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78.まだ逆らう奴が

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 ギャロルイトは、信じられないといった様子で口を開いた。

「ま、まさかっ……エンディエフが裏切ったのか…………」
「貴様の周りにいたお仲間は、すでに俺に屈服している。降伏しろ。さもなくば、貴様だけが全ての罪を被ることになるぞ」

 ロヴァウク殿下の言葉に、ギャロルイトは慌てて言った。

「ま、待ってくれっ……!! 私は、ディロヤル伯爵に頼まれただけだ!」
「伯爵に? 何を?」
「だ、だから、そのっ……あ、あの場所を立ち入り禁止にしたいと……そ、そもそも、あそこは!! 魔物が増えていて危険なんだっっ!! だから忠告したのに!! そこにいた連中が、頭の悪いグズだったから!!」
「それで? 魔法でも使って追い出したか?」
「そ、そんなことはしない!!! そもそも、そこにいた連中が、下手な魔法など使って魔物を追い払うから、あのあたりの結界が弱まったんだ!」
「結界が脆くなったのは、結界維持の道具に欠陥があったからだ。なぜそこに住んでいる奴らのせいになる?」
「それはっ……!! その……け、警備隊の連中が、そんな噂をしていたような……いなかったような……」

 急に勢いがなくなったギャロルイトに、その場にいた全員の冷たい視線が襲い掛かる。

 ロヴァウク殿下が肩をすくめて言った。

「結界を知り尽くした警備隊が、そんなことを言う訳がない。出鱈目な言いがかりをつけて、ギンケールたちが警備隊に駆け込むことを防ぎ、魔物の被害に困っていた彼らに回復の薬をちらつかせて追い出したのか」
「そ、そこまではしていない……ちゃんと魔法で魔物も倒してあげた。私たちは、市民を守ろうとしただけだ!!」
「市民の安全を守るのは警備隊の仕事だ。なぜ貴様がそんなことをしている?」
「そ、それは……」
「魔物の件で警備隊が駆けつけてくれば、お前たちのしていることがバレるからだろう。結界が壊れたのはお前たちのせいだと言って責め立て、親切めかして魔物を倒し、値も効果も紛い物の回復の薬を売りつけて、困り果てた彼らを追い出したのか。呆れたゲスどもだ」
「ち、違う! 回復の薬はちゃんとしたものを売っているはずだ!! このままだと結界の責任は取ってもらうとは言ったが……そ、そもそも! そもそもぉ! 悪いのは警備隊だ!! 結界を管理していない警備隊が悪い! 管理が適当だからこうなるんだ! 言いがかりだ!! な、なんなんだ! 貴様は!! さっきからっ……! 無礼にも程があるぞっっ!! さ、さっさと結界の道具を渡せ!! 私は帰る!!」
「貴様の欲しかったものはここにある」

 そう言って、ロヴァウク殿下は、彼の目の前に、結界の道具を突きつけてみせる。

「それはっ……か、返せ! それに触るんじゃない!!」

 それを取り返そうと手を伸ばすギャロルイトから、ロヴァウク殿下はさっとそれを遠ざけてしまう。

「触るくらい構わないだろう。俺も警備隊だぞ」
「何が警備隊だ! 無能の集まりめ!! 貴様らは解散だ! 解散!! かいさあぁぁーーーん!! それを返せっっ!! 命令だ!!」
「こんなものが落ちてきたら、一番に回収しないと困るだろうな。結界を遠くから操作するための魔法がかかっているのだから」
「そ、そ、そ、そんなっ……そんなものっ……か、かかっているはずがないだろう! は、早く返せ!!」
「返せと言われてもな……これは、俺が魔物退治の途中に、たまたま見つけた物だ。たまたま、そこに落ちていただけかも知れない」
「そんなはずがないだろう!! だいたい! 結界の道具が破損したと言ったのは貴様らだ!!」
「そんな噂を聞いたような気がしただけだ」
「黙れっっ!! き、貴様っ……! 私を馬鹿にしているのか!! それをよく見てみろ!! 中に魔力を込めた宝石のようなものが見えるだろう! それは、ランギュヌ子爵のものだ!」
「子爵の? これは、子爵が作ったのか?」

 二ヤーーーっと笑ったロヴァウク殿下の顔を見て、まずいことを言ったような気がしたのか、ギャロルイトはロヴァウク殿下から目を逸らす。

「ランギュヌ子爵様は、ゆ、優秀な魔法使いだ! き、強固な結界を作るなら! 子爵様の力を借りるのが一番だったというだけだ!!!! き、貴様らのような無能どもに、け、結界のことなどわかるものか!!!! さっさとそれを寄越すんだ! 命令だっっ!! 今ならまだ、軽い処罰で済むかもしれないぞ!!!」

 怒鳴る彼に、殿下はそうか、とだけ告げて、それを部屋のドアの方に放ってしまう。

「らしいぞ。フィンスフォロース」

 呼ばれて、いつのまにかタンヘットと一緒にドアの前に立っていたフィンスフォロースは、あくびをしながら結界の道具を受け取った。

 さっきまで、確かに誰もいなかったのに……

 そこにいた殿下以外の誰もが驚く中、彼はいつも通りの、飄々とした態度で口を開く。

「ああー…………なるほど。確かに見える……あ、だめだ。あくびで涙出て見えない……」
「中のそれを破壊しないように気をつけながら、隈なく調べろ」

 言われて、フィンスフォロースは、かすかに嫌そうな顔をした。

「ほんっとうに人使いが荒いーー……ぼく、ついさっきまでエンディエフの家にいたのに……今度はそういう無茶を言うー……」

 呑気な様子のフィンスフォロースだけど、ギャロルイトは、彼のことを知っているのか、真っ青になってしまう。

「フィンスフォロース様…………? ま、まさか……だ、代々王家の側近を務めた名家の……」

 それを聞いて、僕まで顔色が変わりそうだった。
 ……そんな偉い人だったのか……そうとは知らず、かなり無礼な口をきいてしまった……そもそも僕の場合、王子に対して、すでに断罪レベルの無礼を働いちゃってるんだけど……

 怯えるギャロルイトの前でも、フィンスフォロースは、いつもの調子であくびをして、受け取ったものを握っていた。

「確かに、魔力がこもってる…………これが、変な魔法かけた人の正体か……君らが、もーーっと早く、ぜーんぶ吐いてくれたら、昨日ー、ぼくも……寝れてたんだけどなーー」

 ニコニコしてるけど、有無をも言わさぬ迫力がある彼は、ブカブカの服の上から結界の道具を握って、ソファに寝転がって、細くて短い杖を取り出す。結界の道具を調べるためのものらしい。

 それを見て、ギャロルイトはますます焦り始めた。

「ふ、フィンスフォロース様! お待ちください! そ、そこの偉そうな警備隊の男は、昨日警備隊に入ったばかりの、どこの馬の骨とも分からない乱暴者です!! き、昨日は、なんの罪もない市民を魔物の前に突き出し盾にしたのです!! 信じてはなりません!」
「うん。知ってるー。そこの男が一番たち悪いことくらい。君が胸を張って話している間に、子爵様が仕込んだ通信用の道具、無効化されてるよー…………」
「し、仕込んだ?!!? な、なんの話ですか!」

 訳がわからないと言った様子の彼に、ロヴァウク殿下が近づいていく。自らにかけた変装の魔法を解きながら。

 元の姿に戻っていくロヴァウク殿下を見て、約束にない真似をされた隊長はまた頭を抱えてしまい、他の警備隊の面々は呆然とし、さっきまで威勢よく殿下を怒鳴っていたギャロルイトは、死にそうなくらい顔色が変わる。

 もう震え出したギャロルイトの前で、ロヴァウク殿下はニヤリと笑った。

「まだ逆らう奴が、俺は好きだぞ?」
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