34 / 117
34.なんか怒ってる?
しおりを挟む最初は緊張していた僕だけど、気づいたら、すっかり食事に夢中になっていた。
焼きたてのパンに野菜を挟んでいたら、近くで、テーブルの上に乗った、小さな犬の姿のライイーレ殿下が、サラダの上に乗った蒸した鳥の肉を摘み出しては食べている。
それを見た僕の隣のロヴァウク殿下が、サラダボウルをライイーレ殿下から取り上げてしまった。
「肉だけ食うな」
「えーー!! なんでーー!!」
大好物の肉を取り上げられたライイーレ殿下は、今にもロヴァウク殿下に飛び掛かっていきそう。
それを抱っこして宥めてやるけど、ライイーレ殿下は不満みたいだ。
「離して! レクレット!」
「落ち着いてください。ライイーレ殿下」
「だって! 俺は肉が食べたい!」
すると、ロティスルートが生ハムが乗った皿を持ってきてくれた。
すぐにそれに飛びつくライイーレ殿下。よほどお腹が空いていたらしい。
尻尾をぶんぶん振りながら生ハムに夢中になる小さな犬を、ロティスルートがじーーっと見下ろしていた。
「ねえ……レクレット、さっきから気になってたんだけどさー……それ……その、小さい犬……ライイーレ殿下、だよね?」
「は、はい……僕がお世話させていただいています……」
「本当にそんな姿になってたんだ……」
よほど驚いたらしいロティスルートは、ライイーレ殿下を、ずっと見下ろしている。
そんな視線は全く気にせずに生ハムを次々平らげているライイーレ殿下の背中を、ロヴァウク殿下がつん、とつついた。
「貴様はいつまでレクレットのそばにいる気だ?」
「ずっといるよ? レクレットは俺の相棒だから!」
え? 僕、相棒だったの?? そんなこと、初めて言われたぞ。
ちょっと意外で、なんだか嬉しい僕に、ライイーレ殿下は飛びついてこようとする。
けれど、それをロヴァウク殿下が握るようにして止めてしまう。
「何が相棒だ。貴様のことは、今日から俺が世話してやる」
「はあ!!?? なんだよそれ! 生憎だけど、俺の世話は、レクレットに任せてあるの!! 王城だって、それに同意してるんだから! 離せーー!」
暴れるライイーレ殿下だけど、魔力を取り上げられて、小さな犬の姿になっていては、ろくな抵抗もできないみたい。
なんとか逃れようとするライイーレ殿下を、ロヴァウク殿下は両手で包んでしまい、僕に振り向いた。
「レクレット。今までライイーレが世話になったな」
「え!?」
「この犬は俺が預かる」
「で、でも……」
預かる? ライイーレ殿下を? 警備隊に行った時から、ずっと一緒にいたのに?
そんな……
ライイーレ殿下がいなくなるなんて、考えたことなかった。
ずっと一緒にいた彼がいなくなるのは寂しい。あの暗い納屋で泣いている時、よく慰めてくれたんだから。
だけど、ライイーレ殿下は王族だし、僕といるより、ロヴァウク殿下と一緒にいた方がいいのかもしれない。護衛だってつくだろうから安全だし、こうして、食事だってできる。
本当は寂しいけど……その方が、ライイーレ殿下のためになるなら……
「わ……分かりまし……」
言いかけたところで、ロヴァウク殿下の手に噛み付いて彼から逃げ出したライイーレ殿下が、僕に飛びついてきた。
「レクレット!!」
「うわっ……! ど、どうしたんですか!?」
「俺はレクレットと一緒にいたいよ!! レクレットは違うの!?」
「殿下……でも、ロヴァウク殿下といた方が、お肉もいっぱい食べられるし……」
「う…………」
気持ち揺れ動くの早いな。リュックの中のジャーキー全部食べたくせに……
今度はちょっと不満だけど、これも殿下のためだ。
「そ、それに、何より、安全です。僕といれば、反逆者だと言われて襲われる可能性だってあるんです。僕は……これから先も、ライイーレ殿下をお守りできるか分かりません。だったら……ロヴァウク殿下といた方が……」
「俺は、レクレットと一緒にいたいの!!」
「殿下……」
「レクレットは俺がロヴァウクに襲われてもいいのーーーー?? 俺はレクレットといるーー」
ライイーレ殿下は涙まで流して、僕にしがみついてくる。
な、泣くほどロヴァウク殿下が怖いのか?
「……ロヴァウク殿下は、きっと襲ったりしません……」
言いながら、ライイーレ殿下を抱っこした。
僕といて、辛い目にも合わせたし、怖い思いもさせてしまったのに、それでもそんなふうに言ってもらえることが嬉しかった。
本当は、それでもロヴァウク殿下に渡すべきなんだろうけど……手に噛みつかれたロヴァウク殿下が、さっきロティスルートが調理台で肉を切っていた包丁を、砥石と一緒にわざわざ魔法で呼び寄せて、めちゃくちゃ鋭く研ぎ始めて怖いし、僕が連れて行こう。
「わ、分かりました……あ! で、でも、これから先、危ない目に遭うようだったら、ロヴァウク殿下に預けさせていただきます」
「ロヴァウクと一緒にいる方が危険だって思わない!?」
「だ、だから、ほとぼりが覚めた頃に、です……」
「ロヴァウクはずっと根に持つタイプなんだよ!」
……だったら噛みつかなきゃいいのに……
確かに、ロヴァウク殿下は怖いけど、無闇にライイーレ殿下を傷つけるようなことはしないと思う。
僕らはこれまで、いつ敵意を向けられて取り囲まれて暴力を受けるか分からなかった。これからそうならないって保証はないんだし、僕といるよりロヴァウク殿下といた方が安全なら、彼に預けるべきだろう。
すると、ロヴァウク殿下が、研石を魔法で消して、けれど包丁は持ったまま、苛立った様子で言った。
「勝手に話を決めるな。貴様……その犬にやけに懐いているじゃないか」
「へ!? な、懐くって……ぼ、僕が懐く方なんですか!?」
僕と、さっきから犬の姿で尻尾を振っては肉をねだるライイーレ殿下だったら、殿下の方が懐いている側では?
……だけど、確かにそうなのかもしれない。僕とライイーレ殿下って、どちらかといえば、殿下が飼い主で、僕が首輪つけられてリード握られているふうに見えるのかも……
「そうですね……」
肩を落としていう僕を、ロヴァウク殿下が睨んでいる。
「俺の誘いを断っておいて、その犬とは行くのか?」
「そ、そういうわけじゃないです……だけど、殿下のお世話は僕がすることになっているし、僕が反逆者として断罪された頃から、ずっと一緒にいたんです。たまに魔物退治に出た時は、魔物の位置を知らせてくれたりしていたんですよ」
「……ライイーレとは、魔物退治に行ったことがあるのか?」
「はい。普段は納屋にいてもらうんですが、一人でいると危ない時なんかは、一緒に巡回に行ったり……し……て……?」
な、なんだか、ロヴァウク殿下が僕を見下ろす目が怖い。な、なんか怒ってる? 僕、何か変なこと言ったか?
だけど、ライイーレ殿下は嬉しそう。僕の鼻先に、大きなフランクフルトを突き出して、すすめてくれる。
「レクレット! これ、おいしいよ! 食べてみて!」
「ありがとうございます。殿下」
108
お気に入りに追加
950
あなたにおすすめの小説


美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる