64 / 117
64.背後を誰かが
しおりを挟むチミテフィッドには、多分もう、殿下を狙う気なんてないんだろうけど……ロヴァウク殿下を狙われた時の恐怖は、まだ僕の中に残っている。
だからこそ、たまに飛んでくる嫌がらせも、だいぶ面倒なものだけど……殿下はまるで気にしていないようだけど、それでいいのかな……
何より、びしょ濡れになったクロウデライを見ていると、僕まで胸が痛い。もう早く行こう。
「……ロヴァウ、クロウデライさん。行きましょう。向こうのほうにも、魔物が出たようです」
すると、クロウデライは苛立ったように言った。
「あっちは更地が広がっている。そこにあった家潰して、今はただの荒れた空き地になってるんだ」
「……隠れるところがなかったら、またこうして魔物用の罠が発動することもないでしょう。戦いやすくていいです」
「…………おい、貴族」
「え?」
「お前のことだよ! お前の!! 何ぼーっとしてんだ!」
「えーっと……貴族、だと、僕を呼んでいると気づけません。嫌かもしれませんが、こうして部隊でいる間だけでも、名前で呼んでもらえませんか?」
「ちっ…………めんどくせーな……」
「……名前が嫌なら……もう分かればなんて呼んでもらっても……」
「レク」
「え?」
「お前だよお前! 今、自分で呼べっつっただろ!」
「本当に呼ぶなんて思わなかったので……」
「めんどくせえな! 行くぞ」
空に飛び上がる彼を追って、僕も飛行の魔法を使おうとした。
だけどロヴァウク殿下は、さっき僕らに水をかけようとした奴らがいた、民家の二階を見上げたままだ。
「ふん……なるほど。逃げ出す連中が多いはずだ」
「ロヴァウ……急ぎましょう。今は、魔物の討伐が最優先です」
「だが、ここをこのまま守る必要はないと思わないか?」
「ひ、必要がないって……街を守るのが、警備隊の仕事です。何があっても、それは変わらないので……」
「そこを変える必要はない。そこだけは」
ロヴァウク殿下は、飛行の魔法を使い、空に飛び上がると、僕に振り向いた。
「レク。勝負だ」
「は!? こんな時に何をっ……!」
「何人撃てるか……頭を撃ち抜いた人数が多い方が勝ちだ」
「はあ!??」
殿下の手に、魔法の光と共に、溢れんばかりの魔力を湛えた宝石と、魔物の素材を使った弓が現れる。何かと思えば、王族だけが持つことを許された王家の武器じゃないか! 隠せ馬鹿!!
「ち、ちょっ……でんっ……じゃなくて、ロヴァウ! それやめてください!」
「なぜだ?」
「バレる! バレるからっ!! バレる!」
小声で言いながら慌てる僕。
だけど殿下はなんだか楽しそうに笑うばかりだ。
僕は背筋が寒くなりそうだった。
せめて弓しまえよ! 馬鹿王子!
殿下は空高く飛び上がり、僕らに向かって矢を放つ。魔法の矢だ。光でできたそれは、次々に僕の背後の建物に突き刺さり、壁を焼き、窓を貫いて、その窓の向こうにいた人の肩を掠めていく。
矢に打たれた人たちが倒れていくのが見えて、僕はもう、真っ青だった。
何をしているんだ……! 殿下は!!
僕は、魔力の剣を握って、殿下の剣の前に立ち塞がった。飛んでくる魔法の矢を次々に切り落とし、僕は叫ぶ。
「殿下!! やめてください!! 警備隊は、犯罪者捕縛の時以外は、街の人に手を出しちゃいけないんです!」
「犯罪? 俺に無礼を働いた。それだけで十分だ」
「だからっていきなりこんなのダメです!」
こんなの許されるはずがない。殿下の方が捕縛される側になっちゃうじゃないか。
剣を持って近くの屋根に登る。すでにそれは捨てられた場所なのか、壁も屋根もボロボロで、長く人が住んでいた気配がない。周りもこの空き家と大差ないような建物ばかり。
屋根で剣を構えて、そこを拠点に魔力を広げる。すると、周囲一帯を覆う魔力の壁が出来上がった。
殿下相手に、この結界で守り切れるかわからないけど……そもそも僕、他人を守るって、苦手なんだ。
戦う時はいつも、たった一人で前線に突き出されていた。市民の避難だけは、怪我人が出ると困る警備隊の面々がしてくれていたから、僕の周りには、いつも誰もいなかった。
殿下と対峙して張った結界の上に、殿下の魔法は容赦なく降ってくる。叩きつけるようなそれは、豪雨のような勢いでありながら、一つ一つが砲弾のような威力を持っているから洒落にならない。
構えた盾を恐ろしい力で撃たれて、剣を握る手が、ひどく痺れた。
僕の結界の魔法じゃ守りきれない。もう後少しももたない。
そう思った時、僕の背後めがけて、小さな魔物が飛んできた。
まだいたのか!?
しまった……結界ばかりに夢中で、背後に注意がいってなかった。
僕が自分自身を守ることをおろそかにするなんて、どうしちゃったんだ。
今はここを動くわけにはいかない。ひっきりなしに降ってくる攻撃を防ぎながら魔物の相手をすることは不可能。
せめて、魔法で自分の体を強化する。これで少しはダメージを減らせるはず。
それでも怖いものは怖い。襲ってくる魔物に食いつかれることを覚悟したが、僕の背後に立ったクロウデライが、飛びくる魔物を殴りつけた。
「無事か!? レク!!」
「え…………」
「何惚けてんだ!! 怪我でもしたなら早く言え!!!!」
怒鳴りつけて、クロウデライは僕の背後に立ったまま、僕を狙ってくる魔物を次々殴り飛ばす。
「怪我したんなら早く言え!! 動けねえ奴がいると、討伐の邪魔になんだよ!!」
「あ……え、えっと……怪我はしてないです…………た、ただ、び、びっくりしただけで……」
「びっくり? ……寝言言ってんじゃねえ!! 魔物は俺がやるから、てめえは街守ってろ!!!」
言われて、剣を握る手が緩みそうだった。
……もしかしたら、魔物にびっくりしたんだって思われたのかもしれない。
そうじゃなくて、自分の背後を誰かが守って戦うなんて、初めてだ。
いつだって、自分のことは自分だけで守ってきたのに。
「レク!! どうしたっ……!?? おい! 何ニヤニヤしてんだ!」
「は!? え……そ、そんなのしてないです!!」
うわっ……どうしようっ……嬉しいっ……! なんて考えてたら、気が緩んだのか剣を落としそう。慌ててそれを握り直した。
177
お気に入りに追加
931
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
スキル『日常動作』は最強です ゴミスキルとバカにされましたが、実は超万能でした
メイ(旧名:Mei)
ファンタジー
この度、書籍化が決定しました!
1巻 2020年9月20日〜
2巻 2021年10月20日〜
3巻 2022年6月22日〜
これもご愛読くださっている皆様のお蔭です! ありがとうございます!
発売日に関しましては9月下旬頃になります。
題名も多少変わりましたのでここに旧題を書いておきます。
旧題:スキル『日常動作』は最強です~ゴミスキルだと思ったら、実は超万能スキルでした~
なお、書籍の方ではweb版の設定を変更したところもありますので詳しくは設定資料の章をご覧ください(※こちらについては、まだあげていませんので、のちほどあげます)。
────────────────────────────
主人公レクスは、12歳の誕生日を迎えた。12歳の誕生日を迎えた子供は適正検査を受けることになっていた。ステータスとは、自分の一生を左右するほど大切であり、それによって将来がほとんど決められてしまうのだ。
とうとうレクスの順番が来て、適正検査を受けたが、ステータスは子供の中で一番最弱、職業は無職、スキルは『日常動作』たった一つのみ。挙げ句、レクスははした金を持たされ、村から追放されてしまう。
これは、貧弱と蔑まれた少年が最強へと成り上がる物語。
※カクヨム、なろうでも投稿しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる