【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
上 下
56 / 174
番外編2.出張中の執事(三人称です)

56.犬

しおりを挟む

 食事を終えた二人は、図書館に向かった。門をくぐり、入り口に向かう途中、ところどころに小さなヒビや穴が空いているのに気づいた。釘を打たれた跡だろう。確かに完全には元に戻っていないようだ。

 扉をくぐると、いくつも本を重ねて運んでいる男が、こちらに振り返る。昨日話を聞かせてくれたシーニュだ。彼はこちらに振り向き、軽く頭を下げた。

「……こんにちは……今日も調査ですか?」
「はい」

 セリューが答えると、彼は「ちょっと待っていてください」と言って、奥から分厚い冊子を持って来た。

「これ、日誌です。釘が打たれた日のところに、しおり挟んでおきました。って言っても、この時の当番は俺だから、昨日言ったこと以上のことは書いてありませんけど」
「ありがとうございます」

 ダンドがそれを受け取り、代わりにさっきのうどん屋で買ったわらび餅の包みを差し出した。

「これ、差し入れです」
「……俺に? あ、ありがとう……ございます……お菓子なんて、久しぶりです……給料安くて、なかなか手に入らなくて……あ、調査なら、好きにやってくれていいですよ」

 彼は嬉しそうにわらび餅を受け取って、積み上げた本の一番上に乗せ、それを持って奥へ入っていく。

 シーニュと別れてから、二人は図書館の外に出て、釘が打たれた辺りへ来た。

 カバンから魔力を追うための香炉を取り出すと、後ろからダンドが声をかけてくる。

「俺にもやらせてください。俺だって、一応今はオーフィザン様の執事だし、やってみたいんです」
「……わかりました。やり方は分かりますか?」
「はい。さっきあの可愛いのを出した時みたいにすればいいんですよね?」
「お願いします」

 彼に香炉を任せてから、セリューはシーニュから受け取った日誌を開いた。事件が起こった日のページには、その日何が起こったのか、細かく書いてある。

 それを読んでいると、香炉の炎を手に乗せているダンドがきいてきた。

「何かわかりますか?」
「昨日聞いたことが書いてありますが、事件に関する記載はありません。故意に書かなかったのかもしれませんが、シーニュさんが嘘をついているとは思えませんし、本当に気づかなかったのでしょう」
「親切な人ですね、シーニュさん。あ、反応、あります」

 床に置いた炎は、ゆっくりと犬の形になる。セリューの時よりずっと犬らしく、目まであった。

 しかしそれは、地面に降りてもオロオロするだけだ。魔力が使われたのがずいぶん前なせいで、それを追えないらしい。

「これ以上は無駄です……香炉に戻してください」
「……もう少し、見ていませんか? 可愛いじゃないですか」
「ダメです。早く戻さないと……」
「あ!」

 犬は急に向きを変えて、図書館の中に入って行ってしまう。

「行っちゃった……どうします? セリューさん」
「捕まえるんです! あれは火ではありませんが熱を持っています。魔力が切れれば消えますが、逃げた先は図書館です。下手をすれば燃え上がるかもしれません!」
「も、燃えるうっ!? まずい……追いましょう!」

 二人は図書館に飛び込んだ。

 犬は、ちょうどこちらに向かって歩いてきたシーニュの足元を駆け抜けて行く。彼は、いくつも本を積み上げたものを抱えて歩いていて、突然自分に向かって走ってきた犬を避けようとして、バランスを崩し尻餅をついてしまった。落ちてくる本から頭だけを守り、分厚い本に埋まりそうになりながら、シーニュはセリューたちに向かって叫ぶ。

「おい! なんだ今の!?」

 ダンドは、走る犬を指差して答えた。

「は、話せば長くて……あれ捕まえるの、手伝ってください!」

 犬は、本棚の間を駆け抜けていってしまう。

 このままでは見失う。

 セリューはシーニュの横をすり抜け、それを追って走った。

 後ろから、シーニュも追って来る。

「おい!! なんだよ、あれ! 犬!??」
「魔力で出来た犬です。まだ熱を持っています。放っておけば、燃えるかもしれません!」
「燃える!? なんでそんなもん、図書館で逃すんだ!!」

 犬は本棚の間をすり抜け、開きっぱなしだった奥の扉に入っていく。

 三人も、犬を追ってその扉の中に飛び込んだ。

 そこは日が当たらないよう、カーテンが閉められた部屋だった。狭い間隔で、いくつも本棚が並んでいる。

 セリューがキョロキョロしながら犬を探しても、その姿はない。

 後ろから入ってきたダンドが叫んだ。

「いた! あ、あそこ!!」

 彼が指した方にある本棚の上で、ぼんやり光る犬が座り込んでこちらを見下ろしている。

 セリューが近づきながら香炉を掲げるが、犬はそれを見て、隣の本棚に飛び移って行ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。 突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。 貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。 お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。 やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

処理中です...