【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

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番外編2.出張中の執事(三人称です)

63.石鹸

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 ダンドと話しながら歩くと、すぐに広い温泉についた。空を覆い隠してしまいそうな巨木を見上げながら温泉につかると、疲れが湯に溶け消えていくようだ。

 隣のダンドも腕を伸ばして伸びをしている。

「気持ちいいー! 俺、初めてここにきてよかったと思った!」
「風呂なら、オーフィザン様の城にもあるじゃないか」
「あるけど、こういうのもいいじゃん。旅行に来たみたい」
「……旅行……行くならもう少し心が安らぐところがいい……」
「セリューはどこがいい?」
「……遠くて静かなところがいい……渓流のそばの湯治場のような……」
「遊びに行きたいとかじゃないんだ」
「歩き回ると疲れる」
「老けてるねー」
「老けてる!? 無駄に騒ぎたくないだけだ!」
「俺はご飯が美味しいところがいいな。食べ歩きがしたい」
「太るぞ」
「俺は何食べても太らないんです」
「……腹立たしいやつだ」
「うらやましい? あ、俺、ペロケに化粧水もらったんだ。風呂上がりに塗るといいよって。セリューにも塗ってあげる」
「け、化粧水?」
「ペロケが花を使って作ったんだって。えーっと、何が入ってるんだったかな? 藁……とか?」
「……あまりよくわからないものを塗るのはやめてくれ……」
「わからなくないよ。ツルツルになるんだって」
「……つるつる? 石鹸じゃあるまいし……」

 セリューがなんとなく、そばに置いておいた石鹸をつかむと、それはつるんとすべって、湯船に落ちてしまう。慌ててすぐにそれに手を伸ばすが、それはお湯の中をスイスイ泳いでいった。

「大丈夫? セリュー……あ、あれ?」

 ダンドが追っても、石鹸は湯の動きに乗ってますます遠くへ行ってしまう。その上、湯の中に入っているせいで追いにくい。

「おい、ダンド! そっちへ行ったぞ!」
「あ、あれ? わあ!!」

 石鹸を踏んでしまったダンドはその場にひっくり返ってしまう。高く水しぶきが上がった。

「いって……」
「大丈夫か? ダンド……」

 彼を助け起こそうとして、彼の前に石鹸が浮いているのに気づいた。今度は滑らないように、そっとそれをつかむと、それはセリューの手の中におさまってくれた。

「やっと捕まえたな……」
「ムカつく石鹸……」

 ダンドは苛立ちながら、石鹸をセリューから取り上げる。彼はそれをじーっと見て言った。

「石鹸って、こんなに滑るものだった? ……セリュー、この石鹸、オーフィザン様が操っているんじゃない?」
「……何を言っているんだ? お前は」
「だってこの前、香炉の犬使って、俺らをからかったじゃん」
「……それはそうだが……」

 そんなことを言われると、またあの主人が遠くで笑っている気がした。そっと、石鹸を撫でると、なんとなく温かい気がする。

「オーフィザン様……?」

 とうぜんだが、返事はなかった。

「つついてみようよ。セリュー。オーフィザン様ー、答えてください。もうからかわないでください!」
「オーフィザン様? 本当にいらっしゃるのですか?」

 二人でその石鹸をツンツンつついてみるが、やはり返事はない。セリューは少しホッとした。主人であるオーフィザンに、仕事を休んで湯治場に行きたいなどと言っていたことを知られたくない。

「ダンド、やはりこれはただの石鹸だ。オーフィザン様が何度もあんなことをなさるはずがない」
「……これ、溶かしちゃおうか?」
「溶かす? 石鹸をか? やめろ。なんの意味があるんだ」
「そうしたら答えてくれるかもしれない。オーフィザン様」
「やめろ。オーフィザン様がこんなことをなさるはずがない。それに、例えばこれをオーフィザン様が操っているとして、主人が使っているかもしれないものを溶かすなど、無礼だろう」
「オーフィザン様じゃないなら、無礼じゃないじゃん。それに、何度も俺らをからかう方がよっぽど無礼だよ!」
「おい! やめろ! 石鹸を返せ!!」

 ダンドは石鹸を、風呂桶に入れた湯につけようとする。石鹸を取り返そうとして、セリューは手を伸ばすが、彼は湯船の中を石鹸を持って逃げていく。

 彼を追いかけていると、突然すぐそばから人が現れた。

「何やってるんですか?」
「わああああ!!」

 いきなり人が出てきて、セリューもダンドも驚いて湯の中に転んでしまう。しかし、驚かした当人は、ニコニコ笑いながら挨拶をしてきた。

「おはようございます。セリューさん!」

 湯船に立っていたのは、ブレシーだ。セリューたちが入って着た時には、確かに二人しかいなかったのに、いつの間に入ってきたのだろう。

「……ブレシー? なにをしているのですか?」
「どこまで分かったか、聞きたくてきちゃいました。その石鹸、あの魔法使いなんですか?」

 第三者の彼にそう聞かれると、頭が冷静さを取り戻し、急に恥ずかしくなってくる。

「……いえ。そう言うわけではありません……」
「え? そうなんですか? じゃあ、二人で仲良く何してたんですか?」
「……あなたには関係のないことです。何を聞きにきたのです?」
「釘の調査のことです」
「…………」
「あれ? もしかして、僕には話せませんか……? 冷たいなあ。昨日僕、セリューさんのこと助けてあげたじゃないですか」
「……それは、感謝していますが……」
「じゃあ、僕も仲間に入れてください」
「……」

 確かに、彼のおかげで、昨日は助かった。しかし、だからと言って、彼にどこまで調べたのかを話すことはできない。彼はコリュムの弟だ。

 だが、ここへきてから、ずっと彼に世話になっていることも確かだ。セリューは少しだけ譲歩して言った。

「分かりました……知りたいことがあると言うのなら、話せる範囲でいいのなら、話します」
「わあ、ありがとうございます」

 ブレシーはセリューの手の中の石鹸に向かって、頭を下げた。

「オーフィザン、しばらくセリューさんと話をさせてください」
「……からかわないでください……ブレシー……」
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