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102.嬉しいのに
しおりを挟む隊長室に行ったら、コティトオン隊長はいなくて、代わりにロヴァウク殿下が隊長になっていた。
一体どうなっているんだ。
「……なんでいきなり隊長になってるんですか? 王家の権限ですか?」
脱力しながら僕が聞くと、殿下は首を横に振る。
「いいや。王家の力を使って隊長になったわけではない。俺をここの隊長に任命したのはそこにいる男だ」
そう言って彼が振り向くと、彼の背後にあった棚から、地図をいくつも取り出している男が振り向く。
警備隊の制服を着ていたから気付かなかったけど、その男は、ディロヤル伯爵じゃないか。
「は、伯爵!? な、なんでっ……」
「こんなところで何を……」
驚く僕とニュアシュから、気まずそうに顔をそめけた伯爵は、すぐにまた棚から地図を取り出す作業に戻る。街の警備の配置を決めるためのものだろう。
だけど、なんでこんなところで伯爵が警備隊の制服着てそんなことしてるんだ。ロヴァウク殿下は隊長になっちゃっているし、ますますわけが分からない。
「殿下……一体伯爵に何させてるんですか……? なんでこんなところに伯爵がいるんですか? ちゃんと説明してください」
僕が言うと、ロヴァウク殿下は、またいつもみたいに腕を組んで、自信満々な様子で言った。
「ディロヤルは、すでに伯爵ではない。ランギュヌ子爵の言いなりになっていたとはいえ、魔法の道具を手に入れるため、領地では人買いが横行し、街の安全は崩れた。この領地はしばらく、俺が預かる。その前に、最後に伯爵として、俺を隊長に任命してもらった」
「そうなんですか……? 僕はてっきり、王家の力を使ったのかと思いました」
「目が冷たいぞ。なんだその面は」
「なんだって言われても……どうせ僕はいつでも仏頂面です」
「襲いたくなるではないか。よく見せてみろ」
「嫌です!! なんですか襲いたくなるって! 王族がそんなこと言っていいんですか!?」
喚いても、やっぱり殿下はどこ吹く風。なんだかこういうの、懐かしくすら感じる。
殿下は楽しそうに笑って、僕に向き直った。
「王家の権限を利用して警備隊長になれば、後々問題になる。そんなことは俺でもしない」
「そうですよね……」
「やったのは、伯爵家を脅してディロヤルをいただき、隊長に任命させたことくらいだ」
「なお悪いです!!! 結局脅してるんじゃないですか!! なんですか、いただいたって!! なんで脅してまで隊長に……」
「最初に言っただろう。俺は、一週間で隊長に、一ヶ月で領主に、明日は王になると」
「まだ王じゃないですよね!? 一週間以上経ってるし……じゃあ、コティトオン隊長はどうしたんですか?」
「コティトオンには暇を取らせた。今回の事件で、だいぶ疲弊していたようだったからな」
「…………コティトオン隊長、無事なんですよね?」
「何を言っているんだ? もちろんだ」
「それならいいんですが……」
なんだかもう、びっくりしすぎて脱力してきた。
殿下は、そんな僕の様子を楽しんでいるのか、ニヤニヤ笑いながらディロヤル伯爵から地図を受け取り、いくつか丸をつけてから、ニュアシュに渡す。
「明日は街の結界が正常に機能しているかどうか、確認へ行く。俺が街を歩くことは伏せておけよ」
「……またロヴァウに戻る気ですか……?」
「ロヴァウ隊長だ」
「…………」
「貴様には、明日の準備を頼む。ディロヤルを連れて行け。街のことなら詳しいだろう」
「…………本気で言っていますか? 警備隊として、遺恨がないわけではないのですが……」
「貴様ならうまくやるだろう。それと、これとこれも頼む」
「……私をあまり買いかぶらないでいただきたい……」
不満そうなニュアシュは、殿下から書類を受け取って、首を傾げた。
「……なんですか? これ」
「最近できた海の近くのリゾート施設に関する書類だ。その辺りに魔物が増えているらしい。討伐に行くぞ」
「この辺りは別の警備隊が守っています」
「それでも行く。慰安旅行だ」
「……警備隊にそんなものはありません」
「今日作った」
「なぜ、今、旅行に行くのですか?」
「旅行に行くぞ」
「………………」
……殿下……旅行に行きたいんだ……
ニュアシュは受け取ったものを見下ろして、しばらく固まっている。
多分どう処理していいか、分からないんだろう。
そうだよな……いきなり王子が隊長になっていて、慰安旅行に行くと言い出したら、そうなるよな……
彼は、それ以上何も言わずにディロヤル伯爵をつれていくと、突然僕に振り向いて、こちらに向かって手を振る。
「では、そちらはお願いします」
「あ、はい……」
戸惑いながらも頷く僕の返事すら待たずに、ニュアシュはディロヤル伯爵の手を引いて、隊長室を出ていった。
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