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第一章

12.ようこそ

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 二人が言い合いをしている間も、大地からは水があふれ、空高く舞い上がった水が、雨のように降ってくる。空の黒い雲は晴れていき、夕日に染まる赤い空が見えてきた。


 何がどうなっているのかわからず、チイルは辺りを見渡した。周りでは冷たい水が吹き出し、霧雨のようになっている。
 さっきまで立ち込めていた煙は消え、すぐそばに火口があるはずだったのに、山の上からも水が溢れて、川のようになっていた。



 チイルは、自分をずっと抱っこしているデスフーイに聞いてみた。

「あ、あの……な、なんで火山、こんなことになってるんですか?」
「ん? ああ、そういう説明は、フィーレアの方が得意かな。なあ、フィーレア」

 彼が、少し前を歩くフィーレアを呼ぶと、彼はノロノロと振り向いた。

「なんです? 抱っこを代わる気になりましたか?」
「なるわけねえだろ。そうじゃなくて、チイルに何が起こってるか説明しろ」
「……あなたが抱っこをかわってから、と言いたいところですが、それではチイルがかわいそうですね」

 彼はため息をついて、チイルに向かってにっこり笑う。

「チイル、あなたの言うとおり、この辺りは確かに火山ですが、普段は我々が管理していて、あのような焼けた山になることはありません。今回は、あなたの魔力をあなたの中に封じるために、一度本来の姿に戻しましたが、普段は長閑な温泉地です」
「ま、待ってくださいっ……! 僕の魔力を封じるためって……」
「先ほど、火山から溢れる魔力を借り、我々の魔法を使って、貴方の中に貴方の魔力を漏れ出ないように封じました。しばらくはこれで制御できます。これから先のことは、とりあえず、屋敷に着いてから考えましょう」
「……」


 そういうことではなかった。チイルが気になったのは。


 火山を管理して、焼ける大地を温泉地にしたり、それを元の状態に戻したりといった作業に、どれだけの魔力を使うか、チイルとて、わからないわけではない。

 二人は、チイルのために大変な労力をかけてくれたのだ。見ず知らずの二人なのに、なぜそこまでしてくれるのだろう。



 訳がわからず混乱していると、デスフーイがチイルの視線に気づいたらしい。

「どうした?」
「あ、あの……なんで僕を…………」
「領主の城に仕える奴らに頼まれた。あの村に、拷問されている男がいる。調べて助けてやってくれってな」
「……お城? なんでお城の人が、僕を……?」
「お前の魔力だよ。あんな風に無理矢理減らしたら危ない。余計に魔物を呼ぶ可能性もある。だから俺たちに頼んだらしい。犬を連れ出して飼ってやれってな。お前のことは、これからは俺たちが見ている。だからもう心配いらないぞ」
「は、はい……」

 「犬」と「飼う」というところだけ気になったが、チイルは一応うなずいた。



 まだ、なにがあったのかうまく理解できない。本当に解放されたのか、一体、なにがあったのか、まだ不安は残るし、二人が何者なのかも分からない。

 けれど、自分を連れて歩く二人が優しく微笑むから、チイルも、抵抗することなく、そのままじっとしていた。



 そうしていると、だんだん自分がずっと抱っこされていることが気になってくる。



 チイルは、顔を上げて言った。

「あ、あの……おろしてください。僕、自分で歩きます……」
「だめ。着いたぞ」
「え?」

 デスフーイにうながされ、チイルは進む先を見上げた。

「うわ……」


 思わず、感嘆の声が漏れる。
 そこにあったのは巨大な門と、その奥に佇む、美しい一階建の屋敷だった。

 木造の黒い門には閂がかけられていて、それはチイルの身長ほどもある。
 門の上では、この辺りに住む狐や猫、鳥たちが、あくびをしながら昼寝していた。

 その向こうには庭が広がっているようだ。奥の屋敷の屋根すら越す、背の高い木々が枝葉を広げ、風に揺れていた。

 庭木の奥には、静かに佇む屋敷が見える。
 瓦屋根が太陽を受けて輝き、その上で雀が遊んでいた。

 門の外からでは、それ以上窺い知ることはできないが、あの焼けた大地にあるとは思えないような、美しい場所だった。



 チイルを抱っこしたままのデスフーイが、チイルを見下ろして微笑んだ。

「難しいことは後にして、まずは風呂と飯だ。そのあと、ゆっくり休め」
「…………でも……」
「どうした?」
「あいつらに言ったこと……」
「言ったこと? ああ、フィーレアが言ってたこと、心配してんのか?」

 デスフーイは顔を上げて、フィーレアに視線をやる。

 すると、フィーレアはかぶりを振った。

「あれは、あなたをあそこから連れ出すために言ったことです。あなたのことは、しばらくここで預かる。私たちの管理下に置く。火山に連れて行く。私が言ったことに、相違ないでしょう? 拘束の魔法は、あなたには必要ありません」
「でもっ…………でもっ……それじゃあいつら、絶対に納得しません!!!!」


 ついにチイルは泣き出してしまった。


「だって……あ、あいつらっ……きっと、嘘をついたことがバレたら怒りますっ……! こ、ここへきて、あ、あなたたちだって責めますっ……! そんなのっ……!! だめですっ!!」
「チイル……私たちの心配は無用です」
「でもっ……」
「落ち着いてください。まずは体を洗って食事をしましょう。あなたには休養が必要です。ゆっくり休んで、そのあと考えればいいんです」


 フィーレアがチイルの頭を撫でて、すぐにデスフーイも同じようにチイルの頭を撫でてくれる。二人の手が、頭の耳に当たって、そのたびにくすぐったいと思った。


 二人がチイルの手を引く。そして、微笑んで振り返った。

「行きましょう。これからここが、あなたの家です」
「仲良くやろうな。チイル」

 まだ、顔は涙で濡れていて、返事はできない。
 されるがままに手を引かれ、チイルは屋敷に足を踏み入れた。
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