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37.ある訳ない
しおりを挟む僕は、頭の中にいっぱいになったロヴァウク殿下のことを振り払って、早足で歩き始めた。
「で、殿下!! それより今は、荒野の城に行くことを考えましょう!」
「いつ出発するのー?」
「……荒野の城まで長い旅になることを考えると、お金を貯めないといけません。もう少しここで路銀を稼がないと……」
「路銀!? もう魔物退治で稼いだのに!?」
「……もう少し必要です。荒野まで行くとなると、列車をかなり乗り継ぎます。その間の食費とか、あと、街で野宿は危なくてできないから、宿泊費がかかるし、魔物も増えているから、回復の薬とか装備とか……」
こんな時に回復の魔法が使えたらなぁ……
魔物を退治する時に回復の薬を用意する人は多いけど、それはどちらかと言うと念の為に用意するもので、大体の人は回復の魔法を使う。
だけど、僕の魔法じゃほとんど回復なんてできないし、回復の薬が多くいる。最近魔物が増えてるから、回復の薬も値上がりしてるんだよなー……
通りを歩いていると、連れ立って歩く人たちとすれ違った。魔法使いが二人に、剣を持った人が一人。魔物の話をしていた。魔物退治に向かうパーティだろう。
魔物退治に行く時に、パーティを組むことはよくある。その理由はいくつかあるが、そのうちの一つが、数人で協力することで苦手なことを補い合えるからだ。
僕だったら、回復の魔法が得意な人と組めば、魔物退治の成功率も上がるのかもしれない。
だけど、パーティを組むには、自分の手の内を明かさなくてはならない。何を持っているのかも分からない人に背中を向けて戦うことはできないからだ。
けれど手の内を見せることは、魔法使いにしてみれば急所を教えるも同然。自分が使える魔法を知られると、同時に弱点も知られてしまう。
僕はそれが怖い……だから、僕はまだパーティを組んだことはない。警備隊のみんなと魔物退治に行くことはあったけど、その時に戦うのは僕一人だった。
そもそも僕、反逆者の淫魔だしなー……やっぱり、回復は薬を使うしかないか……
この街でもう少し魔物退治の仕事をして、お金を稼いで、それから出発するとなると、かなり時間がかかりそうだ。
あまりゆっくりしていると、またロヴァウク殿下に後れを取りそう。
殿下は今、どこにいるんだろう。王家の使いとは会えたかな……
と……とにかく、まずは駅に急ごう。今度は、「遅いぞ」なんて言わせない。
列車の駅は、街の大通りを抜けた辺りだったはず。
駅へ向かって歩いていると、駅に近づけば近づくほど、人が多くなってくる。
駅舎が見えてくる頃には、そこに留まる列車より先に、駅の周りにできた人だかりの方に先に気づいたくらいだ。
今日はいつもより人が多いのかな……
そして、周りを歩く人の中から、第五王子って言葉が聞こえる。ロヴァウク殿下の話か?
その言葉に釣られて振り向いた先で、新聞を売っていた。日用品や軽食を売る露店に陳列されたものだ。その見出しに、僕は心臓が弾け飛びそうなほど驚いた。
「反逆者レクレットは冤罪か」
慌てて露店の人に代金を渡して、新聞を広げる。
そこには、僕が反逆者ではないと、ロヴァウク殿下が宣言したことが書かれていた。
まだ誰もが半信半疑のようだけど、僕の疑い、晴れようとしてるんだ……
そう思ったら、少しずつ心が晴れていくようだった。
一度には無理でも、少しずつ、自分でも信じられなかったものが信じられるようになっていく。
いつのまにか、新聞を握って、泣き出しそうになっていた。
だけど、なんとか耐える。
せっかく僕が反逆者でなくなった証拠を見つけたのに、涙で濡らしたくない。
「ありがとうございます……殿下…………」
新聞を抱きしめたい思いでいると、ほかに、ロヴァウク殿下のことが書かれているのを見つけた。僕のことも一緒に。「第五王子、ロヴァウク殿下に好敵手!?」なんて見出しと共に。
嘘だろ……僕とロヴァウク殿下が、討伐隊への参加を巡って争っている、なんて記事がある。
これで僕が殿下の敵になったことは、周知の事実になってしまったのか。
せっかく反逆者じゃなくなったのに、今度は自分で、「殿下の敵」になってしまった。僕は何をしているんだ……
頭を抱える。そのまま、すぐそばの街灯に、ごん、と頭をぶつけてしまった。
おでこの痛みも忘れて街灯に寄りかかっていたら、ライイーレ殿下に「大通りだよー」と言われて我に返って、慌ててまた俯き加減で顔を隠して歩き出す。
何してるんだ。僕……
しかも、記事によると、ロヴァウク殿下もすでにこの街に来ているらしい。駅の視察に行くって書いてあるから、もしかしたら、駅の方にロヴァウク殿下がいるのかもしれない。
先回りされた気分だ。僕の方が、先に森を出たのに。なんだか悔しい。
「い、急ぎましょう! ライイーレ殿下!」
「どうしたの? レクレット……なんか嬉しそう」
「え……?」
「すっごくニヤニヤしてる。いいことでもあった?」
「は!? だ、だって!! は、反逆者じゃないって書いてあるんです! だからです!」
「あ、本当だーーーー!! よかったねーー!!」
「それだけです! それが嬉しいだけで……ほ、ほかに理由なんて、あ、ああああありません!!」
「……レクレット……?」
「そんなの! ある訳ないじゃないですか!!」
自分でも驚くくらい強く否定して、僕は駅に向かって歩き始めた。
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