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54.どう見える?
しおりを挟むコティトオン警備隊長は、ロヴァウク殿下の前に膝をついて頭を下げる。
駅で魔物が出たと騒ぎになっていた時も、彼は魔物と戦いに行っていたのだろう。自分に回復の魔法をかけることすらせずに飛んできたのか、彼は身体中に小さな生傷を作ったままだ。
静まり返る部屋で、フィンスフォロースが書類を見せながら言った。
「それ……難しいみたいだよ……見てー……これ。国王陛下が今すぐ王城に帰ってこいだって……駅長を巻き込んで列車壊したこと、もう王城にバレてるみたい……」
「そんなっ……! 駅長を巻き込んだのは僕なのに!」
僕が言うと、フィンスフォロースは首を横に振る。
「レクレットは気にしなくていいよー……例えば君が何もしなかったとしても、向こうは別の理由でロヴァウク殿下に帰ってこいって言ってただろうから……これ以上、首を突っ込むなってことだろー……」
肩をすくめるフィンスフォロースに、警備隊長は青い顔をして言う。
「では……援軍の件は……」
「難しいだろうね……僕らの方からも、王家に連絡してるけど、ろくな返事が返ってこない。援軍はくれるって言ってるけどー……いつ、どのくらいの規模の援軍が来るかとか、具体的なことは何も言ってくれてない。魔物の状況を確認してから協議する、の一点張り。多分これは伯爵に頼んだ時と同じ状況になるね……」
それを聞いたチミテフィッドが声を上げる。
「魔物が増えているのは本当なんだ!! こ、この辺りの奴らはみんな困っている!! 魔物に人が襲われることもあるんだ!! そ、それなのに、なんで国王様まで援軍を出してくれないんだ?」
「伯爵は自分で援軍をやるって言ってるみたいだし、ここは伯爵の領地だから、国王も強くは言えないんだと思う……それにー……国王だって、本心では援軍なんて出したくないはずだよ? 子爵やその周辺が危ない動きをしているときに、自分の兵を遠くにやりたくはないだろー?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
チミテフィッドの言うことは最もだけど、援軍は期待できない。警備隊が魔物の被害を訴えて援軍を求めても、領主が掛け合わないことは、結構あるんだ。まだなんとかなるとか、自分達で人を雇えとか、そんな冷たい返事が返ってくることもしばしば。
だけど警備隊だって、そんなことができるなら、最初から領主を頼ったりしない。手詰まりになったから頼んでいるのに、そんな返事がきたら、本当にどうしようもなくなるし、そこに住んでいる住人からしたらたまらない。
チミテフィッドも、増えた魔物には困っているらしく、声を荒らげる。
「そんなこと言われたって、俺たちはどうすればいいんだよ!! い、今は貴族同士で争ってる場合じゃないだろ!」
「向こうはそんなの、どうでもいいんだと思うよー……この街に魔物が増えても、領主様が襲われるわけじゃないし」
答えたフィンスフォロースは、ロヴァウク殿下に向かって、肩をすくめて言う。
「どうするー? 殿下ーー。列車は諦めて迂回する? 列車を使わないルートで、荒野の城を目指すこともできるよー?」
ロティスルートも、ため息をついて言った。
「確かに、そっちの方が早いかもね……俺らの目的は最初から、荒野の城に向かうことだ。王城も、首を突っ込むなって言ってる。ディロヤル伯爵のしていることで、今のところ露呈しているのは、魔物への対応がひどく遅いことくらいだ。伯爵から頼まれたってのは、チミテフィッドが勝手に言ってるだけだし……そもそも、本当かどうかも疑わしい。子爵も彼のことは知らない、で通してるし、貴族たちもそれを信じてる。王家側が援軍を出していないことも事実だし、伯爵だけを咎めるほどの力は、今の王家にはないよ」
確かに、二人の言うとおり。旗色は悪い。このまま出ていくのが、最善の策なのかもしれない。
だけど、それじゃ列車やこの街はどうなるんだ。結局伯爵や子爵に負けたみたいじゃないか……
すると、ロヴァウク殿下は立ち上がって、ニヤリと笑う。
「……王城に連絡しろ。俺は迂回路を使い、荒野の城に向かったと」
それを聞いたコティトオン警備隊長が立ち上がって悲痛な声で叫ぶ。
「殿下っ……! お待ちください!! もう我々は限界ですっ!! 街にもっ……ここに集まる者たちにも、列車にもっ……危険が迫っているのです!! 街が滅びてからでは遅いのです!! どうかっ……どうかお願い致します! 殿下っっ!!」
駅長も、もう泣き出してしまいそうな勢いで、ロヴァウク殿下に縋り付く。
「殿下っ……!! この駅は、この辺りの流通を担っているのです! そ、それが途切れれば、我々は生きていけませんっっ!! い、今更私がこんなことを言うのも、無礼だと分かっています!! ですがっ……ひ、非礼はお詫びいたします!! 私のことは、どのように処分していただいても構いません!! ですがどうかっ……! どうかっ……どうかお力をお貸しください! このままでは、いずれ街は死に絶えます! どうかっ……お慈悲をっ……! ロヴァウク殿下!!!」
頭を下げる二人に、ロヴァウク殿下は振り向いて、ニヤリと笑った。
「もちろん、援軍はやる。国で一番頼りになる援軍だ」
そう言ってロヴァウク殿下が笑うと、警備隊長も駅長も、ビクッと体を震わせた。
その気持ちは分かる。こういう顔している時のロヴァウク殿下は怖いんだ。
そんな恐怖を知ってか知らずか、ロヴァウク殿下は、彼らの目の前で、森の奥の街で顔を隠した時に使っていたフードを被る。
そして、僕に振り向いた。
「レクレット、どう見える?」
「……? フードで顔を隠したロヴァウク殿下に見えます」
「貴様がそう見えるのは、俺だと知っているからだ。最初から俺だと知らなければ、俺には見えないに違いない」
「……えーっと……すみません。どういう意味ですか?」
「つまりだ。俺がこうして顔を隠して、警備隊として潜入する」
「はっっ!!??」
本気か!? 将来国王になると言われている王子が警備隊で魔物退治なんて。
警備隊長も、驚きすぎたのか真っ青だ。
「で、殿下っ……な、何をっ……! 殿下自ら魔物退治などっ……! そ、そんなことを王族の方にさせるわけにはまいりません!」
「今俺が伯爵のところへ行っても、同じ返事が返ってくるだけだ。魔物には対処している、王家だって兵は出さないくせに、そんなことを言われて誤魔化される。俺が表立って魔物を倒せば、領主を差し置いてと貴族たちが騒ぎ出す。だったら、これが一番いい。俺は今日から、王族ではない。王族のロヴァウクは、すでにこの街を離れ、荒野の城に向かっている。フィンスフォロース、そう王城には連絡しろ」
殿下に言われて、フィンスフォロースは珍しく楽しそうに「はーーい!」なんて返事をしていた。
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