116 / 117
後日談
116.勝ちたい
しおりを挟む僕は、小さな犬の姿に戻ったライイーレ殿下を抱っこして、ロヴァウク殿下に振り向いた。
「いいんですか?」
「たまにはいいだろう。魔法は使わないと約束させた。その犬の姿だと、貴様はそうして誰よりその犬をそばに置く」
「そ、そんなことありません……」
確かにいつもそばにいるけど、誰よりってことはないし、夜食を用意したりポテトサラダのハムを取られたりしてるだけだ。
ライイーレ殿下は、僕の手の中で、無邪気な顔でロヴァウク殿下を見上げた。
「ねー、ロヴァウク。俺、次はいつ魔法使えるのー?」
「荒野の城に行くまでの間、生命が存在しないと言われている砂地がある。そこでなら、少しくらいいいぞ」
「やったー!」
喜ぶライイーレ殿下だけど、そうなっちゃったら、もうしばらくは止まらない気がする。それはそれで怖い。
「ら、ライイーレ殿下……魔法を使う時には、気をつけてください。殿下、すぐに夢中になっちゃうんだから……」
僕が慌てながら言うと、ライイーレ殿下は気楽な口調で「分かってるよー」と言って笑った。
けれど、大切なアイスクリームを食べられてしまったランギュヌは、怒りの表情を浮かべたままで、今にもライイーレ殿下に向かって魔法を撃ってきそう。
「このっ……クソ犬…………僕の計画を台無しにしておいて、アイスクリームまで…………」
「アイス! もっとないの!?」
「……あるよ…………お前を凍らせてアイスにしてやる!!」
ランギュヌはライイーレ殿下をつまみ上げようとしているけど、あの姿のライイーレ殿下はひどくすばしっこい。
ランギュヌの手を軽く逃れたライイーレ殿下は、砦の方に走っていく。
それをニュアシュが追って行き、チミテフィッド、ギンケールをつれたクロウデライが、僕に振り向いた。
「こっちは俺らに任せとけ! お前らは後で来い!」
「え……で、でもっ……!」
「いいからそうしろ!!!! 追いついてくるなよ!!」
そう叫んで、クロウデライはみんなと一緒に砦の方に走って行ってしまう。
なんなんだ……一体……
ライイーレ殿下を追って走っていくランギュヌを見て、ロヴァウク殿下はため息をついた。
「……困った奴だ……」
「殿下……ランギュヌ子爵に、何か用があったんですか?」
「ああ。正式に、あれがここで働く許可が降りた。俺の管理下にあることは変わりないが、魔物討伐で実績を積めば、処刑されることはなくなる」
「そうですか……よかった…………」
「警備隊の連中も、ランギュヌをここに残して欲しいと訴えていたからな」
「……」
僕も、みんなが走っていった方に振り向く。もうみんなの後ろ姿は見えなかったけど、僕も今ここにいることが嬉しかった。
橋にはもう、僕とロヴァウク殿下の二人だけ。
……あれ?
いつの間にか、僕とロヴァウク殿下の二人きりになっているじゃないか。
これは……誘うチャンスか? 今なら、誘えるかもしれない。二人で飲みたいですって。
もしかして、みんな気を遣ってくれたのか?
隣を見上げようとしたら、ロヴァウク殿下はそんな必要ないくらいそばにいた。
びっくりして、つい飛び退いてしまう。
「で、殿下っ……!?」
「……」
「あ、あのっ……あ、ありがとうございました……た、助けてくれて……」
「……貴様は俺の妻だ。助けるのは当然だ」
「殿下……」
「俺たちを恨み、狙う者は多い。夜更けになぜ一人でこんなところを歩いていた?」
「あ、あの…………ライイーレ殿下の夜食を買いに……! そ、それでそのっ……」
言いかけた頭を、彼は優しく撫でてくれた。なんだかくすぐったくて、心地いいのに落ち着かない。殿下に触れられると、いつもこうだ。
「あ、あのっ……殿下?」
「貴様はまだ、自分の立場が分かっていないようだな」
「え……?」
「貴様は俺の妻だ。そんなことは、俺に任せろ」
「そ、そんなっ……王子殿下にそんなことをしていただくわけにはいきません……」
「王子だと? そんなものより、貴様の方が大切だ」
「で、殿下……」
「次からは必ず、俺にさせろ。その前に、あの犬を葬っておかなくては……」
「ライイーレ殿下に乱暴しないでください!! 僕は暴漢くらいっ……」
なんでもないって言いたいけど……
さっき魔法の道具に襲われた時、すぐには剣を撃ち落とせなかった。
残党に気付くのも遅れたし、僕らだけだったら、もっと苦戦していたかもしれない。
ランギュヌたちが去って行った方を見つめる。
彼らに、多分僕は、まだ勝てない。
「…………みんな、凄いですね……」
「レクレット?」
「……僕、こう見えて、魔物討伐の腕には自信があったんです。魔物を倒す魔法を身につけたし、警備隊では一人で戦うことばかりで、最初のうちは失敗することもあったけど、少ししたら、負けることはほとんどなくなっていて……」
「らしいな」
「知っていたんですか?」
「あの街の警備隊に入ったレクレットの話は聞いていた。俺の邪魔をする男だからな」
「……そんな気なかったんですけど……第五王子が荒地の魔物討伐に行くなんて思いませんでしたし。荒野の城に行っても絶対に魔物なんかに負けないって思ってました。多分どこかで奢っていたんです。自分の魔法の腕、かなりのものだって。なんだか恥ずかしいです…………」
「恥じることは全くない。俺がこれまで会った中でも、貴様の魔法の腕はずば抜けている。強化の魔法も、あれほどのものは見たことがない」
「や、やめてください! なんだか……恥ずかしいです……」
「そうか。もっと恥ずかしがれ」
「な、なんですかそれ! 意地悪ですか!?」
「黙れ。先ほどの魔法の道具は、王城の魔法使いたちが部隊を組んでも苦戦するほどのものだ。そんなものに、生身の体で強化の魔法だけを武器に向かっていくのは貴様くらいだ。それなのに、なんだその自己評価は。存分に恥じてから胸を張れ」
「だ、だって……」
「なんだ?」
「だって! 今の僕じゃ、ロヴァウク殿下に敵わないですよね?」
「本気で俺に勝つ気でいたのか?」
「絶対僕が負けると思って、勝負を挑んでいたんですか?」
僕が立ち止まると、殿下は僕に振り向いて、首を横に振った。
「いいや。貴様なら、俺とやりあえるだろうと思っていた。貴様が絶対に俺に勝てないとは思ったことはない」
「ほ、本当に……ですか?」
「ああ。負けるのは必ず貴様だが」
「やっぱり負けると思ってるんじゃないですか!! ちょっと喜んだのに……」
期待を撃ち抜かれて怒る僕を、彼は楽しげに見下ろしていた。
103
お気に入りに追加
950
あなたにおすすめの小説


鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる