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47.僕が必死に守ろうとしたもの
しおりを挟む殿下はずっと僕を睨んでいて、僕は、恐々話し始めた。
「に、逃げたつもりはありません……だって、その……これから、会議ですよね? 王族の方が会議をするなら、僕は邪魔でしょう?」
「……そんなことを言い出すだろうと思っていた。貴様、森の中でも、俺たちがこれからのことを話し始めた途端、逃げただろう」
「……に、逃げたつもりはございません。王族が機密とすることを、僕が聞くわけにはいかないだけです」
「俺は、貴様が王族の会議に参加しようが、貴様が国家機密を知ろうが、まるで気にしない」
「してください!!!! それは!!」
「なぜだ?」
「な、なぜって……き、機密っていうのは、知られちゃいけないから、機密って言うんです。それなのに僕に知られちゃったりして、王位継承できなくなっても知りませんよ……?」
「先程からウジウジと貴様が心配しているのはそんなことか? 国王は俺でしかあり得ない。そして貴様は、王である俺が認めた男だ。むしろ、俺のそばにいて、それを知ればいい。貴様には、それだけの価値がある」
「な、何を言っているんですか……」
多分、無意識に言っているんだろうけど……ロヴァウク殿下は、僕が今苦しくなっているところを解かすようなことばかり言う。
絆されそうになるからやめてほしい。ロヴァウク殿下にだって、分かるはずだ。
僕は、彼とは行けない。
「国王になりたいのなら、僕といるのは、やめた方がいいです。僕は反逆者じゃないけど……まだ、そう信じている人もいます。僕だって、ロヴァウク殿下の邪魔はしたくありません」
ロヴァウク殿下は、黙っていた。
殿下にだって、分かるはずなんだ。僕を連れていってはいけないって。
ライイーレ殿下が失脚した時、僕が首謀者として断罪されたのは、誰かを生贄にしないと、その事件の幕を引くことができなかったからだ。
貴族たちが次期国王にと期待していた第一王子が、国王の暗殺を図ったなんて、王族にとっても貴族にとっても、あってはならないことだ。だから僕を使って、自分達が被る被害を最小限に抑えたんだ。
ロヴァウク殿下だって、それは知っているはず。
僕のこの冤罪は、世間では「冤罪ではないか」って言ってもらえても、貴族たちの間で晴れることはない。晴れたらみんな、今度は自分に火の粉が降りかかるんだから。
そうなった時に、一番困るのは、王族であるロヴァウク殿下じゃないか。
僕を連れて行ったって、何もいいことなんかない。僕とロヴァウク殿下は、あくまで荒野を目指す敵同士。
あの森で、ロヴァウク殿下のそばにいて、一緒に食事をして、楽しかった。
だけど、あの時だって、僕はちゃんと手を振って、「じゃあ、今度は負けない」って言って、ロヴァウク殿下は「楽しみにしている」って答えてくれた。
だから、今回だって、そうやって別れることができる。
ちょっと寂しいけど、僕は、ロヴァウク殿下に背を向けた。
リュックの中のライイーレ殿下が「いいの?」って聞いてくるけど、いいに決まっている。僕らはもともと、こういう関係なんだから。
けれど、立ち去ろうとする僕の手を、背後からロヴァウク殿下が握った。
「逃してやると思うのか?」
「……」
なんだ。また見逃してもらえると思ったのに。僕だって、こんな風に引き留めてくれる手を、毎回振り払うのは苦しいのに。
僕は、絶対にロヴァウク殿下には振り向かないと決めて、俯いたまま、出したくもない声を引き摺り出した。
「……離してください」
「嫌だ。止まれ」
「……ロヴァウク殿下…………僕だって嫌です」
僕だって、嫌だ。ここで彼の手を離すのが。
僕だって、ロヴァウク殿下のそばにいたい。
本当は、ロティスルートやフィンスフォロースが羨ましい。
だけど、僕にはできない。
その方がロヴァウク殿下のためです、なんて何度も繰り返すけど、本当は怖いんだ。
自分のせいで、僕に優しくしてくれた人たちまで傷つけてしまうのが。
ロヴァウク殿下やロティスルートたちまで、僕みたいに罵られるところなんか、見たくない。
僕と一緒にいるせいで、彼らまで絶望してしまったら、僕はもう、生きていられないような気がする。
「は、離してください。フィンスフォロースたちが待っています。僕は、殿下の好敵手なんだし、どうせまた、すぐに会っちゃいますよ……」
「……お前は、それで満足なのか……?」
満足? 僕が??
なんでこれで満足できると思うんだ。ずっと、我慢しているだけなのに。
それを聞いたら、もう我慢できなかった。それまで、ずっとひたすら抑えてきたものが、ついに破裂してしまった。
僕は、殿下の手を乱暴に振り払った。
「だってっ……! 仕方ないじゃないですか!!!! 僕だって……本当はっ……! こんなの嫌ですっっ!!」
本当は、振り払いたくなんかない。
本当は、追ってきてくれて嬉しかった。殿下に追ってきてもらえて、本当は胸が躍ったのに。
自分のせいで、彼が目指すものまで奪ってしまうことが、怖い。
「僕といてっ……! 王様になれなかったらどうするんですか!! 僕といて……殿下まで反逆者になっちゃったらどうするんですか!! 僕といてっ…………殿下まで……ずっと踏み躙られて生きていく気ですか?」
なんだか、体に力が入らなくなってきた。気づいたら、涙を抑える余力もなくなっていて、僕は、暗い通りにへたりこんでいた。
ある日、僕は反逆者になった。みんなが僕を指差して責め立てて、白い目で見て、これでもかというくらい悪意をぶつけられた。地べたに倒れたところを踏みつけられて、毎日痛めつけられた。
やっと、そんな日も終わる。そんな兆しが見えてきた。
そんな今だって、またすぐに後戻りしてしまいそうで、怖い。
それだけで怖いのに、誰かが僕に巻き込まれて苦しむようになったら、本当にもう耐えられない気がする。
「……僕だって…………こんなの嫌ですよ…………だけど、仕方ないんです……」
「……それが、貴様の本音か?」
「……」
僕は、無言で頷いた。
すると殿下は、微かな声で「そうか」って呟く。
分かってくれたんだと思った。
僕の気持ちとか、彼の手を取れない理由とか、そういうふうに僕の奥底に沈んで溜まったもの、全部。
理解して、同意してくれたんだと思った。
当然、そんなの甘かった。
「それなら……残念だったな……諦めろっっ!!」
怒鳴るようにそう言った殿下の魔力が、一気に増大する。
恐ろしく膨張した魔力で、冷風が起こったくらいだ。
脅威が増したことに気づいて魔法を使おうとしたけど、もう遅い。勝手に納得して、勝手に満足してしまった僕は隙だらけ。
僕の周りを、いつのまにか水が取り囲んでいて、それは僕の体に絡みついて、僕を縛り上げる。
「ち、ちょっ……何するんですか!! 殿下!!」
「貴様は随分と逃げ足が早いから、今度は逃げる前に捕まえただけだ。油断したなあ? ……今回は、俺の勝ちだ」
「か、勝ちとか負けとか……そんなこと言ってるんじゃないですよね!?? 知りませんよ!! 王位継承権剥奪されてから後悔しても遅いんですよ!?」
「もしもそうなったら後悔する。王である今、後悔してどうする? バカめ」
「ば、馬鹿って……」
「貴様、何か勘違いしているだろう。俺はなんだ?」
「変な人です!!」
「国王だ。すでに、貴様とパーティを組むことは、王座の前で、父上と母上と兄上たちと大臣たち、王城に仕える貴族たちや兵士たち、使用人まで集めて発表済みだ」
「………………は?」
え? 今、なんて?
僕が泣きながら必死に守ろうとしたものを、先回りして木っ端微塵に破壊しておきました、みたいに聞こえたんですが?
すぐには、理解できなかった。
だって、おかしいだろ。
下手なことを言って、王族の権威が崩れ去ったらどうするとか、そういうこと考えないのかな!?
僕だって、殿下を巻き込みたくないから、こうしてるんですけど!??
「で、殿下っ……!! え、えっと……う、嘘ですよね? いくら殿下でも、そんな馬鹿なことしませんよね!?」
「すでに存分にしてきた」
「しないでください!! い、いつのまにっ……」
「森で貴様に会った後だ」
「だ、だって……あの時は僕を見送ってくれたじゃないですか!! 納得してくれたんじゃないんですか!? 僕がっ……殿下とはいられないことっ!」
「納得? 俺がいつ納得した? 俺の誘いを断り、俺を本気にさせたのは貴様だ」
「だって……」
「俺は貴様が欲しくなった。足掻いても、もう遅いぞ。貴様のことは、城で大々的に発表してきた。これまでパーティを組むことを拒否してきた俺だが、ついにレクレットという男とパーティを組むと決めたと」
「組まないです」
何言ってるんだ。この男は。
僕は即座に否定するのに、殿下は全然聞いてない。それどころか、僕が否定すればするほど、めちゃくちゃ楽しそうじゃないか!!
「貴様の拒絶など、俺はどうでもいい。俺がパーティだと言ったらパーティだ」
「そんな無理矢理なパーティおかしいです!! 僕そんなの絶対嫌ですよ!! 離してください!! 殿下っっ!! 殿下!!!!」
どれだけ暴れても、殿下の魔法の水の拘束は外れずに、体を捩らせることしかできない。魔法を使っても、僕には殿下の魔法を押さえ込むだけの力はないらしい。ちっとも拘束から抜け出せない。
それどころか、もがけばもがくほど、殿下を喜ばせてしまっているような気がする。
「好きなだけ泣き叫べ。貴様がどう足掻こうが、俺が貴様とパーティを組んだことは、すぐに貴族たちに知れ渡る。何しろ、城に集められるだけ集めて宣言してきたからな」
「それ知れ渡ったら一番困るの殿下ですよ!?? いいんですか!? 王家の権威が地に落ちますよーーーー!!!!」
「だから貴様は馬鹿だというのだ。権威が地に落ちる? 好きなだけ落ちろ」
「はあ!?」
「俺が王なのだ。落ちたところで、すぐに復活する。いや、むしろ、これまでよりもずっと強いものになるだろう。さあ、俺のこの輝かしい権威の前に跪き、存分に敬え。レクレット」
「敬いません!! 生涯敬いません! そんな無理矢理なパーティあるもんか!! 離してください!」
この王子はああああああ!! 僕が守ろうとしたものを目の前で踏み躙るような真似を!!!! 僕を解放して一番困るのはこの人なのに!
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