76 / 174
番外編2.出張中の執事(三人称です)
76.我儘
しおりを挟む絶対に逃さない、固い意志を胸に、ダンドはオーフィザンに詰め寄る。顔をそらすオーフィザンから、それでも目を離さずにいると、ついに観念したらしく、オーフィザンは、顔をそらしたまま話し始めた。
「………………コリュムのことはだいぶ前から知っていた。それに、二ヶ月前、セリューを連れて城へ行った時も、あれはセリューにつきまとっていた。あれがいつまでも城にいると、俺がここへセリューを連れて来た時に、また手を出そうとするはずだ。コリュムにここにいられては困る」
「……じゃあ、セリューを連れて来なければいいじゃないですか」
「嫌だ」
「……なんでですか?」
「俺の執事はあいつだ」
「……わがまま」
ダンドは呟いて、テーブルについた。脱力したのか、立っている気にならない。
動けないダンドに、店主が新しい紅茶をいれてくれた。
「ケーキを食べる気になったか?」
「混乱して、どうしていいかわかりません」
「こう言っているぞ。オーフィザン、ケーキくらい食わせてやれ。一番高いやつを特別料金で出してやる。お前も席につけ」
「……ああ」
店主に言われて、オーフィザンも席に着いた。
ダンドは、オーフィザンと向き合う気にならなかった。考えがあったのは分かったが、セリューが傷つく原因を作ったことは許せない。
それでも、店主が運んで来たケーキを一気に平らげてから、向かい合う席のオーフィザンと対峙するため、顔を上げた。
「セリューにはちゃんと話すべきでした。あいつ、コリュムの部屋に連れていかれたんですよ。ブレシーさんが協力してくれなかったら…………まさか、ブレシーさんまであなたに言いくるめられていたんですか?」
「……」
「……普段、コリュムには服従の彼が、簡単に力を貸してくれたのは、そういうことですね? やっぱり俺もセリューも、あなたたちに踊らされていたんだ!! じゃあ、さっき出て行ったキョテルさんは!? あの人もオーフィザン様の手駒か!! 城の中の様子、俺らが話さなくても、キョテルさんから聞いてたんでしょう!」
「……」
「やっぱりそうですね! まさか、陛下まで……」
「落ち着け。人間不信になっているぞ」
「人間不信じゃありません! オーフィザン様不信です!」
「王には何も話していない。あいつは、釘の犯人には気づいていたが、コリュムを相手にすると伯爵が出てくるから、俺のところに来ただけだ」
「……じゃあ、釘の犯人をなんとかしてくれっていうのは、嘘じゃないですか……ひどすぎる……なんで言わないんですか!! もうこの際、俺のことはいいです!! だけど、セリューには話すべきでした!! 全部知っていた方が、セリューだって動きやすかったはずです!!」
「話せば止められる」
「そんなの分からないでしょう!! オーフィザン様が言えば、あいつは従いますよ! そうでなかったとしても、説得くらいできるでしょう!!」
「……いいや……三年かけたが無理だった」
「さ、三年……? セリュー、ずっと反対していたんですか? オーフィザン様がコリュムたちと戦うことを?」
「昔から、自分は大丈夫だから伯爵には関わらないでください、があいつの口癖だ。俺がコリュムに話をつけると言っても、あなたにそんなことをさせるわけにはいかないと必死に止める。遠慮をすることなどないのに、自分が問題を起こせば俺に迷惑がかかると言う。あいつがあれだけ必死に俺を止めたの初めてだったんだ。あんな顔をされては振り払えない」
「……」
「あいつは、いまだにここにいた時の癖が抜けていない。伯爵は絶対的な存在、それの下にいるコリュムも同じ……あいつには私の執事だという自覚が足りないんだ。口では違うと言うが、いまだに、ここにいた時のセリューのままだ。そんなことは許さん。あれは私のものだ」
「……そんなの、オーフィザン様の言い方が悪いんです。コリュムがセリューを部屋に呼んだ時、俺が逃げようって言ったら逃げてくれました」
「…………………………そうか……だからお前をセリューと行かせたんだ」
「え?」
「お前なら、うまくやると思った」
「……俺とセリューは初めて会うのにですか?」
「ああ……なんとなくだが……」
オーフィザンは、ささやくような小さな声で言って、紅茶を飲んだ。初めて見る、沈んだ様子の主人を前に、ダンドはそれ以上、彼を問い詰めることをためらってしまう。
落ち着きたくて、ダンドも紅茶を飲んだ。
カチャカチャと、食器を動かす音が静かな部屋にやけに大きく響く。
ダンドとオーフィザンがこんな言い合いをしているにもかかわらず、銀竜たちは呑気に寝ていた。その寝顔を見ていると、ダンドは、少し力が抜けた。
しばらくして、オーフィザンはやっと顔を上げる。
「……セリューがお前の言うことを聞いたというのは本当か?」
「俺が逃げようって言ったら逃げてくれたことですか? 本当ですよ。そうなると思って、俺を行かせたんじゃないんですか?」
「……そこまでうまくいくとは思わなかった……あいつ、俺の言うことは三年聞かなかったくせに……」
オーフィザンは顔をそらし、爪を噛んでいる。その姿が、少し滑稽だった。
「妬いてるんですか? オーフィザン様」
「……」
「俺が言ったら、セリューはちゃんとあの部屋から逃げてくれたんです。悔しかったら、セリューに本当のことを話したらどうですか? あなたがセリューのために今回のことを起こしたと知れば、セリューだって安心するし喜びます」
「そうは思えん。俺の手を煩わせたと言って、また謝られそうだ。それに、セリューは俺が手を引いてやらなければならないほど、子供じゃない。だが……俺よりお前の言うことを聞くのか……あいつは……」
「嫉妬深いんですねー。オーフィザン様」
「……何が嫉妬だ。言っておくが、恋愛や性的な対象としてみているわけじゃないぞ。あそこにいる者は、一人残らず私のものだ。お前にもやらん」
「そんなの、オーフィザン様が勝手に言ってるだけです。セリューを傷つけるなら、あいつは俺がもらいます。あ、セリューを怒らないでくださいね。悪いのはオーフィザン様なんだから」
「…………………………分かっている。それより、フィッイルはどうした?」
「フィッイル? 彼ならセリューと城にいるはずですが……まさか、彼まで連れて行く気ですか!?」
「いいや。そこの男があれを欲しがっていたんだ」
フォークで指されたロウアルが顔を上げる。銀竜に引き渡されることなど、フィッイルが了承しているはずがない。
「俺たちは、竜の愛玩動物じゃありませんよ」
「行き場がないなら、拾ってやった方がいいだろう?」
「……群れに返してやるべきです」
「ダメだ」
「……あなたのことが信じられなくなりそうです……」
ダンドが呟くと、オーフィザンはフォークを置いて、テーブル越しに詰め寄って来る。
「どうなろうが、俺はあの城にいるものを手放す気は無い。お前も、セリューもだ。逃げようとしても無駄だぞ」
「……」
この主人のことは、信じてはならない。離れることができなくなってからこういうことを言う、この主人のことは。ダンドは、心底そう思った。
1
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様お許しください
nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。
気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。
性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる