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95.放っておくか
しおりを挟むロヴァウク殿下は、窓のそばに立った。そして、使い魔の群れが飛んでくる空を見上げている。
「貴様に大人しくあれをしまう気がないのなら仕方がない。放っておくか」
「………………は?」
ランギュヌ子爵が目を丸くする。自慢の最後の手段を出したのに、ロヴァウク殿下の返事がこれでは、こうなるのも無理はないだろう。
「……何言ってるんですか? もしかして、城には結界が張られているから大丈夫だとでもお思いですか? 残念ですけど、すでにこの城の結界も僕が掌握しています。僕の意志一つで結界を消すことも、使い魔だけを結界の中に入れることも可能なんです。すでにこの城は、僕の魔法に包まれているも同然なんですよ?」
「そうか」
「……投降した方がいいのは殿下の方です……このままだと、使い魔たちに食い殺されることになりますよ?」
「俺を従えたいのなら、もう少し恐ろしい脅しを考えてこい」
「…………ふざけていますか?」
「いいや。ああ、そうだ。貴様への土産を一つ忘れていた」
そう言ってロヴァウク殿下は、テーブルの上に、結界を維持するための道具を置く。ただしそれは、湖の街で見つけたものとは違うもの。
子爵は、テーブルに置かれたそれを手に取って、殿下を睨みつけた。
「これ……僕が飛ばしたものじゃない……」
「それは俺が作ったものだ。すでに、貴様の結界は俺のものだ」
「……は?」
子爵は驚いて、空を見上げる。そしてすぐにロヴァウク殿下に向き直った。
ロヴァウク殿下の言っていることは本当だ。
殿下は、ランギュヌ子爵を待つ間に、結界を維持するための道具を空に飛ばして、結界を自在に操作している。空を覆うそれのおかげで、使い魔を破壊するのにも、そんなに時間はかからなかった。
「貴様がいつまで経っても来ないから、俺は暇だったんだ。せっかくだから、その間に城の結界は俺がもらっておいた」
「まさかっ……か、勝手にそんな真似をされては困りますっっ!!」
「結界の維持には調整が必要だと言ったのは貴様だ。しかし、あれだけ調整が必要だと言う割に、全く調整できていないではないか。これからは俺がやってやる」
「ふざけないでください……結界を返してください!」
「街と城の結界を奪って伯爵を脅すような男には返せない。しかし……まさか、こんなところでこんな機会に恵まれるとは思わなかった。結界の操作は森の奥の街でもやったが、あの時は自在に操作することは許可されなかったんだ。街を守るためのものを、勝手に操作されては困ると言われてな」
「……当然です……そのために張ってあるんだから……ここの結界も勝手に操作されたら困るんですけど!?」
「街の結界も城の結界も、私益のために奪った貴様が言うな。少しやってみるか」
殿下が窓のそばで空に向かって手を伸ばすと、閃光と共に光の弾がいくつも飛んできた。それは窓を貫いて、子爵と、部屋の中で腰を抜かしてしまった警備隊の面々に向かってくる。
それを魔力の剣で叩き切った僕は、ロヴァウク殿下に向かって叫んだ。
「殿下っっ!! あ、危ないです!! 気をつけてください!!」
「貴様なら当たったところで、どうということはないだろう。それに、防いでいるではないか。貴様くらいだぞ。そんな真似ができるのは」
「防げても、当たっても平気でも、こんな威力のものを防ぐのは怖いんです!! 気をつけてください!!」
叫ぶけど、僕の声なんて、ロヴァウク殿下にはどこ吹く風だ。
僕の後ろにいる警備隊たちは、すっかり腰を抜かしてしまっている。
ランギュヌ子爵に対しては、威嚇のつもりだったらしく、光の弾は、彼の足元を貫いていた。
しかし、それは威嚇に使うにはあまりに恐ろしすぎる威力を持っていたようだ。床には深々と穴が開いて、光の弾が貫いた窓ガラスは、それがあけた穴から熱が広がるようにどろりと溶けて、崩れ落ちていく。
ロヴァウク殿下は、腰に手を当てて言った。
「そんな連中は庇わなくていい。どうせそのうち俺が首を落とす連中だぞ」
「彼らを庇ったんじゃありません。あまり横暴な真似を繰り返すと、王家の評判に関わります。どうか、もう少しでいいので自重なさってください……」
って言っても、多分殿下はぜんっぜん聞いてない。
何しろ小声で「貴様のいないところで狙おう」なんて言ってるから。しかも、それが本気っぽいから困る。
「殿下!! 乱暴なことをして、国王になれなくなっても知りませんよ!!」
「心配するな。俺はすでに王だ」
また始まった……
多分次は本気で狙われるであろうランギュヌ子爵も、真っ青になって、ロヴァウク殿下を怒鳴りつける。
「ろ、ロヴァウク殿下!! 一体なんの真似ですか!!」
「空の結界を使って貴様を背後から狙っただけだ」
「だけ!?? だけってなんですか!? 死ぬところでしたよ!??」
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