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16.俺が黙らせてやろう

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 ロヴァウク殿下に睨まれた警備隊長は、殿下の横暴な態度にも何も言えないようだ。
 きっと、殿下の視線には毒でも仕込んであるんだ。
 殿下に睨まれただけで、警備隊長は震え上がる。

 その気持ちは分かる。僕だって殿下に睨まれていると、心臓が冷たくなるような気がするから。

 おろおろするばかりの警備隊長に、殿下は追い詰めるように近づいていく。

「この街の裏通りのことは聞いていたが、それ以上にひどい。俺とも気づかずに、こんなところに誘い込むとは……」
「そ、それは……こ、困ったもので…………わ、我々も取り締まりを強化しているのですが……な、なかなかなくならず…………」
「……貴様……俺を誤魔化せると思っているのか?」
「ひっ……!! な、なな、何のことでしょう……?」
「貴様ら、ろくに街の巡回もしていないだろう。レクレットに全て押し付けて、貴様らは何をしている?」
「そ、そんなことはっ…………」
「今朝、街には誰も警備の者がいなかった。それとも貴様は、俺の見間違いだと、そう言うのか?」
「い、いえ…………な、なに分、こちらも人手不足でして…………」
「その割に、貴族の連中には、隋分と細やかな対応をしているようだなあ……港で没収した物も、あっさり返したのか?」
「な、なぜそれをっ……!」
「やはり、返したのか?」
「それは…………わ、我々も、出来ることとできないことがございます…………い、違法でないものを、いつまでも保管しておくわけには……れ、レクレットからお聞きになられたのですか?」
「この街のことは、ここに来る前に聞いていた。港の積荷の動きも、裏通りの惨状も、街の荒れ具合も。街で魔物退治を任されているのは、このレクレットだけか?」
「そ、そんなことは…………レクレットから聞かれたのですか!!??」
「俺は王だ。その程度の情報、王宮で黙っていても入ってくる」
「……」
「街での取り締まりも、レクレット一人に押し付けてばかりで、ろくに行われていない。なるほど、朝っぱらから、とぼけた売り文句で近づく下衆どもが蔓延るわけだ」
「…………それは……」

 ついに黙って俯いてしまう警備隊長に、殿下は右手を突き出す。

「さあ、出してもらおうか?」
「な、何をですか?」
「レクレットに払うべき給料と、支給されるべき装備、それに、回復のための薬だ」
「わ、我々は、全て彼に渡しました!」
「それが本当なら、豪雨の中、薄汚れた布を傷に巻き付けてほうきを動かしているはずがない。この男は、回復の魔法もろくに使えないくせに、これから旅に出るという時に持っていたのは小さな瓶一つだけだ。金があるなら、回復の薬は一番に用意するはずだ。持っている荷物も、その汚いリュック一つ。貴様ら、レクレットに支給されるべきものを、すべて横取りしていたな?」
「そんなっ…………! ち、違いますっ……!」
「……それは、俺を誤魔化せると思ってほざいているのか?」
「それはっ……!」

 真っ青になって震えだす隊長に、殿下が手を差し出すと、その手から、あの水のようなものが溢れ出し、隊長を包んでしまう。

 その不気味な光景を見て、警備隊の面々は悲鳴を上げて隊長から遠ざかる。

 一人だけ殿下の魔法に捕まってしまった隊長は、逃げて行った隊員たちを涙目で怒鳴りつけていた。

「お、お前たちっ……! は、薄情だぞっ……!! うわっ……!」

 隊長を包んだ水が消えていくと、裸にされてしまった隊長が、一人でそこに残されていた。

「な、な、何をっ……」

 隊長を包んでいた水は、殿下のところへ飛んでくると、さっき隊長が着ていた物と持っていた物に姿を変えて、殿下の手に落ちてくる。

「貴様らが横取りしたものの代わりに、装備と魔力をいただいただけだ。これでは足りないな……」

 ロヴァウク殿下は、今度は隊長の後ろで震えている隊員にまで手を伸ばそうとする。

 僕は焦った。そんなことをされたら、魔物とも、さっきみたいな奴らとも戦えなくなる。

「で、殿下っ……! やめてくださいっ……! ぼ、僕、そんなのなくても自分でなんとかしますっ……!」
「俺の街を守る働きに正当な対価を用意することは、王である俺の義務だ」
「で、殿下はまだっ……国王ではないのではっ……!」
「いずれそうなる。王は俺だ」
「そんな無茶苦茶なっ……!!」

 僕が叫んだって、殿下はちっとも聞いてくれない。それどころか、僕をあっさり抑え込んで猿轡を噛ませた上に、後ろ手に拘束してしまった。

 何するんだこの人!

 僕を黙らせた殿下は、警備隊の面々に振り向く。

「次はどいつからもらおうか? 貴様にするか?」

 そう言って、殿下が、昨日僕を背後から魔法で撃った男に振り向くと、あっという間にそいつも裸にされてしまう。

 ついに、警備隊長が叫んだ。

「か、金なら砦に帰れば払えます!! 装備や薬も用意します! どうかもうお許しください!!」
「だったら早く行け。使い魔に持たせて、レクレットのところまで運ぶんだ」

 殿下が手を下げると、警備隊たちは我先にと砦の方に帰っていく。
 また取り残されてしまった警備隊長も、殿下に服を返してもらうと、慌てて隊員たちの方に走っていった。

「お、お前たちっ……! 待て! 俺だけ置いていくな!」

 早くこの場から逃げたいであろう警備隊長に、殿下が背後から声をかける。

「おい。警備隊長」
「すぐにご用意いたしますので、ほんの少しだけお待ちください!」
「貴族連中が何か言ってきたら……特に、どこかの小うるさい子爵が文句を言ってきたら、俺の名前を出して城に来るように言え」
「……殿下…………ご、ご存じだったのですか……?」
「没収したものの件で、子爵から抗議がきたのだろう? 先ほど拘束した連中にも、貴族の客がついている。あんな連中を拘束するたびに、貴族どもから何かと理由をつけては解放を求められた挙句、警備隊の横暴で無実の者が拘束されたと喚かれては、士気も下がるだろう。そういう連中の差金で、支給されるものも減っているのではないか?」
「……」
「余計なことを言う連中は、俺がすべて黙らせてやる。代わりに貴様らは、俺の街を守れ」
「…………はい……」

 警備隊長は、小さな声で返事をして頭を下げて、砦の方へ走っていった。
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