22 / 117
22.王子に逆らっているとは思えないほどに
しおりを挟む完全に引いてしまった僕だけど、殿下はあくまで楽しそう。
そんな殿下に、横にいた伯爵が遠慮がちに言った。
「し、しかし、殿下……この者は、殿下に剣を向けたのです。それに、この男はレクレットです。第一王子であるライイーレ殿下を誘惑し、陛下の暗殺を企んだ反逆者ではありませんか」
「黙れ…………レクレットは、反逆者などではないっっ!!」
大通りに響き渡るような声で、殿下が宣言する。
思いもよらなかったであろう言葉に、伯爵は驚いて、口を開けたまま何も言えなくなっていた。
集まった魔法使いたちも兵士たちも、警備隊も街の人たちも、何を言われたのか、分からないようだ。
何しろ、あの反逆騒ぎの時に、ライイーレ殿下を拘束したロヴァウク殿下が、あの事件の首謀者は、僕ではないと宣言したのだから。
だけど、一番焦ったのは、絶対に僕だ。
何言ってるんだ!? ロヴァウク殿下は!
第一王子が反乱を企んだなんて、王家には不利な話じゃないのか!?
それなのに、こんなに人が集まった大通りで、王族であるロヴァウク殿下が、僕の反逆を否定する宣言をするなんて……
唖然とする一同の前で、殿下は伯爵に振り向く。
「そうだな? ディロヤル伯爵」
「へっ……!? い、いや……そ、そそ、それは……」
「どうなんだ?」
「あ、あの……その……」
殿下に睨まれて、伯爵はしどろもどろだ。
あまり知られてはいないが、伯爵は、ライイーレ殿下を次期国王に擁立しようとした貴族たちのうちの一人。表立ってそんな声をあげたり、あからさまにライイーレ殿下の研究の支援をしたりはしていなかったが、ライイーレ殿下に多くの魔法の薬を渡していたのは彼だったはず。
ただでさえ、そんな事情があって、ロヴァウク殿下とはあまり顔を合わせたくないだろうに、懇意にしている子爵が、今回捕縛された人買いたちに関与していたことが明らかになった今、殿下に睨まれたりしたら、生きた心地がしないだろう。
「そ、そ、そうですね……殿下のおっしゃる通りでございます……」
伯爵が、公衆の面前で認めた。ロヴァウク殿下の言うとおりだと。僕は、反逆者ではないと。
誰もが驚いていた。顔色を変えている人もいる。
集まった人たちの中には、反逆者には当然の罰だと言って、僕を公然と嬲り物にしてきた奴らもいた。彼らにしてみれば、勝手に掲げた大義名分が消えたも同然だ。
驚きのあまり、立ち尽くす僕。
一体、何が起こっているんだ。
動けなくなってしまった僕に、ロヴァウク殿下が近づいてくる。
「レクレット……」
「……は……はい……」
「貴様は、反逆者ではない。貴様にかけられた疑いは、俺が晴らしてやろう。代わりに、貴様は俺と戦え」
「殿下…………」
どうしよう……何を言われているのか、すぐには理解できない。
僕が、反逆者じゃない?
そんなこと、これまで何度も叫んだ。だけど、一緒にそう叫んでくれる人なんて、誰もいなかった。
だめだ。泣きそう。
溢れてくる思いと涙に、必死に耐えた。
泣いている僕なんて、殿下だって、見たくはないだろう。
僕は、ロヴァウク殿下に頭を下げた。
「あ、ありがとう…………ございます……殿下…………」
「急に大人しくなったな。爪を立てるばかりだったくせに」
爪って……僕は猫か。そんなことしていないのに。
からかうように言われて、僕は少し、冷静さを取り戻した。
「お、大人しくなったのではありません……う、嬉しかっただけ、です…………反逆者だってこと、否定してくれて……」
「……泣いて喜ぶなら、今からでも従者にしてやるぞ」
「……なりません」
流れかけていたものを拭う。
まだ従者にしてやると繰り返す殿下の言葉が、ひどく温かく感じた。
僕は、顔を上げる。
目の前のロヴァウク殿下の顔が、ちゃんと見えた。僕の手を引いて、雨の中歩いていた時と同じなのに、なんだか楽しそうだ。
僕もいつのまにか、王子に逆らっているとは思えないほど力が抜けて、顔も綻んでいた。
「ぼ、僕は……っ!! 討伐隊に参加するんですっっ……!! 荒野の城にたどり着くのも、そこで腕を認められるのも…………僕ですっ!!!! 殿下には、負けませんっっ!!」
114
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる