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第三章
29.今のうちだ
しおりを挟むチイルが風呂に向かい、フィーレアとデスフーイは、風呂場の近くの部屋で、チイルが来るのを待っていた。
落ち着くために、サキュに用意してもらった冷たいお茶を飲み干し、デスフーイはため息をつく。
「良い子だな……俺の従者は」
すると、フィーレアも負けずに続ける。
「可愛いです。私の従者は」
そこで二人は再び顔を見合わせる。
「チイルは、俺に仕えたいって言ったんだぞ。俺と二人きりの時に! 俺に仕えたいって言ったんだ!! なんでお前が割って入ってくるんだ?」
「割って入ってなどいません。チイルは二人に仕えたいと言っていたのです。勝手に、あなたに言ったことにしないでください」
「チイルは俺の方と目を合わせてくる。あの時は二人にって言ったが、本当は俺の従者になりたいんだ!」
「目が合う回数が多いのは私です」
「そんなの、分かんねぇだろ。数えたのか?」
「はい。私の方が多いです」
「は!? 本気で数えたのか!? キモ!」
「冗談です。しかし、見つめられている時間は、私の方が長いです」
「それはお前がいつも出しゃばるからだろ。目を見て話す回数は、俺の方が多い」
「あなたは睨むから、怖くて見ているだけです」
「なにを勘違いしてるんだ? チイルは、俺に仕えたいんだ!」
「私です。チイルはいつも、私の方を先に呼びますから」
「それは単に、お前の方がベラベラ喋るからだろ」
「あなたのような馬鹿な男に、チイルを任せられません」
「それはこっちのセリフだ。お前みたいな理屈ばっかの男にチイルを預けらんねえよ! だいたいなんで、俺とお前がいつもセットになってるんだ!! チイルにお前か俺か、選ばせるんじゃなかったのか!? 今日こそ決着つけてやる!」
「落ち着きなさい。その件ですが、困ったことになりました」
「困ったこと? なんだよ?」
「ストーフィが、私たちのいない間に、チイルに余計なことを吹き込んだようです。従者になるなら、あなたと私に差をつけてはならない、と」
「は? なんだそれ」
「差をつけると喧嘩になるから、だそうです。全く、不本意な話です」
「俺たちはそんなガキくさいことで喧嘩なんかしねえぞ」
「全くです。しかし、チイルは真に受けてしまいました。帰ってきたときに逃げていったのも、そういうことでしょう」
「くっそ……あの狐……」
「その上、私たちは何も知らずに、チイルにどちらかを選べと迫ってしまっています。もちろん、彼にはストーフィの言ったことは気にしなくていいと話しましたが、彼にとっては辛いことだったはずです。今は、彼に、どちらかを選べと迫るべきではありません」
「そうだな……ま、いいか。チイルはすぐに、俺を選ぶから」
「馬鹿を言わないでください。チイルが選ぶのは私の方です」
再び、しばらく睨み合いになり、どちらかともなく、視線を外す。
「やめるぞ。チイルの前では喧嘩はなし、だからな」
「分かっています。とりあえず、ストーフィは後で仕置きです」
「だな……」
話がついたところで、ちょうどよくストーフィが部屋に入ってくる。
さっきまで二人が話していたことなど、知る由もない彼は、少し得意な様子だった。
「お待たせしましたー! フィーレア様! デスフーイ様!!」
お前は待っていない、そんなことを言いたげな目で二人が振り返るが、ストーフィは全く気にしていない。
そして、そんな彼を怒鳴るつもりだった二人も、すぐにそんなことは忘れてしまった。
なにしろ、ストーフィの後ろから現れたチイルが、少し大きめのゆったりした犬柄の着物を、少し恥ずかしそうな顔で着て現れたのだから。
頭には、可愛らしい犬の簪をつけている。
それと一緒に頭にさした白い花から、花びらが落ちて、彼の肩にかかっていた。
「チイルに似合うと思って、僕が着せたんです!! 似合いますよね!?」
聞かれて、フィーレアとデスフーイがまるで導かれるようにうなずく。
二人とも、もうストーフィのことは、ほとんど目に入っておらず、チイルのことしか見ていない。
そして、ストーフィが小声で「ちょっろ……」と呟くのにも気づかない。
ストーフィは、今のうちだとばかりに、踵を返した。
「じゃあ、僕はこれで失礼しまーす!」
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