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66.いつか殺す気らしい

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 突然飛び出してきた魔物にクロウデライが気づかなければ、男の首は落ちていただろう。
 男は、真っ青になって震えていた。

 すでに周りは魔物に囲まれている。なんとかして市民を逃さなければ。

 けれど、魔物たちが僕らの周りに集まり始めている。それは、建物の陰や空き家の中から次々湧いてきて、殿下に向かって飛んで行ったり、僕らを取り囲んだりしていた。

 このあたりには小さな魔物が多いと思っていたけど、まさかこんなにいたなんてっ……!

 まだここには、僕らにちょっかい出すために集まった人たちが残ったまま。ほとんど逃げたけど、まだ十数人くらいいて、庇いながら魔物と戦うのは不可能だ。

 けれど、怯えた彼らだけで逃げれば、絶対に途中で魔物に出くわしてパニックを起こす。彼らのうち何人かは魔法が使えるようだが、下手に魔法を使える人が混乱すると、魔物より厄介な事態を引き起こすこともしばしばある。

 誰かに先導させなきゃ。

 今ここにいて戦えそうなのは、僕とクロウデライと殿下とチミテフィッド。
 本来なら警備隊のうちの誰かを行かせるべきだ。だけど、すでに僕らを取り囲む魔物は数十を超している。クロウデライと殿下が次々魔物を倒しているのに、それでも増える一方。

 くそ……あの時ニュアシュに第一部隊の方に回ってもらったのは、僕の判断ミスだった?

 立ち尽くす僕に、魔物が飛びかかってくる。考え事に夢中で、魔物への注意が疎かになっていた。

 食いつかれることも覚悟した。

 けれど、飛びかかってくる魔物をクロウデライが殴り飛ばして、僕に叫ぶ。

「ボーーっとしてんな!」
「ぼ、ボーッとって……僕はっ……!」

 だけどクロウデライは僕を無視して、チミテフィッドの胸ぐらを掴む。

「チミテフィッドっつったな!!」
「え!? 俺っ……!? な、なに!?」
「ここにいる奴ら連れて逃げろ!!」
「はああ!? お、俺に魔物がいっぱいいる中、一般人連れて逃げろって言うのか!?」
「他にいねえんだよ!! 行け!! 魔物退治手伝いに来たんだろ!!」

 僕は、慌ててクロウデライを止めた。

「待ってください! 彼は警備隊ではありません! 彼のこともっ……警護しなきゃならないのにっ……」
「だからって俺やお前が行くわけにはいかねえだろ! ロヴァウもそうだっ……見てみろ! あいつの方にばっかり魔物が向かっている。魔力使って魔物引き寄せてるんだ!」
「あ……」

 見上げれば、確かに彼の言うとおりだ。

 上空に浮かぶ殿下に向かって、魔物が次々飛びかかっていく。
 殿下が自分のことを囮にして、こっちに向かってくる魔物を減らしてくれているんだ。

 クロウデライも、殿下を見上げて悔しそうに言う。

「あいつがああでもしなきゃ、街に魔物が溢れてたっ……! 入って早々、気に入らねえ奴だっ……! だからあいつが行くわけにはいかねえし、俺やお前がいなくなったら、誰が魔物倒すんだ!」
「……」

 彼の言うとおりだ……今は、それが最善の策か……

 チミテフィッドの実力なら、僕らに向かってきた時に分かっている。殿下に手を出す勇気があるなら、魔物なんか子猫と大差ないはずだ!

「頼む……チミテフィッド」
「な、なんだよ! レクまで!! ひどいぞ!!」
「君は隠れる魔法が得意みたいだからっ……他の人にその魔法をかけて、魔物から逃げて欲しい」
「んなこと言ったって……君には見つかったのにっ……!」
「魔物に見つかったら撃退して!! なんで殿下は狙えて魔物は狙えないんだよ!!」
「それはっ……その……そんなわけじゃ……」
「頼むよ! 今逃げないと、みんな危険だ。さっき手伝いに来たって言っただろ! 今手を貸したら、でんっ……ロヴァウを狙った罪も軽く……は、ならないかな……」
「ならないの!? じゃあ嫌だよっ!」

 なかなか思い切れない様子のチミテフィッドの胸ぐらを、クロウデライが掴み上げる。

「てめえっっ!! グダグダ言ってねえで行け!! ぶっ殺されてえか!!」
「わーーーーっっ!! 行く行く! 行きます!! 行きますから乱暴しないで!!」

 叫んで、彼は肩を落とす。

「来るんじゃなかった…………レクはいいの? 俺を信じて。途中まで行って、他の奴ら捨てて逃げるかもよ?」
「……っ!!」

 答えられない僕。

 彼が市民を置いて逃げれば、全責任を負うのは警備隊。面倒なところをついてくる。隊長たちにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 言い返せない僕の頭を、ぶっきらぼうなクロウデライの手が、乱暴になでた。

「考えすぎなんだよ」
「……で、でも……」
「そいつに頼んだのは俺。俺が責任取る。お前は変なこと気にすんな」
「な、なんでっ……だって、僕のこと……き、貴族のこと、嫌いなんですよね?」
「嫌いだよ。貴族は気に入らねーし、お前も気に入らねー。いつか殺す」
「……」
「だが、それとここ守ることは別。頼れ。なんのために一緒に来たと思ってるんだ」
「…………」

 ……ニュアシュといい、この人と言い、僕の力が抜けてしまうことばっかり言う。一緒に……とか……戦えなくなるからやめてくれ。

 そして、殺すなんて言われてるのに、喜ぶなよ、僕。

 彼とは顔を合わせていられなくなって、僕は、チミテフィッドに振り向いた。そして、彼に強化の魔法をかける。

 そんなことをされるとは思ってなかったのか、チミテフィッドは驚いたような顔をしていた。

「なんだこれ……強化?」
「あなたに強化の魔法をかけました。きっとそれで、いつもよりは魔物と戦いやすいはずです」
「……本気で言ってる?」
「え?」
「だって、これ、すごいよ……君が平然と自分を盾にする理由がわかったよ……」
「平然となんてしてません! 結構怖いんだからっ……! もうロヴァウを狙うことはしないでくださいね! 僕もあなたを殺したくありません!」
「わ、わかったよ……そんな怖い顔して言わないで……」
「逃げ遅れた人たちを連れて逃げてください。あなたの魔法なら、魔物から隠れることができるはずです。警備隊の部隊にあったら、保護してもらってください」

 するとクロウデライは、小さな宝石の竜を取り出して、チミテフィッドに渡した。

「こっちの状況伝えるための使い魔。警備隊に渡せ。俺らの位置を伝えることができる……」
「わ、わかった……」
「あと、ニュアシュって名前の警備隊がいたら…………こっちは大丈夫だからって……伝えてくれ……」
「分かった……」
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