【本編完結】ネコの慰み者が恋に悩んで昼寝する話

迷路を跳ぶ狐

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番外編1.日陰の雑談(三人称です)

45.前編

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 クラジュが盗賊の一味にさらわれ、無事にオーフィザンの城に帰ってきてから、一週間が経ち、王都に出向いて盗賊たちの詳細を語ったディフィクは、オーフィザンの城に戻ってきていた。

 オーフィザンからは、これからはこの城にいてクラジュの助けになって欲しいと言われている。

 弟と共に暮らすことは、ディフィクの一番の願いだったし、これ以上にありがたい提案はなかった。

 何より、オーフィザンはクラジュのことをいたく気に入ってくれていると言うではないか。



 奇跡だ。そう思った。



 クラジュは昔からドジで、そのせいですぐに愛想をつかされることがよくあった。

 それなのに、クラジュを気に入って、これから先も、ずっと城で飼いたいという人が現れるなんて。その上、兄弟共にここにいていいという。

 それを聞いた時、ディフィクには、オーフィザンが輝いて見えた。

 兄弟共々、全力でこの人にお仕えしようと決めたのに。



 上った太陽が、気だるげに空からずり落ち始める昼下がりに、クラジュの兄ディフィクは、弟とともにオーフィザンの部屋にいて、早速頭を抱えていた。

「ど、どうしようーーー!! 兄ちゃん!!」

 ベッドに座ったまま、涙目で言うクラジュは、美しい刺繍が施された、高価そうなマントを握りしめている。
 しかし、その刺繍の大部分は、クラジュがぶちまけたジュースで、気味の悪い色に染まっていた。

 一体なんのジュースだと聞いたら、料理人のダンドが、クラジュのためにわざわざ作った特製品らしい。

 そんなものをあっさりひっくり返したこともどうかと思うが、ほとんどの部分が淀んだドブのような色になったこのマントをどうすればいいのだろう。

 このマントは、この城の主人、オーフィザンが大切にしているものなのに。

「クラジュ……何をどうしたらこうなるんだ?」
「う……それが……オーフィザン様のマントに包まって、べ、ベッドでゴロゴロして、ジュース飲んでたらひっくり返しちゃって……」
「…………クラジューーっ! お、お前はなぜそういうことをするんだ!! これ……いくらするんだ!? 弁償しろと言われたらどうするんだー!!」



 兄の頭の中に、以前、群れのみんなで城下町の夏祭りに行った時のことが思い出された。

 町へ行ったのはそれが初めてで、群れの誰もがはしゃいでいた。

 特にクラジュは楽しそうで、初めて見る屋台に駆け寄って行き、転んで屋台に突っ込み、そこの売り物をいくつも落としてしまった。

 店主はカンカンになり、台無しになった商品分、全員で働けと言い出した。

 森を歩けば食べ物も水も、必要なものは全て揃う生活をしていた群れは、その時、金というものを初めて知った。

 クラジュは、普段食べ物ばかりに夢中になるくせに、その時に限って、魔法で加工したガラス細工などに向かって行くから、本当に困る。

 全部で王の城が買えるほどの値段だと言われ、もう永遠にこの町でタダ働きになるのではないかと思った。しかし、存外町に溶け込んだ群れの仲間のおかげで、なんとか弁償することができた。

 中には、町が気に入り、そこに住み着いてしまった仲間までいて、彼らは楽しそうだったが、兄としては、二度とあんなことはごめんだ。

 こんなことになったのは自分の弟のせいだと思い、人一倍働いたが、それでも群れの仲間には申し訳なくて、毎日体も心もクタクタになった。

 金を返せた時は心底ホッとした。そして、二度と人間の住処には近づかないと心に決めた。


 それなのに、またこんな事態になってしまい、頭が痛い。


 オーフィザンは、魔法使いだ。以前、クラジュが似たようなことをした時も、魔法で元に戻してくれた。
 多分、今回もオーフィザンに素直に打ち明ければ、マントは元どおり、美しいものに戻るだろう。

 しかし、問題は別にある。毎日続くクラジュの失敗に、そろそろオーフィザンもうんざりしているはずだ。二人とも出て行けと言い出すかもしれない。



 クラジュが城に残ると聞いた時、群れの仲間は、クラジュが嫁に行くと言って祝福してくれた。
 お祝いにと、群れの全員で作ったというネックレスまでもらってしまった。
 群れの長は、クラジュが玉の輿に乗るなんて夢のようだと涙まで流していた。
 ドジばかりのクラジュが、すぐに追い出されないか、それだけが心配だという彼らに、クラジュのことは任せろと大見得を切ってきた。

 それなのに、たった一週間でやっぱりダメでしたと言って帰れば、仲間達を落胆させてしまうし、年老いた長にも、また心労をかけてしまう。


 ディフィクは、決意し頷いた。


「よし……クラジュ……」
「な、なに?」
「洗うぞ!」
「え……?」
「今から、マントを二人で丁寧に洗うんだ! 二人でやれば、きっとなんとかなるはずだ! 行くぞ、クラジュ! これを洗って、綺麗にしてから、二人でオーフィザン様にお詫びするんだ!」
「か、隠しちゃうのはどうかな?」
「ダメ!! お世話になっているオーフィザン様に、そんな不誠実なことをするなんてダメだ! 行くぞ!」
「う、うん!」







 二人が、汚れたマントを洗っている頃、オーフィザンは、城の客間で気の進まないティータイムを迎えていた。

 茶も菓子も嫌いではない。

 しかし、それを共に楽しむ相手とわだかまりがある時は、どんなものも不味くなってしまう。


 所狭しと菓子が並んだテーブルの向こう側では、上機嫌の王がティーカップを傾けている。
 人のお茶の味を台無しにしているくせに、王は、カップをあげて上機嫌だ。

「いい紅茶だ。魔法でもかけてあるのか?」
「かけるか。そんなもの」

 にべもなく言って、オーフィザンも紅茶を一口飲んだ。
 不味い紅茶など飲みたくはない。しかし、王と話をするのが嫌だ。
 彼とは長年の友人だが、少し前のパトの件は許せない。

 こちらのあまりの態度が気に障ったのか、王は顔をしかめ、カップを下ろす。

「やけに機嫌が悪いじゃないか。せっかくこの前の礼として、城下町で一番美味いケーキを作ると評判の菓子職人に作らせたものを持ってきたのに。まさか、口に合わないのか?」
「菓子が悪いんじゃない。お前のやり方だ。お前が連れてきたもののせいで、俺の大事な猫が大怪我をしたんだぞ」

 ずっと気になっていたことを、きっぱり言ってやる。



 先日のパトの件で、クラジュとセリュー、ダンドが負った傷は、すべて魔法で治っている。

 しかし、治ればいいというものではないし、何より、この男はパトの正体に気づいていた。

 それなのに、パトを含めた盗賊達をとらえるために、こちらを利用したのだ。それがずっと許せなかった。



 しかし、オーフィザンが怒りをあらわにしても、目の前の王は飄々としている。この男は、こういう男だ。

「そう怒るな。言ったじゃないか。下手に捕らえようとすれば、魔法で逃げられる可能性がある。それに、パトは意外と用心深い男で、アジトの話は、一切しなかった。会いたがっていたクラジュに会わせてやれば、アジトへ帰るだろうと考えただけだ。案の定、パトは魔法でクラジュを連れ去った。あとはお前が魔法でクラジュを探すだけだ。結果、盗賊達をすべてとらえることができたんじゃないか」
「……クラジュだけじゃない。俺の執事たちも大火傷をした。菓子くらいで済むと思うのか?」
「報酬は支払ったぞ。足りないか? 倍出す」
「いらん」
「それなら今度こそ、私の城に来ないか? 側近として迎えてやる」
「断る。俺のものが傷つくような計画を二度と立てるな」
「ああ。約束する」

 悪びれた様子もなく答え、王は、今し方お礼の品だと言ったケーキにフォークを伸ばす。

 約束など、怪しいものだ。

 さっさとこんな男は追い返したい。そして、クラジュに甘いケーキを食べさせてやりたい。きっと、あのふわふわした尻尾を可愛く振って喜ぶだろう。

 彼のことを考えると、少し落ち着いた。それなのに、この王は余計なことばかり言う。

「クラジュは元気か? せっかくだ。ここに呼べ。茶を注がせたら、また楽しませてくれそうだ」
「誰がお前なんぞに会わせるか……あれは俺だけのものだ」
「怒るな。お前に機嫌を直してもらいたいだけだ」
「今のお前の顔をクラジュに見せてやりたい。なにが優しい王様だ」
「クラジュが懐かないからと言って、私のせいにするな。お前の扱いが悪いのだろう?」
「……」

 確かに、いくつか彼を傷つけるような真似もした。しかし、それでもクラジュには特別よくしているつもりだ。

 思い当たることがないので、後ろにいるセリューに聞いてみる。

「……悪いか?」

 聞かれて、セリューは少し苦い顔をしたが、しぶしぶ答えた。

「……オーフィザン様は、あのバ……失礼しました。あのクソね…………クラジュには、もったいないほどの慈悲をかけておられます。魔法は解けたようですし、もうあれは必要ないのではないかと」
「セリュー、やめろ。あれもお前と同じ、俺の大切なものだ」

 セリューのクラジュ嫌いは知っている。この真面目な男から見れば、クラジュのいい加減さは許しがたいものがあるのだろう。

 しかし、だからと言って、クラジュを手放す気はない。

 オーフィザンの強い口調に、セリューは頭を下げ、謝罪した。

「……申し訳ございません……」

 不満そうな様子を見ると、まだ納得はしていないらしい。

 クラジュは、確かに少し間の抜けたところがあるが、悪い男ではない。


 しかし、間が悪いことに、部屋のドアが開き、クラジュが顔を出す。また何か、セリューが苛立ちそうなことをしたらしい。
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