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番外編2.出張中の執事(三人称です)
56.犬
しおりを挟む食事を終えた二人は、図書館に向かった。門をくぐり、入り口に向かう途中、ところどころに小さなヒビや穴が空いているのに気づいた。釘を打たれた跡だろう。確かに完全には元に戻っていないようだ。
扉をくぐると、いくつも本を重ねて運んでいる男が、こちらに振り返る。昨日話を聞かせてくれたシーニュだ。彼はこちらに振り向き、軽く頭を下げた。
「……こんにちは……今日も調査ですか?」
「はい」
セリューが答えると、彼は「ちょっと待っていてください」と言って、奥から分厚い冊子を持って来た。
「これ、日誌です。釘が打たれた日のところに、しおり挟んでおきました。って言っても、この時の当番は俺だから、昨日言ったこと以上のことは書いてありませんけど」
「ありがとうございます」
ダンドがそれを受け取り、代わりにさっきのうどん屋で買ったわらび餅の包みを差し出した。
「これ、差し入れです」
「……俺に? あ、ありがとう……ございます……お菓子なんて、久しぶりです……給料安くて、なかなか手に入らなくて……あ、調査なら、好きにやってくれていいですよ」
彼は嬉しそうにわらび餅を受け取って、積み上げた本の一番上に乗せ、それを持って奥へ入っていく。
シーニュと別れてから、二人は図書館の外に出て、釘が打たれた辺りへ来た。
カバンから魔力を追うための香炉を取り出すと、後ろからダンドが声をかけてくる。
「俺にもやらせてください。俺だって、一応今はオーフィザン様の執事だし、やってみたいんです」
「……わかりました。やり方は分かりますか?」
「はい。さっきあの可愛いのを出した時みたいにすればいいんですよね?」
「お願いします」
彼に香炉を任せてから、セリューはシーニュから受け取った日誌を開いた。事件が起こった日のページには、その日何が起こったのか、細かく書いてある。
それを読んでいると、香炉の炎を手に乗せているダンドがきいてきた。
「何かわかりますか?」
「昨日聞いたことが書いてありますが、事件に関する記載はありません。故意に書かなかったのかもしれませんが、シーニュさんが嘘をついているとは思えませんし、本当に気づかなかったのでしょう」
「親切な人ですね、シーニュさん。あ、反応、あります」
床に置いた炎は、ゆっくりと犬の形になる。セリューの時よりずっと犬らしく、目まであった。
しかしそれは、地面に降りてもオロオロするだけだ。魔力が使われたのがずいぶん前なせいで、それを追えないらしい。
「これ以上は無駄です……香炉に戻してください」
「……もう少し、見ていませんか? 可愛いじゃないですか」
「ダメです。早く戻さないと……」
「あ!」
犬は急に向きを変えて、図書館の中に入って行ってしまう。
「行っちゃった……どうします? セリューさん」
「捕まえるんです! あれは火ではありませんが熱を持っています。魔力が切れれば消えますが、逃げた先は図書館です。下手をすれば燃え上がるかもしれません!」
「も、燃えるうっ!? まずい……追いましょう!」
二人は図書館に飛び込んだ。
犬は、ちょうどこちらに向かって歩いてきたシーニュの足元を駆け抜けて行く。彼は、いくつも本を積み上げたものを抱えて歩いていて、突然自分に向かって走ってきた犬を避けようとして、バランスを崩し尻餅をついてしまった。落ちてくる本から頭だけを守り、分厚い本に埋まりそうになりながら、シーニュはセリューたちに向かって叫ぶ。
「おい! なんだ今の!?」
ダンドは、走る犬を指差して答えた。
「は、話せば長くて……あれ捕まえるの、手伝ってください!」
犬は、本棚の間を駆け抜けていってしまう。
このままでは見失う。
セリューはシーニュの横をすり抜け、それを追って走った。
後ろから、シーニュも追って来る。
「おい!! なんだよ、あれ! 犬!??」
「魔力で出来た犬です。まだ熱を持っています。放っておけば、燃えるかもしれません!」
「燃える!? なんでそんなもん、図書館で逃すんだ!!」
犬は本棚の間をすり抜け、開きっぱなしだった奥の扉に入っていく。
三人も、犬を追ってその扉の中に飛び込んだ。
そこは日が当たらないよう、カーテンが閉められた部屋だった。狭い間隔で、いくつも本棚が並んでいる。
セリューがキョロキョロしながら犬を探しても、その姿はない。
後ろから入ってきたダンドが叫んだ。
「いた! あ、あそこ!!」
彼が指した方にある本棚の上で、ぼんやり光る犬が座り込んでこちらを見下ろしている。
セリューが近づきながら香炉を掲げるが、犬はそれを見て、隣の本棚に飛び移って行ってしまった。
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