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58.用意をしておけ
しおりを挟む「他の者たちはどうした?」
警備隊長に言われて、タンヘットと呼ばれた男はニッコリ笑う。
「ちゃんといますよー。またちょっと減りましたけど。おーい、みんなー!」
彼が立ち上がって振り向いて、デスクが並んでいる方に声をかけると、そこに座っていた人たちがノロノロと立ち上がる。
最初に立ち上がったのは、タンヘットの一番近くに座っていた人。秋の熟れた柿みたいな色の髪を後ろで一つに括っているけど、寝癖なのかボサボサ。そして、僕を見つけてすぐに睨んでいた。貴族かよって舌打ちしながら言われたところを見ると、貴族は苦手らしい。
タンヘットがそれを聞いて、「クロウデライ。意地悪言わないの」と注意しているけど、クロウデライと呼ばれたその男は、それがますます気に入らなかったらしい。僕に近づいてくる。
「やめるなら今やめた方がいいぞ。ここにいたって、一攫千金どころか、ろくに給料も出ねー。見てみろよ。もう誰もいねえだろ?」
からかうように彼が言うと、一番奥の席に座っていた男が近づいてきて、彼を窘めた。
「やめなさい、クロウデライ。せっかく来てくれたのに」
彼は貴族だろう。長い深緑の髪に、真っ青な目。着ているものは、真っ黒な魔法使いのローブだ。
彼は、僕らに振り向いて微笑んだ。
「はじめまして。ニュアシュです。よろしく」
彼に「よろしく」と挨拶をしていると、ずっと後ろの席から、二人の隊員が歩いてくる。
二人とも僕と同じくらいの背で、一人は黒髪の剣士のような男、もう一人は茶色く長い髪の男。丸腰に見えるけど、拳で戦う人かな?
「……隊長……本当に新人?」
「なんでうちの警備隊に……」
二人とも、僕らを見てもあまり歓迎しているとは言い難い表情だ。
そして彼ら以降、誰も立ち上がらない。
四人しかいないのを見て、警備隊長は、頭を抱えてたずねた。
「他の者たちは?」
「やめましたーー」
からかうように言ったのは、さっき貴族かよって苛立たしげに言ったクロウデライ。それをさっきと同様にニュアシュが咎めている。
警備隊長はそんなやりとりを見て、こめかみを抑えていた。
「今日はどれだけ人がいる?」
すると、タンヘットが指折り数えながら答える。
「商店街の方に魔物が出て、第一部隊が行ってる。それも、二人に減った。三人になった第二部隊も一緒に行ったよー。第三部隊は……」
「第三部隊はいい。線路の調査で、しばらくは帰らないはずだ」
「あとは、二人が巡回。欠勤が三人。もう来ないって連絡が来た人が数人。それ以外は連絡が取れない。みんなやめるみたい」
「そうか……」
どうやら僕が考えていたよりも、かなり人数が減っているらしい。こんなに広い街で、今はひどく魔物が増えているというのに、たったそれだけで街の警備に行かなくてはならないなんて。
「あ、あの……じゃあ、あなたも今日は巡回に行くんですか?」
僕が聞くと、タンヘットはキョトンとして笑い出す。
「俺は警備隊じゃないよー」
「え!? あ、すみません……」
「謝ることないよー。ここで留守番してたやつは巡回に行った。俺はいつもここに配達に来ている配達員。隊長に頼まれてここにいただけ」
「そうなんですか……初めまして。レクです」
「よろしくねー」
彼は笑って、僕と握手してくれた。僕が反逆者と呼ばれた男だとは気づいていないらしい。
少しホッとした僕に、クロウデライが苛立ったように言った。
「分かったら帰れ。欠勤の連中だって、どうせもう来ねーよ」
「やめろ、クロウデライ。せっかく来てくれた二人だ」
コティトオン隊長がクロウデライを窘めて、集まった警備隊の面々に振り向いた。
「聞いてくれ。今日から俺たちの仲間になる、ロヴァウとレクだ。二人とも、魔物退治の腕は俺が保証する」
隊長が僕らに振り向くと、ロヴァウク殿下が前に出た。そして、いつもの調子で胸を張る。
「俺の名はロヴァウク。国一番の魔力を持つ男だ。一週間で隊長、二週間で領主、明日には王に成り上がる。跪く用意をしておけ」
「……」
「……」
「……」
「……」
部屋が、恐ろしいくらいに、シーーンとなる。
みんなが、ぽかんとした顔をしている。
当然だ。
この王子はっ……! 早速問題を起こしてどうする!!
僕は慌てて、ロヴァウク殿下の服を引っ張った。そして、わざと大きな声で、ハラハラしている内心を呆れ顔で塗り隠して叫ぶ。
「ち、ちょっ……ろ、ロヴァウ! な、何言ってるんだよ! ロヴァウクって、それは第五王子の名前だろー!」
「ああ……そうだったな。俺の名前はロヴァウだ。そこだけ訂正する」
そこ以外も訂正しろ。
むしろ、そこ以外を訂正しろ。
今の殿下は、いつもとは違う容姿をしているし、第五王子に直接会ったことがある人なんていないだろうから、「ロヴァウクだなんて冗談」って言えば誤魔化せるだろう。
しかし、初日の自己紹介で「跪け」はない。喧嘩売ってるようにしか聞こえない。
早速、一番血の気の多そうなクロウデライが前に出る。
「てめえ今なんつった……? あ?」
まずい。これは喧嘩になる流れだ。
僕は慌てて、ロヴァウク殿下の前に立った。
「は、初めまして! 僕はレク! こっちはロヴァウ!! すみません! ロヴァウはちょっと緊張してて!! 僕もロヴァウも魔法使いで、魔物と戦った経験ならあります!! どうか、よろしくお願いします!!」
慌てて言ったけど、部屋の空気は最悪。今にも誰かが殴りかかってこないのが不思議なくらい。
しーーーーんと静まり返った部屋で、タンヘットが、どこか遠慮がちに手をあげて言った。
「あ、あのーー……魔物退治、どうします?」
タントヘットに言われて、隊長は僕らに振り向いた。
「……レク、ロヴァウ。初仕事だ。クロウデライ、ニュアシュ、案内してやってくれ」
「は、はい……」
返事をしたのは僕一人。殿下はクロウデライと睨み合いの最中。ニュアシュの方も、じーっと殿下の方を見つめている。
魔物なんかより、今のこの空気が怖くなってきた……
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