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64.背後を誰かが

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 チミテフィッドには、多分もう、殿下を狙う気なんてないんだろうけど……ロヴァウク殿下を狙われた時の恐怖は、まだ僕の中に残っている。

 だからこそ、たまに飛んでくる嫌がらせも、だいぶ面倒なものだけど……殿下はまるで気にしていないようだけど、それでいいのかな……

 何より、びしょ濡れになったクロウデライを見ていると、僕まで胸が痛い。もう早く行こう。

「……ロヴァウ、クロウデライさん。行きましょう。向こうのほうにも、魔物が出たようです」

 すると、クロウデライは苛立ったように言った。

「あっちは更地が広がっている。そこにあった家潰して、今はただの荒れた空き地になってるんだ」
「……隠れるところがなかったら、またこうして魔物用の罠が発動することもないでしょう。戦いやすくていいです」
「…………おい、貴族」
「え?」
「お前のことだよ! お前の!! 何ぼーっとしてんだ!」
「えーっと……貴族、だと、僕を呼んでいると気づけません。嫌かもしれませんが、こうして部隊でいる間だけでも、名前で呼んでもらえませんか?」
「ちっ…………めんどくせーな……」
「……名前が嫌なら……もう分かればなんて呼んでもらっても……」
「レク」
「え?」
「お前だよお前! 今、自分で呼べっつっただろ!」
「本当に呼ぶなんて思わなかったので……」
「めんどくせえな! 行くぞ」

 空に飛び上がる彼を追って、僕も飛行の魔法を使おうとした。
 だけどロヴァウク殿下は、さっき僕らに水をかけようとした奴らがいた、民家の二階を見上げたままだ。

「ふん……なるほど。逃げ出す連中が多いはずだ」
「ロヴァウ……急ぎましょう。今は、魔物の討伐が最優先です」
「だが、ここをこのまま守る必要はないと思わないか?」
「ひ、必要がないって……街を守るのが、警備隊の仕事です。何があっても、それは変わらないので……」
「そこを変える必要はない。そこだけは」

 ロヴァウク殿下は、飛行の魔法を使い、空に飛び上がると、僕に振り向いた。

「レク。勝負だ」
「は!? こんな時に何をっ……!」
「何人撃てるか……頭を撃ち抜いた人数が多い方が勝ちだ」
「はあ!??」

 殿下の手に、魔法の光と共に、溢れんばかりの魔力を湛えた宝石と、魔物の素材を使った弓が現れる。何かと思えば、王族だけが持つことを許された王家の武器じゃないか! 隠せ馬鹿!!

「ち、ちょっ……でんっ……じゃなくて、ロヴァウ! それやめてください!」
「なぜだ?」
「バレる! バレるからっ!! バレる!」

 小声で言いながら慌てる僕。

 だけど殿下はなんだか楽しそうに笑うばかりだ。
 僕は背筋が寒くなりそうだった。

 せめて弓しまえよ! 馬鹿王子!

 殿下は空高く飛び上がり、僕らに向かって矢を放つ。魔法の矢だ。光でできたそれは、次々に僕の背後の建物に突き刺さり、壁を焼き、窓を貫いて、その窓の向こうにいた人の肩を掠めていく。
 矢に打たれた人たちが倒れていくのが見えて、僕はもう、真っ青だった。

 何をしているんだ……! 殿下は!!

 僕は、魔力の剣を握って、殿下の剣の前に立ち塞がった。飛んでくる魔法の矢を次々に切り落とし、僕は叫ぶ。

「殿下!! やめてください!! 警備隊は、犯罪者捕縛の時以外は、街の人に手を出しちゃいけないんです!」
「犯罪? 俺に無礼を働いた。それだけで十分だ」
「だからっていきなりこんなのダメです!」

 こんなの許されるはずがない。殿下の方が捕縛される側になっちゃうじゃないか。

 剣を持って近くの屋根に登る。すでにそれは捨てられた場所なのか、壁も屋根もボロボロで、長く人が住んでいた気配がない。周りもこの空き家と大差ないような建物ばかり。

 屋根で剣を構えて、そこを拠点に魔力を広げる。すると、周囲一帯を覆う魔力の壁が出来上がった。

 殿下相手に、この結界で守り切れるかわからないけど……そもそも僕、他人を守るって、苦手なんだ。
 戦う時はいつも、たった一人で前線に突き出されていた。市民の避難だけは、怪我人が出ると困る警備隊の面々がしてくれていたから、僕の周りには、いつも誰もいなかった。

 殿下と対峙して張った結界の上に、殿下の魔法は容赦なく降ってくる。叩きつけるようなそれは、豪雨のような勢いでありながら、一つ一つが砲弾のような威力を持っているから洒落にならない。
 構えた盾を恐ろしい力で撃たれて、剣を握る手が、ひどく痺れた。

 僕の結界の魔法じゃ守りきれない。もう後少しももたない。
 そう思った時、僕の背後めがけて、小さな魔物が飛んできた。

 まだいたのか!?
 しまった……結界ばかりに夢中で、背後に注意がいってなかった。
 僕が自分自身を守ることをおろそかにするなんて、どうしちゃったんだ。

 今はここを動くわけにはいかない。ひっきりなしに降ってくる攻撃を防ぎながら魔物の相手をすることは不可能。
 せめて、魔法で自分の体を強化する。これで少しはダメージを減らせるはず。
 それでも怖いものは怖い。襲ってくる魔物に食いつかれることを覚悟したが、僕の背後に立ったクロウデライが、飛びくる魔物を殴りつけた。

「無事か!? レク!!」
「え…………」
「何惚けてんだ!! 怪我でもしたなら早く言え!!!!」

 怒鳴りつけて、クロウデライは僕の背後に立ったまま、僕を狙ってくる魔物を次々殴り飛ばす。

「怪我したんなら早く言え!! 動けねえ奴がいると、討伐の邪魔になんだよ!!」
「あ……え、えっと……怪我はしてないです…………た、ただ、び、びっくりしただけで……」
「びっくり? ……寝言言ってんじゃねえ!! 魔物は俺がやるから、てめえは街守ってろ!!!」

 言われて、剣を握る手が緩みそうだった。

 ……もしかしたら、魔物にびっくりしたんだって思われたのかもしれない。
 そうじゃなくて、自分の背後を誰かが守って戦うなんて、初めてだ。
 いつだって、自分のことは自分だけで守ってきたのに。

「レク!! どうしたっ……!?? おい! 何ニヤニヤしてんだ!」
「は!? え……そ、そんなのしてないです!!」

 うわっ……どうしようっ……嬉しいっ……! なんて考えてたら、気が緩んだのか剣を落としそう。慌ててそれを握り直した。
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