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一章
4.待てよ!
しおりを挟む俺は、そいつを担いだまま走った。
「川っ……!! 水っ……!! 水ーーーー!!」
叫んで探していたら、背中に担いだ男に「うるせえ」って言われた。だけど、俺の背中で暴れたりはしない。寄りかかってぐったりしてる。さっき見た時は怪我してないから大丈夫、なんて思ったけど、怪我をしていなくても重傷ってことは結構ある。回復に魔力を使いすぎて動けなくなることもあるし、それは魔力を生命の源とする魔族には致命傷にもなり得る。こいつ、魔族なのか……?
しばらく岩ばかりの地面を走ると、霧が晴れて、かすかに水の音がした。それだけを頼りに走ると、少しして、川が見えてきた。
柱のような形の岩がいくつも連なる、岩の森みたいなところを水が流れ、その近くには見たこともない植物や、変な形のキノコが群生していた。
「やった……か、川だ……」
さすがに人一人担いでこんなところまで走ると疲れる……足はもつれてフラフラだ。
「いって……」
ズキズキする痛みに耐えて、リュックから出した回復薬をそいつに飲ませる。だけど、これは魔力は回復しないんだ。
魔力の代わりになるもの……試してみるか!!
川の水に服をつけ、そいつの体を丁寧に拭く。
このあたりは、魔石が多く取れる岩山らしい。魔石の魔力が染み出した川の水なら、種族によっては回復効果がある。
男は、やっと呻きながらも起き上がった。
「……うっ……」
「大丈夫っすか?」
「…………うるせぇ……俺様の魔力が戻ったら黒焦げにしてやる……」
そう言って、そいつは俺を睨みつけてくる。
……なんでこんなにキレてるんだ……? 俺はこいつを助けただけなのに。
「覚えてろって、何をだよ? あ!! 俺が助けたことか!?」
「ふざけるな!! もう忘れたのか!! さっき俺を蹴っただろ!」
「あ? そうだったか?」
「……お前……」
「代わりにここまで運んだだろ!! フィアデス!」
「……てめえ…………なんで俺の名前知ってやがる……」
「そ、そんな怖い顔すんなよ……俺も同じ領主様に仕えてたから知ってるだけだ。俺はダフィト。雑用係だったんだ」
「話しかけんな。雑用」
「雑用って言うな!! ダフィトだよ!!」
「うるせえっ! 俺に何の用だ!?」
「……すっげー元気になったな……お前……」
「聞いてんのか!?」
俺に向かって怒鳴るそいつは、さっきまでぐったりしていたとは思えない。あの回復薬と川の水、そんなに効いたのか?
「やっぱりお前、魔族なのか? 俺は人族! 魔法はあんまりうまくないけど、剣ならちょっとは使える!」
「あー!! うるせえ!! いきなり自分の手の内見せて、馬鹿じゃねえのか!?」
「だって同じ部隊じゃないか。隠してどうすんだよ」
「……バーカ……」
「なんでだよ!!」
「俺は魔族じゃねえ」
「そうなのか? じゃあ、種族は何だよ?」
「誰が言うか」
「種族くらい教えてくれてもいいだろ! 俺も教えたんだから!!」
「……」
フィアデスは無言でそっぽを向く。
教える気ないな。こいつ……
相手がどの種族であるかは、重要な情報だ。それが分からないと、相手がどんな攻撃を仕掛けてくるかも分からない。そんな状況で、向かい合って話をするのは結構勇気がいる。だから種族を教えないっていうのは、かなり強い拒絶の意思表示なんだ。
そいつは、俺を睨みつけて立ち上がる。
本気で殴りかかってくるんじゃないかと思ったけど、俺の背中が急に温かくなった。何かで包まれているようで、思わず目を閉じる。そしたら体が急に楽になって、いつのまにか俺の傷は全部消えていた。あれだけ酷かった傷が、全部塞がっているなんて、相当高度な回復の魔法だ。
驚いて顔を上げたら、フィアデスは、赤い顔をして俺から顔を背ける。
すっげー愛想ないけど、俺のことを助けてくれたらしい。
「お前……すげえんだな!!」
俺は感動して言っているのに、そいつはそっけなく答える。
「……雑用に借りを作りたくねえだけだ」
「雑用関係ねえだろ!!」
「なんで人族の雑用がこんなところにいるんだ?」
「……そんなの、俺が聞きてえよ……」
俺は、これまであったことを話した。魔法使いにリストにある物を借りに行くこともだ。
そしたら、フィアデスはため息をついた。
「バーカ……」
「はあ!? 何がだよ!!」
「そんなの嘘に決まってるだろ……任務を達成したら、なんて口から出任せだ。たとえばてめえが任務を成し遂げたとしても、果たせば無罪なんて約束、守ると思ってるのか? そのランファルジって野郎に騙されてんだろ」
「ランファルジさんは、俺を騙したりしねえ!!」
「そーかよ」
「ま、待てよ! お前、これからどうするんだ?」
「あ? 城に帰るんだよ」
「城? 帰るなら、城はあっちだぞ」
「……領主の城じゃねえ。俺はそこから逃げてきたんだ」
「は? に、逃げてきたって……」
驚く俺に、その男は意地悪げに笑う。
「……俺は間者だ」
「か、かんじゃ?」
「てめえがこれから行く、廃墟の街の魔法使いから、領主の城にある書物を盗み出してくるように言われて、てめえらの城に潜り込んでたんだよ」
「はあ!? お、お前、泥棒なのか!?」
「ああ。そうだ。それがバレそうになって逃げてきた」
「な、なんだよそれ……う、嘘だ!! 俺をからかってるんだろ!! そんな話、聞いたことないぞ!!」
「聞いたことなくてもそうなんだよ。領主のそばに泥棒がいたなんて、知られるわけにはいかねえんだろ」
「それは……」
確かにその通りだ。領主様のそばに、間者がいたなんて、外に知られるわけにはいかない。外部に警備の甘さを知らしめることになる。もしもそんなことがあれば、密かに処理されることになるはずだ。
じゃあ……泥棒って、マジなのか?
「分かったら失せろ」
そう言って、そいつは俺に背を向けて歩き出す。だけどそんな奴、放っておけるかよ!
「お、おい! 待てよ!!」
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