【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

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番外編2.出張中の執事(三人称です)

76.我儘

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 絶対に逃さない、固い意志を胸に、ダンドはオーフィザンに詰め寄る。顔をそらすオーフィザンから、それでも目を離さずにいると、ついに観念したらしく、オーフィザンは、顔をそらしたまま話し始めた。

「………………コリュムのことはだいぶ前から知っていた。それに、二ヶ月前、セリューを連れて城へ行った時も、あれはセリューにつきまとっていた。あれがいつまでも城にいると、俺がここへセリューを連れて来た時に、また手を出そうとするはずだ。コリュムにここにいられては困る」
「……じゃあ、セリューを連れて来なければいいじゃないですか」
「嫌だ」
「……なんでですか?」
「俺の執事はあいつだ」
「……わがまま」

 ダンドは呟いて、テーブルについた。脱力したのか、立っている気にならない。

 動けないダンドに、店主が新しい紅茶をいれてくれた。

「ケーキを食べる気になったか?」
「混乱して、どうしていいかわかりません」
「こう言っているぞ。オーフィザン、ケーキくらい食わせてやれ。一番高いやつを特別料金で出してやる。お前も席につけ」
「……ああ」

 店主に言われて、オーフィザンも席に着いた。

 ダンドは、オーフィザンと向き合う気にならなかった。考えがあったのは分かったが、セリューが傷つく原因を作ったことは許せない。

 それでも、店主が運んで来たケーキを一気に平らげてから、向かい合う席のオーフィザンと対峙するため、顔を上げた。

「セリューにはちゃんと話すべきでした。あいつ、コリュムの部屋に連れていかれたんですよ。ブレシーさんが協力してくれなかったら…………まさか、ブレシーさんまであなたに言いくるめられていたんですか?」
「……」
「……普段、コリュムには服従の彼が、簡単に力を貸してくれたのは、そういうことですね? やっぱり俺もセリューも、あなたたちに踊らされていたんだ!! じゃあ、さっき出て行ったキョテルさんは!? あの人もオーフィザン様の手駒か!! 城の中の様子、俺らが話さなくても、キョテルさんから聞いてたんでしょう!」
「……」
「やっぱりそうですね! まさか、陛下まで……」
「落ち着け。人間不信になっているぞ」
「人間不信じゃありません! オーフィザン様不信です!」
「王には何も話していない。あいつは、釘の犯人には気づいていたが、コリュムを相手にすると伯爵が出てくるから、俺のところに来ただけだ」
「……じゃあ、釘の犯人をなんとかしてくれっていうのは、嘘じゃないですか……ひどすぎる……なんで言わないんですか!! もうこの際、俺のことはいいです!! だけど、セリューには話すべきでした!! 全部知っていた方が、セリューだって動きやすかったはずです!!」
「話せば止められる」
「そんなの分からないでしょう!! オーフィザン様が言えば、あいつは従いますよ! そうでなかったとしても、説得くらいできるでしょう!!」
「……いいや……三年かけたが無理だった」
「さ、三年……? セリュー、ずっと反対していたんですか? オーフィザン様がコリュムたちと戦うことを?」
「昔から、自分は大丈夫だから伯爵には関わらないでください、があいつの口癖だ。俺がコリュムに話をつけると言っても、あなたにそんなことをさせるわけにはいかないと必死に止める。遠慮をすることなどないのに、自分が問題を起こせば俺に迷惑がかかると言う。あいつがあれだけ必死に俺を止めたの初めてだったんだ。あんな顔をされては振り払えない」
「……」
「あいつは、いまだにここにいた時の癖が抜けていない。伯爵は絶対的な存在、それの下にいるコリュムも同じ……あいつには私の執事だという自覚が足りないんだ。口では違うと言うが、いまだに、ここにいた時のセリューのままだ。そんなことは許さん。あれは私のものだ」
「……そんなの、オーフィザン様の言い方が悪いんです。コリュムがセリューを部屋に呼んだ時、俺が逃げようって言ったら逃げてくれました」
「…………………………そうか……だからお前をセリューと行かせたんだ」
「え?」
「お前なら、うまくやると思った」
「……俺とセリューは初めて会うのにですか?」
「ああ……なんとなくだが……」

 オーフィザンは、ささやくような小さな声で言って、紅茶を飲んだ。初めて見る、沈んだ様子の主人を前に、ダンドはそれ以上、彼を問い詰めることをためらってしまう。

 落ち着きたくて、ダンドも紅茶を飲んだ。

 カチャカチャと、食器を動かす音が静かな部屋にやけに大きく響く。

 ダンドとオーフィザンがこんな言い合いをしているにもかかわらず、銀竜たちは呑気に寝ていた。その寝顔を見ていると、ダンドは、少し力が抜けた。

 しばらくして、オーフィザンはやっと顔を上げる。

「……セリューがお前の言うことを聞いたというのは本当か?」
「俺が逃げようって言ったら逃げてくれたことですか? 本当ですよ。そうなると思って、俺を行かせたんじゃないんですか?」
「……そこまでうまくいくとは思わなかった……あいつ、俺の言うことは三年聞かなかったくせに……」

 オーフィザンは顔をそらし、爪を噛んでいる。その姿が、少し滑稽だった。

「妬いてるんですか? オーフィザン様」
「……」
「俺が言ったら、セリューはちゃんとあの部屋から逃げてくれたんです。悔しかったら、セリューに本当のことを話したらどうですか? あなたがセリューのために今回のことを起こしたと知れば、セリューだって安心するし喜びます」
「そうは思えん。俺の手を煩わせたと言って、また謝られそうだ。それに、セリューは俺が手を引いてやらなければならないほど、子供じゃない。だが……俺よりお前の言うことを聞くのか……あいつは……」
「嫉妬深いんですねー。オーフィザン様」
「……何が嫉妬だ。言っておくが、恋愛や性的な対象としてみているわけじゃないぞ。あそこにいる者は、一人残らず私のものだ。お前にもやらん」
「そんなの、オーフィザン様が勝手に言ってるだけです。セリューを傷つけるなら、あいつは俺がもらいます。あ、セリューを怒らないでくださいね。悪いのはオーフィザン様なんだから」
「…………………………分かっている。それより、フィッイルはどうした?」
「フィッイル? 彼ならセリューと城にいるはずですが……まさか、彼まで連れて行く気ですか!?」
「いいや。そこの男があれを欲しがっていたんだ」

 フォークで指されたロウアルが顔を上げる。銀竜に引き渡されることなど、フィッイルが了承しているはずがない。

「俺たちは、竜の愛玩動物じゃありませんよ」
「行き場がないなら、拾ってやった方がいいだろう?」
「……群れに返してやるべきです」
「ダメだ」
「……あなたのことが信じられなくなりそうです……」

 ダンドが呟くと、オーフィザンはフォークを置いて、テーブル越しに詰め寄って来る。

「どうなろうが、俺はあの城にいるものを手放す気は無い。お前も、セリューもだ。逃げようとしても無駄だぞ」
「……」

 この主人のことは、信じてはならない。離れることができなくなってからこういうことを言う、この主人のことは。ダンドは、心底そう思った。
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