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第三章

32.俺はこんなに情けないやつだったのか

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 一歩チイルに近づくたびに、心臓が激しく高鳴る。


 チイルの目の前までついた頃には、むしろデスフーイの方が涙目になりそうだった。


 緊張と不安と、幾分かの性欲が混じって、これ以上ないほどにドキドキする。

 デスフーイは、それに耐えるように、チイルを見つめていた。


(落ち着け……下心なんかない!! あっても隠す!! 隠せばいいだけなんだ!!)


 決意して、もう一度、チイルの前に立った。


「ち、チイル……」
「は、はい!」
「あ、あの……」


 言いかけて、デスフーイはもう一度フィーレアの元まで戻った。そして、小声で囁く。


「なあ、圧倒的高圧的態度って、どういうのだ?」
「……偉そう、です」
「……偉そう?」
「はい。めちゃくちゃ偉そうに、パンツ脱げって言えばいいんです」
「そうか……めちゃくちゃ偉そうにパンツ脱げ、だな! 任せとけ!」


 もう一度、決意し直して、デスフーイは再び、チイルの元に向かった。


「じ、じゃあ……ち、ち、チイル……」
「はい!」

 無垢な目で、真っ直ぐに彼がデスフーイを見上げる。

 胸が痛い。

 何の疑いも、何の邪気もない目が、デスフーイの体に突き刺さる。

 胸以外も痛くなりそうだ。

 そして、こんな状況なのに、膨れ上がった中心まで痛い。

 一体自分は何をしているのか。

 そんな気すらしてきた。

(言うぞ……俺……言うんだ! チイルのためだ!!)


「あ、あのな……その…………」
「はい?」

 チイルが首を傾げるその姿は、自分がこれからパンツを脱がされるなんて、まるで考えていないようだ。



 ついに耐えきれなくなったデスフーイは、彼の足元に魔法をかけた。

 すると、彼を囲むようにカーテンが現れる。とつぜん、自分を円形に囲むカーテンに隠されてしまい、中のチイルは驚いたが、デスフーイはそれに構うこともできずに、絶対にカーテンが開かないように固くそれを閉じたまま叫んだ。


「その中でパンツ脱いでくださいお願いします!」


 高圧的とはまるで逆の態度。

 悩んだ末の行為だったが、カーテンに囲まれたチイルには真っ赤になるデスフーイを見ることすらできない。背後のフィーレアがため息をついている。しかし、デスフーイには、目の前で、可愛らしく純粋な目で待つチイルに、パンツを脱げと言うことはできなかった。


 すると、カーテンの向こう側から、チイルが不思議そうに尋ねてきた。


「で、デスフーイさま? ……な、なんで……パンツ……」
「そうじゃないと、魔法にかけられないんだ! し、下着全部脱いで、上から着物羽織ってきて!」
「そ、そうなんですか? わかりました」


 チイルが大人しく了承してくれて、さらには、特に怯えた様子や、嫌がる様子もなくて、ホッとした。


 しかし、もう少し格好良く言いたかったという後悔は残る。

 それこそ、恥ずかしがるチイルに、鎖をつけてパンツを脱げと命じて、嫌がりながらも従ってしまうようなチイルを見たかった。

 そんな理想とはかけ離れ、彼の体を魔法で隠してしまって、赤面しながらほとんど叫ぶように、パンツ脱いでください、と言ってしまったことが情けない。


(まあ、いいか……少なくとも、怖がられたり、嫌われたりはしてない……チイルが俺を受け入れてくれるようになってから、格好よく言えばいい……チイル、脱げ、みたいな感じか?)


 じっとカーテンを押さえながら、想像してみる。鞭を持った自分が、下着だけで四つん這いになるチイルに、パンツ脱げ、と言うところを。チイルは真っ赤になって目を潤ませながら、「デスフーイさま……」と呟いて、自分に向けられる視線を気にしてブルブル震えながら自分のパンツに手をかける、そんなところまで妄想したところで、本物の彼がカーテンを開けてしまう。


「デスフーイさま……」
「はっ……!?」


 驚いて振り向いて、デスフーイは慌ててカーテンを閉めた。


「な、な、何やってんだよ!! ち、チイルはこういうの、知らないかなー? これは試着室って言うんだ!! 中で着替えてる間はカーテン開けちゃダメなんだぞー??」
「で、でも……僕…………」


 彼は、またカーテンを開けてしまう。

 着ているのは、パンツと薄い肌襦袢のみ。それだけでみだらなのに、彼は恥ずかしそうに顔を赤らめて、下着が見えないように、襦袢を抑えていた。

「僕……恥ずかしいことされなきゃダメなんですよね?」
「は!?」
「だ、だから、パンツ脱げって……」
「ま、待て待て! お、落ち着けっ……! なんでそうなるんだ!?」
「だって、これ、拘束の魔法の練習なんですよね……? 僕が……は、恥ずかしいことに耐えられるか、みるための……」
「へ?? あ……え?? そ、そんなこと言ってないだろ!!」
「で、でもさっき、拘束の魔法の練習するって……」
「え、あ……い、言ったけど……あ、あれは……その……えっと……」

 だんだん混乱してきた。

 チイルのそういうところを見たかったデスフーイとしては、願ったり叶ったりな状況だったが、心の準備は全くできていない。

 グルグル考えて、どうしようもなくなったデスフーイは、フィーレアに振り向いた。なんとかして止めて、そう目で訴えるが、フィーレアはデスフーイに冷たい視線を送るばかり。

「あなたほど自分で墓穴をいくつも掘っている方は、何回死んだら懲りるんですか?」
「そんなこと言ってないでなんとかしろ!! ど、どうするんだよ!?」
「諦めてチイルに嫌われなさい」
「嫌だあああーーー!!」

 小声で話しながら、頭を抱える。

 慌てるばかりのデスフーイを見て、何か勘違いしたらしい、乱れた格好のチイルが言った。

「で、デスフーイさま!! 僕、ちゃんと脱ぎます!! が、頑張るから……みていてください!!」

 真っ赤な顔で叫んで、彼は自分が下に履いているものに手をかけた。

 恥ずかしいのだろう。彼は真っ赤だ。

 それでも、震えながら、下に履いていたものをずらしていく。

 絹と、彼の肌が擦れる、淫靡な音が聞こえる気がした。

 彼の体は、かすかに赤らんでいる。その目は涙ぐんでいて、肌は汗ばんでいた。

 部屋は静まりかえり、緊張からか、彼のかすかな息遣いが乱れていく。

「ぅ……っ……っ!! っ……」

 荒く、激しくなる息遣い。

 それがデスフーイの耳をくすぐり、ついに限界が来た。


 デスフーイは、隣に立ったフィーレアの手を取り、その場を逃げ出した。

「で、デスフーイさまっ!?」
「俺ら外でてるんで隣の部屋にいるんで下着脱いでちゃんと着物羽織ったら来てくださいーーーーっっ!!!」

 部屋を飛び出し叫んで廊下を走る。

 そして気づいた。最初からこうすればよかったのだということに。


 けれど顔を上げられずに走っていたら、角から出てきたサキュとぶつかってしまう。洗濯物を運んでいたらしい彼の手から、それが飛び上がりひらひら落ちてきた。
 そのうちの一枚のパンツを手に取り、デスフーイはうなだれた。

(俺……こんなにヘタレだったか? 見たかったーー……情けない……)






 結局その日は、下着を脱いで着物を羽織ったチイルに、障子越しに魔法をかけて、ご褒美の下着をあげることになった。
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