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97.まりょくだーーーー。
しおりを挟むロヴァウク殿下は、空を飛ぶ使い魔を見上げ肩をすくめた。
「あの程度、俺が相手をしてやっても構わないのだが、それではあまりに呆気ない結果になる。せっかくだ。貴様らに人生を狂わされた男に、仕返しをしてもらおうじゃないか」
「は…………?」
驚く子爵の前で、ロヴァウク殿下は僕のリュックから小さな犬の姿のライイーレ殿下を連れ出してしまう。
突然そんなことをされて、キョトンとしているライイーレ殿下を見て、子爵は眉をひそめた。
「なんですか? それ……犬? じゃなくて、魔獣?」
「いいや。貴族たちに捨てられたライイーレだ」
ロヴァウク殿下が言っている間も、ライイーレ殿下は、威嚇するように子爵に向かって唸っているけど、僕の手よりも小さな子犬がそんなことをしても、可愛くしか見えない。
子爵も、その可愛さに負けたのか、少し笑顔になっていた。
「ら、ライイーレ殿下? それが……? 小さいぃーー…………だけど、ロヴァウク殿下。僕を恨むのはお門違いですよ。だって、ライイーレ殿下やレクレットをはめたのは、ライイーレ派と、醜聞を避けたい王家であって、僕ではありません」
「だからこそ、ここで汚名を濯げばいい。ライイーレは反逆を企むような男ではない。この機会に、この城に囚われて怯えている国王を守り、反逆者の差し向けた使い魔を焼き払った英雄になってもらうか」
「……は? 囚われて怯えている? ……国王? どこにいるんですかそれ??」
「囚われて怯えているのは俺だ。国王も俺だ」
「…………何言ってるのか、さっぱり分かんないんですけど……」
「貴様には、目撃者になってもらおう」
「…………」
だんだん呆れてきた様子の子爵の前で、ロヴァウク殿下はライイーレ殿下を両手で包むようにする。その手から溢れた光が、ライイーレ殿下を覆って、小さな犬の姿が霞んで見えた。
「起きろっ……ライイーレ!!」
叫んでロヴァウク殿下が魔法をかけると、小さな犬の尻尾が突然、眩い光と共に膨らんで、光の中から一人の男が出てきた。
なめらかな藍色の長い髪。
輝くように美しい狼の耳としっぽ。
今にも折れてしまいそうなくらい華奢でしなやかな手足。
大きな目を長いまつ毛が隠していて、ひどく儚げに見えるその男は、確かに、僕が王城で初めて会った時のライイーレ殿下だ。
金色の王家の紋章の刺繍が、真っ白なローブの上で輝いていた。
裸足で宙に浮く彼は、王城の廊下を飛ぶだけで、城中の人を魅了してしまうほど可憐な人だ。
だけど、本人はそんなこと、まるで気にしていない。というより、多分そんな視線に気づいてすらいない。移動に飛行の魔法を使うのも、歩くことに体力を使うくらいなら魔法の研究に力を注ぎたいかららしい。
異才と言われながら殺戮の魔法を身につけ、王位継承をめぐる利権争いの直中に立たされて城を去った第一王子のライイーレ。
ロヴァウク殿下は、僕と並んで立つと見上げるほど大きくて圧倒的な威圧感と威厳を感じるような人だけど、ライイーレ殿下は、可愛らしい印象を受ける人だった。
彼は、久しぶりに元に戻った自らの体を見下ろして、驚いているようだった。
「……あれ……? も、戻った?」
キョトンとした様子の彼に、ロヴァウク殿下は「暴れるなよ」とだけ言う。
だけど、久しぶりに自分の体と魔力を取り戻したライイーレ殿下には、多分そんなことまるで聞こえてない。
彼は自分の両手をまじまじと見て、ロヴァウク殿下に振り向いた。
「ロヴァウクーーーー。まりょくだあーーーー」
彼の目はキラキラしている。
人の姿のライイーレ殿下を見るのも久しぶりだけど、こんなふうに目を輝かせているライイーレ殿下も、久しぶりだ。
ずっと一緒にいたんだし、彼が嬉しそうにしていると、僕も嬉しい。それはそうなんだけど……彼がこんな顔をしていると、少し怖くもある。
喜びながらも、少しびっくりしている様子の彼に、ロヴァウク殿下は腕を組んで言った。
「しばらく魔力を返してやる」
「いいの?」
「ああ」
「魔力……」
「好きに使え」
「……魔力だ……」
「今だけだぞ。好きに使っていいのは」
「わあーー、まりょくーー」
「……よかったな」
「ロヴァウクーー……見てーー、魔力ーー!」
「そうだな」
あまり会話が成り立たない……これも、ライイーレ殿下にはいつものことだ。
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