従者になりたい犬と犬に悪戯したい魔法使い様

迷路を跳ぶ狐

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第五章

54.あれは私たちの犬です

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「な、なんだ貴様はっ……!!」


 悲鳴のような声とともに、城内はパニックに陥った。


 何しろ、会議のテーブルの上に、業火とともに災厄を連れてくると言われた、評判の悪い魔法使いが現れたのだから。


 怯えた男たちは、全員テーブルを離れて壁際まで逃げていく。
 しかし、誰も外に控えている兵を呼ばない。正面きって刃を向ければ、殺されるのは自分たちの方と知っているからだ。



 テーブルの上で立ち上がるフィーレアを、領主が指差して非難する。


「ふ、フィーレア!? な、なななんの真似だ!! 無礼ではないか!!」
「無礼は承知の上。しかし、私たちの大切な犬を狙う者がいるのです」
「い、犬!? 犬だと!? こ、小汚いちびの犬を欲しがる乞食など、ここにはおらん!! か、帰ってくれ!!」
「いいえ。います。あなたはそれをよく知っているはずです。まず、そこの男」


 フィーレアに指差された男が、小さな声で悲鳴を上げる。
 心当たりがあるらしく、もう真っ青だった。


「近くにある村を使い、チイルを捕らえたのは、あなたですね?」
「な、なんのことだ!! 私は知らん!!」
「あなたは、あの村を使いチイルを捕らえ、彼の魔力で魔物を呼び、それを戦力とする計画を立てた。そして、それに気づいたのが、そこの男……」


 フィーレアは、今度は隣にいた幾分若い男を指した。


「息子であるあなたは、父の企みに気づき、父が馬鹿なことを起こす前に、チイルを連れ出すことにした。街の人買いと手を組み、レアデウ殿に命じて、私たちにチイルを連れ出させた。わざわざ人買いと組めと命じたのは、もしもことが露呈した時に、人買いが高値で売れるチイルに目をつけ勝手にしたことと言ってしまえるから。いざという時には、すぐに切り捨てるつもりだったのでしょう。ついでに、連れ出したチイルを金にかえやすい。チイルにつけられた値は、城くらいなら買えそうなものでしたから。親思いなふりをして、どちらが目的なのか分かりません。どうせ彼らのことも、用がすめば、すぐに首を切るつもりだったのでしょう。そして……」


 フィーレアは、最後に領主を指差した。


「領主様……あなたは、自身をよく思わない者たちが、何やら自分を今の椅子から引き摺り下ろす計画を立てていることに気づいた。そして、その計画を潰すため、計画の根幹にいるチイルを処分するように、レアデウ殿にいいつけた……レアデウ殿はさぞかし困ったでしょう。自身の権力に夢中な方々に、右からは殺せ、左からは連れ出せと喚かれては、堪ったものではありません。レアデウ殿……」


 フィーレアは最後に、テーブルの上で、まだ縛られたまま動けないレアデウを見下ろした。


「あなたの苦労は認めますが……話が違います! 結局いつもの権力争いではありませんか!!」


 怒りを込めて言われて、レアデウは動けないまま、目を逸らすことしかできない。


 あれこれ策略を巡らせた挙句、結局チイルは手に入らずに、それどころか、火山を操る魔法使いまで怒らせてしまい、その場は水を打ったように静まり返る。


 そして、誰もが黙り込む中、領主が口を開いた。


「フィーレア……落ち着いてくれ。お前たちを巻き込んだことは、申し訳ないと思う。しかし……分かって欲しい。私たちも、命やいろいろなものを守るためには、仕方がなかったんだ」
「何が仕方ないんですかなんでそれを諭すように言えるんですか気色悪い!」
「……すまん……」
「金輪際、チイルには近づかないでいただきたい。あれは、自由になるべきです」
「し、しかし、フィーレア!! 待ってくれ!! チイルが体の中に蓄えた魔力を扱えずに、魔力が体から滲み出していることは事実じゃないか!! それがもし、人を襲ったら……魔物を呼んだらどうするんだ!」
「呼びません。村に現れた人魂は、チイルに罪を着せるため、村の魔法使いが飛ばしたもの、チイルが捕らえられた後も飛んでいたのは、チイルを連れ出すための口実として飛ばされたものです。チイルにしてみれば、全く関係ないのにでっち上げの罪を着せられ、迷惑どころの話ではありません」
「人魂だけじゃない! あいつが魔力を溢れさせれば危ないことは、お前にもわかるだろう!」
「あり得ません。彼はすでに、魔力を扱えるようになっています」
「そ、そんな話っ……! 信じられるものか!」
「ですが、事実です。見てください」


 フィーレアは持っていた袋をひっくり返す。

 中から出てきたのは、無数の小さな魔力の塊。チイルが集めたものだ。


「チイルが集めました。彼は、今日の朝から、これをずっと集めていたんです。その姿を、城下町の人々は見ているはず。その間、一度でも、城下町に異変が起こりましたが? 魔物が出た、人魂が人を襲ったという報告がありましたか?」


 部屋を見渡しながら聞かれて、その場にいた誰もが黙り込んだ。

 チイルが危険だと示すものがなくなってしまったのだから。



「では、これでもう、チイルが理不尽に狙われる必要はないと、そう認めていただけますね?」
「……」



 再びの沈黙。



 それを肯定と勝手に決めつけ、フィーレアは、領主に振り向いた。


「誰も異論がないようなので、二度と、チイルが理不尽に害されることのないよう……くれぐれも、頼みましたよ? 忠告は、一度きりです」
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