!」
「このっ……クソ猫っ!! 僕は負けないからっ!」
叫んでペロケは窓から飛び出していく。僕だって、ペロケには負けないもんっ!!
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