虐げられた僕は、ライバルの最強王子のパーティになんて入りません! 僕たちは敵同士です。溺愛されても困ります。執着なんてしないでください。

迷路を跳ぶ狐

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29.俺を差し置いて

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 男は黙りを決め込んでしまう。
 子爵からの刺客であることは間違いない。ベラベラ話すはずはないと分かっていたが、これでは困る。

「あの……名前はなんて言うんですか?」
「忘れたよ……名前なんて……」
「刺客だから話せないだけですよね?」

 子爵の関係者なら、警備隊に突き出すのはやめた方がいい。また裏から手を回されて、すぐに釈放になる可能性がある。

 それならと、僕は男を見下ろし、立ち上がった。

「ロヴァウク殿下のところに行きましょうか……」
「チミテフィッド!」
「へ? 何ですか?」
「俺の名前だよ!! 名乗っただろ!? だからロヴァウク殿下に突き出すことはやめてくれ!!」
「え? あ……えっと……名前を聞いても答えてくれないから殿下に引き渡すって言ってるんじゃありません。殿下の名前を脅しに使ったわけでもありません。子爵のところから来たなら、事情を知っているロヴァウク殿下に突き出そうと思っただけです」
「そんなぁーー……君は知らないんだよ!! あの王子は加虐趣味の外道だよ!?」
「外道ではないし、殿下の趣味は今は関係ありません」

 僕は、彼の口を魔法で動かないようにして、ロヴァウク殿下に振り向いた。
 彼のところへ連れて行くのが一番なんだろうけど、困った。

 殿下の周りに、魔法使いたちがいる。多分、貴族なんだろうけど、僕の知らない人たちだ。
 警備隊に所属してから、貴族たちに会うことはあったし、その噂を聞くこともあった。だけどそれまでは、王城でライイーレ殿下のために働いていた時には、地下にいるか、素材を集めるために一人で出かけることが多かったし、そこへ行く前は、家の召使い以下に扱われていたから、貴族と知り合う機会なんて、ほとんどなかった。

 殿下の周りにいるのが、どういう人なのか分からないと、簡単に子爵の名前は出せない。例えば、あそこに子爵の関係者がいて、殿下が何かを聞き出している最中だったら、僕が今出て行って、子爵からの刺客だ、なんて言ったら、殿下の邪魔をしてしまうかもしれない。

 王家を陥れようとしている男を捕まえたって言って、ロヴァウク殿下にだけ、子爵のことを話すか。

 すでに体は魔法で強化している。男をロヴァウク殿下のところまで運ぶことくらい簡単だ。

 僕は、動けないままの男を担ぎ上げた。

 すると、リュックの中からライイーレ殿下が飛び出してくる。

「レクレットー、リュックが潰れちゃう!」
「すみません。これから、ロヴァウク殿下のところに行きます」
「え? なんで? もう見つかってるよ?」
「え!!??」

 慌てて、顔を上げた。すると、僕の目と鼻の先に、ロヴァウク殿下が立っている。

「うわっっ……!」

 つい、男を担いだまま、飛び退いてしまった。

 さっきまでテーブルで優雅にお茶を飲んでいた殿下は、相変わらずのすごい威圧感で、僕と向かい合っている。
 藍色の長い髪が揺れて、金色の王家の紋章が描かれたローブが風に靡いていた。
 その冷たい目でこうして見下ろされているだけで、震え上がりそうになるけど、なんだか、懐かしく感じる。あの街での一件から、そんなに時間は経っていないはずなのに。

 だけど今日は、その目の冷たさがさらに増している気がする。

「遅いぞ。レクレット」
「お、遅いって…………ま、待ち合わせをしていたわけではないですよね?」
「黙れ!」

 なんだか分からないけど、殿下はひどく怒っているらしい。どすの利いた声で言って、僕に近づいてくる。

「貴様、俺がどれだけ待ったと思っている?」
「え? え!? ど、どれだけって……い、言われても……」
「貴様があまりに遅いから、こうして食事をしながら待っていてやったのだぞ」
「し、食事!? え!!?? で、殿下、僕のこと、ずっと待ってたんですか!?」
「……貴様が来ないからだ。貴様の方が先に出発したのに、いつまでも追いついてこないとは何事だ?」
「そんなことを言われても……」
「あまりに遅いから、ここで会議を始めたところだ」
「えええっっ!!?? ぼ、僕を待って、ここで会議をしていたんですか?」

 わざわざテーブルとかも全部持ってきて、僕を待って食事と会議してたの!? じゃあ、ここにいる人たちって、そのために集められたのか!?

 僕は震え上がった。

 王族と貴族が集まって、みんなで僕を待っているなんて、聞いてない。それならそうと言ってくれ! もっと急いだのに!

 だ、だけど僕ら……別に待ち合わせをしていたわけじゃないはずなのに……

 それでも、テーブルの周りのみんなを巻き込んで待たせてしまったなんて、ひどく申し訳ない。

 殿下と一緒にテーブルについていた人たちが、異常に気づいて、こっちに駆け寄ってくる。

 知らない人ばかりだが、彼らは王子殿下と同じテーブルにつくような人たちだ。よほど優秀な魔法使いか、名のある貴族なのだろう。

 そんな人たちが、みんなで僕を待っていたなんて……

 い、嫌な汗がダラダラ出てきた。

 僕なんて、ついこの間まで反逆者と罵られ、町中から見下される奴隷だった男だ。
 今だって、ボロボロのリュックを持って汚れた格好で立っているのに、そんな僕を、王族と貴族たちが待っていたなんて。

 僕はどうすればいいんだ。
 今すぐに誰からも見えなくなりたい。

 恐る恐る頭を下げずにはいられなかった。

「……ご、ごめんなさい……」
「その上、俺をこれだけ待たせておいて、何を担いでいる?」
「へ!? あ、か、彼はっ……」
「貴様……俺をこれだけ待たせて、別の男と勝負をしていたのか?」
「は!? え……ち、違います!! この男は……」
「向こうから見えたぞ。貴様が、その男から短剣を取り上げるのをな……」
「あ、あれはっ……」
「随分と楽しそうなことをしているじゃないか……貴様をずっと待っていた俺を差し置いて、その男と楽しく遊んでいたのか…………」
「ほ、本当に、違います! 僕の話を聞いてください!!」

 僕は一体何を怒られてるんだ!! 待たせたからか!? 違うだろ! そもそも僕らは敵同士のはずなのに……なんで殿下はこんな怖い顔してるんだ!
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