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35.この先は立ち入れない

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 食事に夢中なライイーレ殿下に、ロティスルートがローストビーフを持ってきてくれて、彼はまたそれに飛びついている。

 ライイーレ殿下がロティスルートとテーブルの端へ行ってしまい、フィンスフォロースは、テーブルから離れたところで、マフィンをかじりながら竜と話していた。

 僕は、サンドイッチを持つ手をおろして、隣のロヴァウク殿下に話し始めた。

「あの……ロヴァウク殿下……」
「どうした?」
「チミテフィッドのことは、どうなさるおつもりですか?」

 彼は今、小屋の前に魔法の鎖で縛って寝かせてある。ロヴァウク殿下の眠りの魔法にかけられて、しばらくは起きないらしい。

「あとで必要なことを聞き出してから、王城に送る」
「……聞き出す……雇い主のこと、ですか?」
「ああ……それに、目的だ。俺を狙っていたのか、もしくは他に狙いがあったのかもしれない」
「……」

 チミテフィッドを雇ったのは、おそらくランギュヌ子爵だろう。子爵は、ここから少し行ったところにある、魔法の研究が盛んな街に城を構える領主で、様々な魔法の研究で名を馳せた魔法使いだ。その街には、優秀な魔法使いたちが集まり、他の街ではなかなか手に入らない珍しい魔法の道具が売られているらしい。
 子爵は街を発展させた領主として一目置かれているが、かなり強引なやり方も使うと噂で、よくない話もよく聞く。魔法使いを城に集め、強力な魔法を研究し、争いの準備をしているとか。

 チミテフィッドがランギュヌ子爵の差金できたのなら、やっぱり殿下の口を塞ぎたかったのか?
 命を奪わずとも、記憶を消したり、口封じをする魔法はあるし、もしかしたら、人買いの件を黙っているように、ロヴァウク殿下と交渉か、そうでなければ脅迫する材料でも持っているのかもしれない。

 ロヴァウク殿下は、難しい顔で口を開いた。

「……ランギュヌは、もっとずっと前から、俺を警戒していたはずだ」
「え!?」
「あいつが魔法使いを集めて、争いの準備をしていることは聞いていた。今回、俺がここへ来て、よほど焦っているのかもな」
「殿下は子爵が何をしているのか、ご存じなのですか?」
「いいや。だが、調べる必要があるな……」

 真剣な話をしていたかと思えば、ロヴァウク殿下は、急に楽しそうに笑い始める。

「俺に間諜を送るとは……いい度胸ではないか……気に入ったぞ」
「き、気に入らないでください!」

 僕が言うと、ロヴァウク殿下の方に、フィンスフォロースが走ってくる。

「殿下ー!! ランギュヌ子爵の件で、王城から使いが来るってー」
「追い返せ。面倒くさい」
「そんなわけには行かないよー。殿下のこと、みんな心配してるんだよー」
「しなくていい」

 ロヴァウク殿下はそう言うけど、彼は王子で、次の国王とも言われている。その彼が、魔物は多いし、王子を警戒する魔法使いの領主のそばなんかにいたら、第五王子派の人たちは気が気ではないだろう。

「あ、あの……殿下……もしかして……か、帰っちゃうんですか?」

 恐る恐るたずねると、殿下はキョトンとして振り返る。

 殿下を狙うような奴が現れたんだ。こんなことが起こったら、王城から帰ってこいと言われても不思議じゃない。

 ロヴァウク殿下に会ってから、いろいろ振り回されて困ることもあったけど、彼が帰っちゃうと思ったら、なんだか寂しい。

 けれど殿下は、僕の言葉を笑い飛ばした。

「なぜ帰らなくてはならない? 貴様ような好敵手がいるのに!!」
「…………」
「それに、しばらくここを離れるわけにはいかなくなった。俺の縄張りを乱す連中は俺が斬り払ってやる」
「殿下……」

 ひどく真剣な顔で言う殿下がなんだか意外で、だけど頼もしくも感じて、彼を見上げてしまった。

 僕の視線に気づいたのか、不敵に笑う殿下に、ロティスルートが声をかける。

「殿下、王城からの使いが来る前にデザートにするから。皿の上のもの食べておいて!」

 言われて、ロヴァウク殿下は苦い顔。

 何かと思えば、ロヴァウク殿下は、自分の前に置かれた皿をロティスルートから隠そうとしている。皿の上には、いくつかの野菜が残され、丁寧に端によけてあった。中には、王城で作られている、魔力を回復するための貴重な木の実やキノコもあるのに、それも綺麗に残されている。

 ライイーレ殿下と似たようなことしてる……

「あの……ロヴァウク殿下……何してるんですか?」

 僕がたずねると、彼は腕を組んで、いつものように胸を張る。だけど額には汗が流れていた。

「俺は苦いものは嫌いだ」
「……苦くないですよ? 野菜、苦手なんですか?」
「それだけじゃない。このキノコと木の実も苦い。それなのに、フィンスフォロースが持ってくる。俺はミルクか肉がいい」

 そう言いながらも、彼は全部口に入れていた。
 それを見て、ロティスルートは嬉しそうにケーキを切っている。

 デザートが終わる頃に、使いの人が来るんだろう。

 王城から使いが来るなら、王家とその周りにいる貴族たちの、内密な話が始まるはずだ。

 ……僕は、ここにいない方がいい。

 国の機密を、反逆者と言われた僕が聞くわけにはいかない。そんなことをすれば、責められるのはロティスルートたちやロヴァウク殿下だ。
 チミテフィッドを拘束した時のことは全部話している。
 この先は、僕が立ち入れないところ。

 さっきから機密の魔法がかかった書類も見えてしまいそうで怖い。目に入る前に魔法で積み上げてテーブルの端に置いたけど、あまり殿下に迷惑もかけられない。

「あ、あのっ……そ、それじゃあ、僕はそろそろ……し、失礼します!」

 僕が立ち上がると、殿下は僕にすぐに振り向いた。

「なんだと? どこへいく気だ?」
「荒野の城です!! 僕も殿下も、そこを目指しているんですよね!?」
「もう少しいろ。せっかく貴様を捕まえたのに」
「でも……使いの人とは、その……内密な話もあるんですよね?」
「内密など、貴様は気にしなくていい」
「殿下は気にしてください……」

 僕がここにいることで、殿下に迷惑をかけたくない。ちょっとだけ、殿下に王様になって欲しくなったんだ

「じゃあ、殿下。こ、今度は……負けません!!」

 言って、僕はリュックを担いでライイーレ殿下を抱っこして、空に飛び上がった。

 ロヴァウク殿下のそばにいるのは、ロティスルートとフィンスフォロース。なんだか二人が羨ましく思えた。

 飛び去る僕に、ロヴァウク殿下が「楽しみにしているぞ」と笑ってくれる。
 僕の方も、楽しみにしています……
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