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34.なんか怒ってる?
しおりを挟む最初は緊張していた僕だけど、気づいたら、すっかり食事に夢中になっていた。
焼きたてのパンに野菜を挟んでいたら、近くで、テーブルの上に乗った、小さな犬の姿のライイーレ殿下が、サラダの上に乗った蒸した鳥の肉を摘み出しては食べている。
それを見た僕の隣のロヴァウク殿下が、サラダボウルをライイーレ殿下から取り上げてしまった。
「肉だけ食うな」
「えーー!! なんでーー!!」
大好物の肉を取り上げられたライイーレ殿下は、今にもロヴァウク殿下に飛び掛かっていきそう。
それを抱っこして宥めてやるけど、ライイーレ殿下は不満みたいだ。
「離して! レクレット!」
「落ち着いてください。ライイーレ殿下」
「だって! 俺は肉が食べたい!」
すると、ロティスルートが生ハムが乗った皿を持ってきてくれた。
すぐにそれに飛びつくライイーレ殿下。よほどお腹が空いていたらしい。
尻尾をぶんぶん振りながら生ハムに夢中になる小さな犬を、ロティスルートがじーーっと見下ろしていた。
「ねえ……レクレット、さっきから気になってたんだけどさー……それ……その、小さい犬……ライイーレ殿下、だよね?」
「は、はい……僕がお世話させていただいています……」
「本当にそんな姿になってたんだ……」
よほど驚いたらしいロティスルートは、ライイーレ殿下を、ずっと見下ろしている。
そんな視線は全く気にせずに生ハムを次々平らげているライイーレ殿下の背中を、ロヴァウク殿下がつん、とつついた。
「貴様はいつまでレクレットのそばにいる気だ?」
「ずっといるよ? レクレットは俺の相棒だから!」
え? 僕、相棒だったの?? そんなこと、初めて言われたぞ。
ちょっと意外で、なんだか嬉しい僕に、ライイーレ殿下は飛びついてこようとする。
けれど、それをロヴァウク殿下が握るようにして止めてしまう。
「何が相棒だ。貴様のことは、今日から俺が世話してやる」
「はあ!!?? なんだよそれ! 生憎だけど、俺の世話は、レクレットに任せてあるの!! 王城だって、それに同意してるんだから! 離せーー!」
暴れるライイーレ殿下だけど、魔力を取り上げられて、小さな犬の姿になっていては、ろくな抵抗もできないみたい。
なんとか逃れようとするライイーレ殿下を、ロヴァウク殿下は両手で包んでしまい、僕に振り向いた。
「レクレット。今までライイーレが世話になったな」
「え!?」
「この犬は俺が預かる」
「で、でも……」
預かる? ライイーレ殿下を? 警備隊に行った時から、ずっと一緒にいたのに?
そんな……
ライイーレ殿下がいなくなるなんて、考えたことなかった。
ずっと一緒にいた彼がいなくなるのは寂しい。あの暗い納屋で泣いている時、よく慰めてくれたんだから。
だけど、ライイーレ殿下は王族だし、僕といるより、ロヴァウク殿下と一緒にいた方がいいのかもしれない。護衛だってつくだろうから安全だし、こうして、食事だってできる。
本当は寂しいけど……その方が、ライイーレ殿下のためになるなら……
「わ……分かりまし……」
言いかけたところで、ロヴァウク殿下の手に噛み付いて彼から逃げ出したライイーレ殿下が、僕に飛びついてきた。
「レクレット!!」
「うわっ……! ど、どうしたんですか!?」
「俺はレクレットと一緒にいたいよ!! レクレットは違うの!?」
「殿下……でも、ロヴァウク殿下といた方が、お肉もいっぱい食べられるし……」
「う…………」
気持ち揺れ動くの早いな。リュックの中のジャーキー全部食べたくせに……
今度はちょっと不満だけど、これも殿下のためだ。
「そ、それに、何より、安全です。僕といれば、反逆者だと言われて襲われる可能性だってあるんです。僕は……これから先も、ライイーレ殿下をお守りできるか分かりません。だったら……ロヴァウク殿下といた方が……」
「俺は、レクレットと一緒にいたいの!!」
「殿下……」
「レクレットは俺がロヴァウクに襲われてもいいのーーーー?? 俺はレクレットといるーー」
ライイーレ殿下は涙まで流して、僕にしがみついてくる。
な、泣くほどロヴァウク殿下が怖いのか?
「……ロヴァウク殿下は、きっと襲ったりしません……」
言いながら、ライイーレ殿下を抱っこした。
僕といて、辛い目にも合わせたし、怖い思いもさせてしまったのに、それでもそんなふうに言ってもらえることが嬉しかった。
本当は、それでもロヴァウク殿下に渡すべきなんだろうけど……手に噛みつかれたロヴァウク殿下が、さっきロティスルートが調理台で肉を切っていた包丁を、砥石と一緒にわざわざ魔法で呼び寄せて、めちゃくちゃ鋭く研ぎ始めて怖いし、僕が連れて行こう。
「わ、分かりました……あ! で、でも、これから先、危ない目に遭うようだったら、ロヴァウク殿下に預けさせていただきます」
「ロヴァウクと一緒にいる方が危険だって思わない!?」
「だ、だから、ほとぼりが覚めた頃に、です……」
「ロヴァウクはずっと根に持つタイプなんだよ!」
……だったら噛みつかなきゃいいのに……
確かに、ロヴァウク殿下は怖いけど、無闇にライイーレ殿下を傷つけるようなことはしないと思う。
僕らはこれまで、いつ敵意を向けられて取り囲まれて暴力を受けるか分からなかった。これからそうならないって保証はないんだし、僕といるよりロヴァウク殿下といた方が安全なら、彼に預けるべきだろう。
すると、ロヴァウク殿下が、研石を魔法で消して、けれど包丁は持ったまま、苛立った様子で言った。
「勝手に話を決めるな。貴様……その犬にやけに懐いているじゃないか」
「へ!? な、懐くって……ぼ、僕が懐く方なんですか!?」
僕と、さっきから犬の姿で尻尾を振っては肉をねだるライイーレ殿下だったら、殿下の方が懐いている側では?
……だけど、確かにそうなのかもしれない。僕とライイーレ殿下って、どちらかといえば、殿下が飼い主で、僕が首輪つけられてリード握られているふうに見えるのかも……
「そうですね……」
肩を落としていう僕を、ロヴァウク殿下が睨んでいる。
「俺の誘いを断っておいて、その犬とは行くのか?」
「そ、そういうわけじゃないです……だけど、殿下のお世話は僕がすることになっているし、僕が反逆者として断罪された頃から、ずっと一緒にいたんです。たまに魔物退治に出た時は、魔物の位置を知らせてくれたりしていたんですよ」
「……ライイーレとは、魔物退治に行ったことがあるのか?」
「はい。普段は納屋にいてもらうんですが、一人でいると危ない時なんかは、一緒に巡回に行ったり……し……て……?」
な、なんだか、ロヴァウク殿下が僕を見下ろす目が怖い。な、なんか怒ってる? 僕、何か変なこと言ったか?
だけど、ライイーレ殿下は嬉しそう。僕の鼻先に、大きなフランクフルトを突き出して、すすめてくれる。
「レクレット! これ、おいしいよ! 食べてみて!」
「ありがとうございます。殿下」
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