虐げられた僕は、ライバルの最強王子のパーティになんて入りません! 僕たちは敵同士です。溺愛されても困ります。執着なんてしないでください。

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
上 下
29 / 117

29.俺を差し置いて

しおりを挟む

 男は黙りを決め込んでしまう。
 子爵からの刺客であることは間違いない。ベラベラ話すはずはないと分かっていたが、これでは困る。

「あの……名前はなんて言うんですか?」
「忘れたよ……名前なんて……」
「刺客だから話せないだけですよね?」

 子爵の関係者なら、警備隊に突き出すのはやめた方がいい。また裏から手を回されて、すぐに釈放になる可能性がある。

 それならと、僕は男を見下ろし、立ち上がった。

「ロヴァウク殿下のところに行きましょうか……」
「チミテフィッド!」
「へ? 何ですか?」
「俺の名前だよ!! 名乗っただろ!? だからロヴァウク殿下に突き出すことはやめてくれ!!」
「え? あ……えっと……名前を聞いても答えてくれないから殿下に引き渡すって言ってるんじゃありません。殿下の名前を脅しに使ったわけでもありません。子爵のところから来たなら、事情を知っているロヴァウク殿下に突き出そうと思っただけです」
「そんなぁーー……君は知らないんだよ!! あの王子は加虐趣味の外道だよ!?」
「外道ではないし、殿下の趣味は今は関係ありません」

 僕は、彼の口を魔法で動かないようにして、ロヴァウク殿下に振り向いた。
 彼のところへ連れて行くのが一番なんだろうけど、困った。

 殿下の周りに、魔法使いたちがいる。多分、貴族なんだろうけど、僕の知らない人たちだ。
 警備隊に所属してから、貴族たちに会うことはあったし、その噂を聞くこともあった。だけどそれまでは、王城でライイーレ殿下のために働いていた時には、地下にいるか、素材を集めるために一人で出かけることが多かったし、そこへ行く前は、家の召使い以下に扱われていたから、貴族と知り合う機会なんて、ほとんどなかった。

 殿下の周りにいるのが、どういう人なのか分からないと、簡単に子爵の名前は出せない。例えば、あそこに子爵の関係者がいて、殿下が何かを聞き出している最中だったら、僕が今出て行って、子爵からの刺客だ、なんて言ったら、殿下の邪魔をしてしまうかもしれない。

 王家を陥れようとしている男を捕まえたって言って、ロヴァウク殿下にだけ、子爵のことを話すか。

 すでに体は魔法で強化している。男をロヴァウク殿下のところまで運ぶことくらい簡単だ。

 僕は、動けないままの男を担ぎ上げた。

 すると、リュックの中からライイーレ殿下が飛び出してくる。

「レクレットー、リュックが潰れちゃう!」
「すみません。これから、ロヴァウク殿下のところに行きます」
「え? なんで? もう見つかってるよ?」
「え!!??」

 慌てて、顔を上げた。すると、僕の目と鼻の先に、ロヴァウク殿下が立っている。

「うわっっ……!」

 つい、男を担いだまま、飛び退いてしまった。

 さっきまでテーブルで優雅にお茶を飲んでいた殿下は、相変わらずのすごい威圧感で、僕と向かい合っている。
 藍色の長い髪が揺れて、金色の王家の紋章が描かれたローブが風に靡いていた。
 その冷たい目でこうして見下ろされているだけで、震え上がりそうになるけど、なんだか、懐かしく感じる。あの街での一件から、そんなに時間は経っていないはずなのに。

 だけど今日は、その目の冷たさがさらに増している気がする。

「遅いぞ。レクレット」
「お、遅いって…………ま、待ち合わせをしていたわけではないですよね?」
「黙れ!」

 なんだか分からないけど、殿下はひどく怒っているらしい。どすの利いた声で言って、僕に近づいてくる。

「貴様、俺がどれだけ待ったと思っている?」
「え? え!? ど、どれだけって……い、言われても……」
「貴様があまりに遅いから、こうして食事をしながら待っていてやったのだぞ」
「し、食事!? え!!?? で、殿下、僕のこと、ずっと待ってたんですか!?」
「……貴様が来ないからだ。貴様の方が先に出発したのに、いつまでも追いついてこないとは何事だ?」
「そんなことを言われても……」
「あまりに遅いから、ここで会議を始めたところだ」
「えええっっ!!?? ぼ、僕を待って、ここで会議をしていたんですか?」

 わざわざテーブルとかも全部持ってきて、僕を待って食事と会議してたの!? じゃあ、ここにいる人たちって、そのために集められたのか!?

 僕は震え上がった。

 王族と貴族が集まって、みんなで僕を待っているなんて、聞いてない。それならそうと言ってくれ! もっと急いだのに!

 だ、だけど僕ら……別に待ち合わせをしていたわけじゃないはずなのに……

 それでも、テーブルの周りのみんなを巻き込んで待たせてしまったなんて、ひどく申し訳ない。

 殿下と一緒にテーブルについていた人たちが、異常に気づいて、こっちに駆け寄ってくる。

 知らない人ばかりだが、彼らは王子殿下と同じテーブルにつくような人たちだ。よほど優秀な魔法使いか、名のある貴族なのだろう。

 そんな人たちが、みんなで僕を待っていたなんて……

 い、嫌な汗がダラダラ出てきた。

 僕なんて、ついこの間まで反逆者と罵られ、町中から見下される奴隷だった男だ。
 今だって、ボロボロのリュックを持って汚れた格好で立っているのに、そんな僕を、王族と貴族たちが待っていたなんて。

 僕はどうすればいいんだ。
 今すぐに誰からも見えなくなりたい。

 恐る恐る頭を下げずにはいられなかった。

「……ご、ごめんなさい……」
「その上、俺をこれだけ待たせておいて、何を担いでいる?」
「へ!? あ、か、彼はっ……」
「貴様……俺をこれだけ待たせて、別の男と勝負をしていたのか?」
「は!? え……ち、違います!! この男は……」
「向こうから見えたぞ。貴様が、その男から短剣を取り上げるのをな……」
「あ、あれはっ……」
「随分と楽しそうなことをしているじゃないか……貴様をずっと待っていた俺を差し置いて、その男と楽しく遊んでいたのか…………」
「ほ、本当に、違います! 僕の話を聞いてください!!」

 僕は一体何を怒られてるんだ!! 待たせたからか!? 違うだろ! そもそも僕らは敵同士のはずなのに……なんで殿下はこんな怖い顔してるんだ!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ツンデレ神官は一途な勇者に溺愛される

抹茶
BL
【追記】センシティブな表現を含む話にはタイトル横に※マークを付けました。【一途な勇者×ツンデレ神官】勇者として世界を救う旅をするルカは、神官のマイロを助けたせいで悪魔から死の呪いを受ける。神官と性行為をすれば死のリミットを先送りにできると知り、呪いを解く旅にマイロも同行することに。うぶなルカは一目惚れしたマイロに(重い)好意を寄せるが、何度か肌を合わせてもマイロはデレる気配がなく…… 第9回BL小説大賞にエントリーしました! よろしくお願いします!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...