【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

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番外編6.執事になる!

109.お風呂があったかい

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 もう一回、さっき聞いた注意事項を僕に確認してから、ダンドが立ち上がる。

「では、オーフィザン様。俺、何か頭を冷やすものもらって来ます」
「ああ。頼んだぞ」
「じゃあ、僕も行きます!」

 僕もダンドを追って、急いで廊下に出た。

 廊下には窓も壁もなくて、庭からの春風が吹いてくる。風には薄い桃色の可愛い花びらがまじって飛んでいた。遠くの山にも、同じ色の花が見える。塀や垣根はなくて、そのまま山へ続いているみたいで、並んだ桃色の木の遠くで鳥の鳴き声や川の音がした。

 ふわああああ! 綺麗っ!! 辺り一面、薄桃色の花の木でいっぱいだ!!

「オーフィザン様! 見てください!! 桃色のお花がたくさんっっ!!」
「ああ……桜だな……」

 ふわふわふわふわ浮いている花びらを追いかけようとしても、花びらはひらひら飛んで逃げて行っちゃう! なんとかして捕まえたい!!

 それを追って庭に出て走り出しちゃう。

 桃色花びらは僕より素早くて、ちっとも捕まらない!! ふわんふわん浮く花びらを捕まえたくて、手を伸ばしても、するんて逃げられちゃう。

 いっぱい捕まえて、オーフィザン様にプレゼントしたいのに!! ジャンプしたらちょっと手が届くかも!!

「えいっ!」

 勢いをつけて飛び上がる。花びらまであと少しだ!! もう一回勢いをつけて飛び上がる。そうしたら、花びらが掴めた!! やったあ!

 喜んでいたら地面の苔に足を取られて尻餅をついちゃった。痛い……だけど桜は捕まえた!

「オーフィザン様! 見てください!! 花びら、捕まえました!!!」

 嬉しくって桜の花を掴んで走り出そうとしたけど、花びらは手の隙間からするりと逃げて空に飛んで行っちゃう。うううー! せっかくつかまえたのに!! また捕まえる!!

「クラジュー、もう行くよー!」

 わわ! 廊下でダンドが呼んでる!! 早く戻らなきゃ!!

 僕が屋敷に上がろうとしたら、その前にふわんて僕の体が風船みたいに浮く。オーフィザン様の魔法だ。オーフィザン様は少し呆れた顔をしていた。

「その体で屋敷に上がるな。ドロドロだぞ」
「え? あ……」

 ほ、本当だ。僕の体、苔と土であちこち汚れてる。このままじゃ、お屋敷の中には入れない。廊下までドロドロになっちゃう。つい、桜に夢中になっちゃった……セリューを看病するためのものをもらいに行くはずだったのに……

「も、申し訳ございません……夢中になっちゃって……オーフィザン様……」
「イタズラ猫は後で仕置きだ」
「う、ううう……」

 やっぱりお仕置きになっちゃうんだ……

 セリューに申し訳ないし、オーフィザン様が怖くて、僕はふわふわ浮いたまま、尻尾を抱えて丸くなっちゃう。空中でボールみたいになる僕を見て、オーフィザン様は少し意地悪そうに笑った。

 そこへ、廊下の奥から笹桜さんが着物をいくつか持って歩いて来る。

「オーフィザン、どうしたんだ?」
「俺の猫が早速暴れまわった。風呂を貸してくれるか?」
「ああ。ちょうどよかった。着替えを持ってきたんだ。風呂にはいって楽にしていてくれ」

 笹桜さんが着ているような服、僕も着れるの? ふわあ……あんなの、初めてだ。

「笹桜さん、俺たち、ゆっくりしてていいんですか? 魔物が襲ってくるんですよね?」

 ダンドに聞かれて、笹桜さんは笑顔で答える。

「あれがくるのは夜だ。それまではゆっくりしていてくれ。あれを迎え撃てるようにな」

 夜か……よし! 僕も頑張るぞ! 体を洗ってからだけど……

 ちらっとオーフィザン様を見上げると、彼は僕を見て、やっぱり意地悪そうに笑った。







 ふわわん、ふわわん、柔らかくて暖かい湯気が上がっている。
 笹桜さんに案内された露天風呂で、僕はオーフィザン様に綺麗に洗われて、気持ちいいお風呂に浸かっていた。

 洗われる時に、いっぱいツンツンいたずらされちゃうんじゃないかと心配だったけど、ここはオーフィザン様のお城のお風呂じゃないから、お仕置きは帰ってからにしてくれるらしい。お城に帰ってからのことは怖いけど、今はお風呂が気持ちいいからいいや。

 いつの間にか日は沈み、夕闇が夜を呼ぶ少し前の空は、ちょっと物悲しい雰囲気。露天風呂の周りには、桜の木がいっぱいで、花びらがいっぱい飛んでくる。お湯にも花びらが浮いていて、ふわふわ浮かぶ湯気の中に、花びらがチラチラ見える。お湯は真っ白で、まるで雲の中で花びらのお風呂に浸かっているみたい。

 あったかいお風呂に浸かって夢うつつになっていると、ゆっくりと、お風呂場の引き戸が開いて、笹桜さんが入ってきた。

「桜が散る前に来てくれてよかった。灯りをつけようか」

 彼がそばにある灯篭に火を入れると、お風呂の周りにあった全部の灯篭に一斉に火がつく。

 笹桜さんは、持って来たお盆を湯船のお湯に浮かべてくれた。お盆の上にはお酒の匂いがする変わった形の入れ物が並んでいて、僕が不思議そうに見ていたら、笹桜さんが、お酒が入っている方が徳利で、それを飲むために隣に置いてあるのがお猪口だって、教えてくれた。

「いい酒が手に入ったんだ。飲んで行ってくれ」

 ふわあ……丸いお盆からクラクラしそうな匂いがする。そうだ!!

「オーフィザン様! お酒、おつぎします!!」

 徳利を手に取ろうとしたけど、つるんって滑ってそれを落としそうになっちゃう。
 だけどそれはお風呂の中に落ちる前にふわんて浮いて、お盆の上に勝手に戻った。

 ううう……またドジしちゃった……

 オーフィザン様も僕を見てちょっと笑っている。

「やるだろうと思った」
「……も、申し訳ございません……こ、今度は大丈夫です! お酒、おつぎします!」
「今度失敗したら仕置きだぞ」
「え……」

 ううう……じゃあ、絶対失敗できない! そおっと、徳利を傾ける。こ、こぼさないように頑張らなきゃ!!

 そおっとそおっとお酒を注ぐと、お猪口になみなみお酒が入る。そこにふわっと桜の花びらが落ちてきた。上手くできた!! やったあ!

「オーフィザン様! 見てください! オーフィザン様!!」
「ああ。よくできたな」

 オーフィザン様は僕の頭をなでなでしてくれる。うううー! 嬉しいよう!!

 嬉しくて、ついお湯の中なのも忘れて尻尾を振っちゃう。そんなことをしていたら、お湯を被ったお盆が沈んじゃった。

「わわわ……も、申し訳ございません……」

 すぐに探そうとするけど、お湯が真っ白で、どこにあるのか分からない。
 一生懸命お湯の中を探しても、お盆、ない!!

 それでも探していたら、オーフィザン様がやめろって言い出した。

「……クラジュ、もういい。探しても、ろくなことにならない」
「大丈夫です! 探します!! ひゃっ!!」

 お盆を探して湯船の底を撫でていたら、つるんて手が滑って、湯船に突っ込みそうになっちゃう。頭からお湯に入るところだった僕を、湯船の外の笹桜さんが、腕を掴んで助けてくれた。

「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます……」

 ちょっと恥ずかしい気持ちでお礼を言う僕に、笹桜さんはにっこり笑う。すごく優しそうに笑う人だな……

「桜に遊ばれたり、盆に遊ばれたりと、忙しい猫だな」

 う、うう……僕、遊ばれてなんかないもん。

「こいつの忙しさはこんなもんじゃないぞ」

 フォローしてくれると思ったら、オーフィザン様が背後から僕を撫でながら、さらに意地悪なことを言う。ううううう……

 だけど、またドジしちゃったんだから仕方ないか……セリューに怪我をさせたり、暴れまわって服をドロドロにしたり、お盆沈めたり、ドジばっかりしてる。

 しゅんってなっちゃうし、頭の耳もぺたんて垂れちゃう。もう何もしないうちに帰ったほうが、オーフィザン様にも迷惑をかけなくて済むのかも……

 もうお風呂からも出ようかと思ったけど、オーフィザン様は、僕を背後から抱きしめてくれた。え、え?! オーフィザン様、怒ってるんじゃなかったの??

 オーフィザン様の体は熱くなって濡れていて、僕の体も熱く濡れている。触れ合った僕の背中から、オーフィザン様の体の感触が伝わってきて、心臓が壊れちゃいそうなくらいドキドキいってる。さっきまでより顔もホカホカして真っ赤だよ……

 ドキドキのしすぎで動けなくなっちゃった僕の耳元で、オーフィザン様の息遣いがする。くすぐるように彼は言った。

「だからこそ可愛いんだ」

 え……え? あきれたんじゃないの? よかった……ふわあああ……嬉しい……!!

 真っ赤な僕を見て、笹桜さんはちょっとだけ驚いていたけど、また優しげに笑う。

「仲が良くて何よりだ」

 仲? すごくいいよ! だって僕、オーフィザン様のお嫁さんになるんだもん!! ドジだけど……あ! さっき沈めたお盆! 少し離れたところでちょっとだけお湯から顔を出してる!!

「オーフィザン様! お盆、ありました!!」

 今度こそ捕まえる! 逃げられないように飛びかかる。急にお湯から飛び出した僕に、オーフィザン様も笹桜さんもびっくりしてるけど、お盆を捕まえたら、きっと褒めてくれるはず!!
 だけど、飛びかかる勢いが足りなかったのか、僕はお盆よりちょっと手前で湯船の中に突っ込んじゃう。ついでに着地も失敗して、腕を変な方に捻っちゃった。わわ! 痛くて湯船の底に手をつけない!! 頭、お湯の中に沈んだままなのに!!

 うううー! どうしよう! 手足をバタバタさせてみるけど、頭をお湯から出せない!!
 え、え? もうパニックだ!! 頭、どうやって出せばいいの? うええええ!! お湯から顔を上げられないよう!!

 お湯の中で息ができない……遠くでオーフィザン様の声が聞こえる……ああ、気が遠くなって来た。あ、そうか。足はつくんだから、落ち着いて立ち上がればよかったんだ……
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