上 下
88 / 117

88.それはどうでもいい

しおりを挟む

 僕らが案内されたのは、客用の部屋だった。
 まずは僕が部屋に入って、部屋の中に罠がないか調べたけど、何もない。

 僕は、部屋の外で待っていた警備隊のみんなと、ロヴァウク殿下に駆け寄った。

「何もありません。殿下、どうか僕から離れないでください」
「……ああ」

 答える殿下も、少し緊張した顔をしている。いつ敵が襲ってくるか分からないんだ。それも当然だろう。
 かと思えば、彼は僕の手をとって、強く引き寄せる。
 殿下が相手だと気を抜く癖がついていたらしい。引き寄せられるままに、僕は彼の胸の中に入っていってしまった。

「で、殿下!??」
「貴様こそ、俺から離れるんじゃない……」

 だからって、こんなにそばにいなくてもいいと思うんですが!? 腕の中にいなくても、罠から殿下を守ることはできるのに!

 慌てて僕は彼の体を軽く押して、その胸の中から逃げた。

 なんだか微かに僕の体が温かい。これ、防御の魔法?? 僕が部屋に入る前からかけていたんだ。いつの間に……

「あ、ありがとうございます……」
「……何がだ?」
「……防御の魔法です。僕が罠を探しに部屋の中に入る前からかけてくれてたんですよね? すみません。今度は自分で強化してから罠を探します!」
「……そうじゃない……」
「……え?」
「……その魔法は俺の方がうまい」
「そ、そうですか……?」

 それはちょっと悔しい……それに、やっぱりおかしい。いつもの殿下なら、もっと何か言い返しそうなのに。

「あ、ありがとうございましたっ……! 次は負けません! 防御の魔法……もう少し上手くなっておきます!」

 ほとんど照れ隠しで言って離れると、殿下はしばらく無言でいて、部屋の中に入っていった。

 やっぱり、今日の殿下は何か変だ……

 それに、僕の方も。殿下のそばにいたいのに、何をこんなに緊張しているんだ。
 しかも、もうしばらくその緊張の中にいたいと思ってしまっている……

 それなのに、すぐに窓の方に異変を感じた。
 何が飛んでくる。こっちに、というより、殿下に向かって。

 僕は、すぐに窓に駆け寄った。

 飛んで来たのは小さなガラスのようなものでできた竜で、僕はそれを、魔物かと思った。
 すぐに撃ち落とそうと構えるけど、ロヴァウク殿下は僕の手を握って、僕を止める。

「使い魔だ」
「え?」

 彼が窓を開けると、外から入ってきた使い魔の竜は、テーブルの上に降り立つ。その首には、小さな宝石のような魔法の道具が取り付けられていた。通信用の魔法だ。

『……久しぶりだな。ロヴァウク』

 突然話し出したそれに、後ろでクロウデライが驚いている。

 その声を聞いて、ロヴァウク殿下は首を傾げた。

「……バーニジッズか? 何の用だ?」
『……出会い頭にそれはないだろう……相変わらず冷たい奴め……』

 使い魔から聞こえてくる声は、どことなく嫌そう。
 バーニジッズって……ロヴァウク殿下と同じように、次の国王にと期待されている第二王子だ。

 彼が寄越した使い魔は、僕の方を向いて、首を傾げた。

『……それが、お前が最近気に入っている男か?』

 気に入っている男って……僕のこと?? 好敵手って呼ばれているからかな……どうしよう……ちょっと嬉しい。

 それなのに、ロヴァウク殿下は僕を竜から隠すように、ローブで包んでしまう。
 フワッと包まれたローブが温かくて、それ以上に抱き寄せる彼の体が温かくて、僕は真っ赤。

 何っ……!?? どうしたんだ急に!! やっぱり今日のロヴァウク殿下、ちょっと変だ!!

 どうかしたのかと思って、彼を見上げるけど、彼は使い魔の方を睨んでいる。

「見るな。どいつもこいつも……覗き見に来たなら失せろ!」
『違う違う! そんなことをしたいんじゃない! そうじゃなくて、お前、また無茶をしているだろ!! もうディロヤル伯爵の城に乗り込んだのか!!』
「だからなんだ?」
『まだそこには手を出すな。俺側の連中が絡んでいる』
「だからなんだ。今抑えなければ逃げられる」
『いいから、まずは落ち着け……ランギュヌ子爵がディロヤル伯爵に近づいている話は知っているか?』
「ああ……」
『子爵は、流通の拠点となるそこが欲しいらしい。魔法の道具を作るには、その材料は不可欠だからな。それを邪魔したお前を、子爵は潰す気だぞ!』
「らしいな」
『らしいな? 落ち着いている場合じゃないだろう! お前の魔力は知っているが、向こうは刺客まで差し向ける気だぞ!』
「それならもう会った。せっかくだから魔物と戦う援軍になってもらっている」
『は!?』
「そっちは頼むぞ。お前派の連中を抑えておけ」
『は!? えっ……ちょっと待て!!』
「まだ何あるのか?」
『……婚約するなら先に俺に紹介し』

 ぶちっと、通信が切れる。ロヴァウク殿下が拳で使い魔の竜を通信用の魔法の道具ごと殴り潰したからだ。
 粉々になったそれと、怒気に満ちた殿下の見て、コティトオン隊長とクロウデライが驚いて顔を青くしている。
 ニュアシュだけは、破壊された魔法の道具を見て「売れば警備隊の運営資金になったのに……」と言って肩を落としていた。

 ロヴァウク殿下は苛立った様子で、破壊された使い魔と道具の残骸を、魔法で消してしまう。

「相変わらずは貴様の方だ……いつも余計なことばかり言って…………今のはなんでもないぞ」

 そう言って、彼は僕に振り向く。

 なんでもないって……子爵が殿下の命を狙っているんだ。なんでもないことじゃない!

「な、なんでもなくありません! ランギュヌ子爵はロヴァウク殿下を狙ってるって……と、とんでもないことです!」
「……そっちか…………何が来ても、俺には敵わない。それはどうでもいい」
「どうでもよくなんかありません!!!!」
「…………」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

スキル『日常動作』は最強です ゴミスキルとバカにされましたが、実は超万能でした

メイ(旧名:Mei)
ファンタジー
この度、書籍化が決定しました! 1巻 2020年9月20日〜 2巻 2021年10月20日〜 3巻 2022年6月22日〜 これもご愛読くださっている皆様のお蔭です! ありがとうございます! 発売日に関しましては9月下旬頃になります。 題名も多少変わりましたのでここに旧題を書いておきます。 旧題:スキル『日常動作』は最強です~ゴミスキルだと思ったら、実は超万能スキルでした~ なお、書籍の方ではweb版の設定を変更したところもありますので詳しくは設定資料の章をご覧ください(※こちらについては、まだあげていませんので、のちほどあげます)。 ────────────────────────────  主人公レクスは、12歳の誕生日を迎えた。12歳の誕生日を迎えた子供は適正検査を受けることになっていた。ステータスとは、自分の一生を左右するほど大切であり、それによって将来がほとんど決められてしまうのだ。  とうとうレクスの順番が来て、適正検査を受けたが、ステータスは子供の中で一番最弱、職業は無職、スキルは『日常動作』たった一つのみ。挙げ句、レクスははした金を持たされ、村から追放されてしまう。  これは、貧弱と蔑まれた少年が最強へと成り上がる物語。 ※カクヨム、なろうでも投稿しています。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...