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79.警戒しろよ
しおりを挟む散々罵ったロヴァウが、最強の魔力を持つと言われた王子殿下だと知り、ギャロルイトは、もう真っ青になって、ソファの上で縮こまっていた。
「ほ、本当に……申し訳ございませんでした……本当に、私はっ……王家に逆らうつもりはなく……」
「そうか」
「だ、だいたい、な、なぜ、王家の方が、こんなところに……で、殿下は荒野の城を目指して街を発たれたのでは……」
「そう簡単に引き下がるわけにはいかなくなった。こういうことをする輩がいるからな」
そう言ってロヴァウク殿下は、ギャロルイトが今度は自ら渡した書類と拘束のための道具を、魔法で塵に変える。
すると、先ほどまで微動だにしなかったギンケールたちが、縛られていた縄が突然切れたかのように動き出した。
ギンケールたちは、それが信じられないと言った様子で、自分の体を見下ろしていた。
「あ…………」
「どうだ? 魔法は完全に解けたか?」
たずねたロヴァウク殿下の前で、ギンケールたちは震え上がってしまう。よほど恐ろしいのか、ギャロルイトよりも顔色が悪い。
彼らは街で殿下に剣を向けている。断罪されると思っているのだろう。
ギンケールは、その場にいた他の町の人たちと一緒に、膝をついて頭を下げてしまう。
「あ、あのっ……お、俺っ……!! も、申し訳ございませんでしたっ……その……お、王家に逆らうつもりはまるでなくっ……! あの……あ、あのっ……」
「……貴様らはもう自由だ。契約は全て無効。手続きが終われば、あの場所もお前たちに返してやる」
「なっ……なんでっ……!! なんで、王家の方々がっ……そんなことをっ…………!!」
「国を守ることは、俺の責務だ。苦しい思いをさせてしまった貴様らに、あの場所を返すこともな」
優しくそう言うロヴァウク殿下は、いつもと同じように自信満々なふうに見えたけど、ほんの少しだけ寂しそう。「すまなかった」とだけ言って、部屋を出て行こうとする。
「行くぞ。レク」
言葉少なに言った殿下が、部屋のドアに手をかける。
けれど僕は、巨大な魔力の剣を作り出して答えた。
「嫌です」
即断った僕に、殿下が振り向く。さすがロヴァウク殿下。僕の剣の切っ先が、自分の鼻先に触れそうなほどに近づいても、びくともしない。
むしろ、彼は剣なんかどうでもいいようで、彼を拒絶した僕のことだけ、じっと睨んでいた。
「どういうことだ?」
「……どうもこうも、僕は、あなたの従者ではありません。ついていく義理なんて、ないはずです。そんなことより……昨日、街で僕に不意打ちで魔法の矢を撃ってきましたよね? あれ、結構僕、怒っているんです。僕と勝負してください」
「……今か? 今は……」
「問答無用です」
彼の話を遮って、魔力の剣を振りかぶる。
不意をついたつもりだったのに、ロヴァウク殿下はすでに長剣を握っていた。
彼が僕の剣を軽く弾く。そしてすぐに僕に切り掛かってきた。
けれど、彼にしては甘い。剣にこもる魔力が、いつもよりずっと。
僕の剣は、彼の剣をあっさり受け止める。
でも、甘かったのは、僕の方だった。
足元から飛び出してきた水が、剣を握る僕の手に絡みついて、その動きを止める。
動けなくなった僕の剣を、水は一瞬で包んで消してしまい、丸腰になった僕の首を切り落とす寸前で、殿下の長剣は止まった。
殿下が振ったその剣が、あと少し僕の首に近づいていたら、首が落ちていた。
冷や汗が流れる。少しの間、動けなかったけど、なんとか我に返った僕は、殿下から飛び退いた。
そしてもう一度、殿下と対峙する。
「……ず、ずるいです!! 剣での勝負なのに!」
「だったら先にそう言え」
「こんなところで魔法使うわけにはいかないんだから、剣での勝負に決まってます!!」
「剣だけでも、貴様が負けていた。いつもと比べて、キレが全くないぞ」
「……そんなことありません……僕ら、好敵手なんだから」
僕がそう言うと、ニュアシュが驚いた様子で言った。
「好敵手って……本気だったのですか?」
「はい。そうです。殿下にそうされちゃったので」
答えてから、僕は、ポカンとしているクロウデライや他の警備隊のみんな、ギンケールたちに振り向いた。
「クロウデライさん……ごめんなさい。僕も、レクじゃないんです」
「……は?」
「……レクレット・レイーイル」
「は!!?!」
「……僕の名前です。僕、反逆者なんです」
「……」
「あ! それは冤罪で僕は反逆なんてしてないんですけど…………それでも……ロヴァウク殿下は、僕がなんであっても、そんなの関係なく、僕を好敵手って呼んで、対等に勝負をしてくれます。だから……そんなに怖がらなくて、大丈夫です! だって僕の方がずっと無礼だしそれで殿下が断罪するようなら僕なんかすでに死罪になってます。殿下は、みだりに人を傷つけるような真似は絶対にしません……」
……って言っても、そんなにすぐ、そうですか、とはいかないよな……みんな、呆然としちゃってる。
「……す、すみませんでした! 騙して……いろいろ迷惑かけて!」
さっと頭を下げて、僕はロヴァウク殿下の腕を取って、「行きましょう」と言って、部屋を出た。
なんだか恥ずかしい。殿下の目の前で、殿下のことを語るような真似をして。
殿下の手を握ったまま廊下を少し歩いて、すぐに勝手に彼の手を握ったことに気づいて、なんだか気まずい気がしてきて、彼の手を離した。
何してんだ、僕。
勝手に殿下を連れ出して、フィンスフォロースのことを置いてきてしまった。まだ隊長と、これから伯爵の城に向かうための打ち合わせをしなくてはいけないし、クロウデライやニュアシュにだって、ちゃんと謝りたかったのに。
だけど、ロヴァウク殿下が元気ないの、僕も嫌だったんだ。
「……レクレット」
「え?」
殿下に呼ばれて振り向けば、彼は僕を見下ろして、微笑んでいた。
……どうしたんだろう……
ちょっとびっくりしたけど、彼にそんな顔で見下ろされていると、僕も、その顔を見ていたくなって、じっと彼を見上げていた。
そんなことをしていたら、歩いてきた方から、僕らを呼ぶ声がした。クロウデライだ。
彼は僕らを呼びながら駆け寄ってくる。
「レクっ、レット……ロヴァウっ……ク、殿下……ま、待てよっ……あ、違うか……待ってください…………レク……レクレット……あー……」
「レクって呼んでください」
僕が言うと、彼は安心したように顔を上げた。
「だったら早くそう言えよ……あの……あー……やっぱり貴族とはどう話していいのか分かんねー……あ、でも……あの……王族って、ほ、本当か……? 本当ですか?」
「……はい。あの……もしかして、あんまり驚いてませんか?」
「……ロヴァウクって、自分で言ってたし、殿下って呼んでたし、むしろお前、俺の前でもロヴァウク殿下って言ってたからな」
「え!?」
「今日、朝飯作ってる時……お前、もっと警戒しろ……」
「…………」
「どんだけ気ぃ許してんだよ。会ったばかりの貴族嫌いに」
「……」
僕、警戒心の強さだけは誰にも負けない気でいたのに……
彼の言うとおりだ。いつのまにか、すっかり警戒心が薄れていた。こんなこと、初めてだ。僕の警戒心も、大したことないな。
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