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50.魔物退治にきました!
しおりを挟む城から出た僕は、小さな竜の姿のアンソルラ様を連れて、街の中を走っていた。
すでに街には結界を張っている。砦で、似たような魔物と戦っていてよかった。またあの時みたいに街が毒の魔物の魔力で満たされないように、いち早く結界を張ることができた。
けれど、小さな街とはいえ、全体を覆う結界を維持しながら、魔物と戦うのは大変。あの毒の魔物、砦で見たものに似ているけど、あれよりさらに強力だ。その上、砦にいた魔物たちを連れて移動していたらしく、そいつが連れてきた魔物が街に降りてきている。どれだけ魔物いるんだよ! この領地!!
街と森の境界辺りにはヴォーヤジュ様が魔法使いたちを連れて行ってくれた。毒の魔物の相手はウェクトラテス殿下が中心になってしてくれている。空には、まだあの毒の魔物が飛んでいるけれど、すでにウェクトラテス様たちの魔法で、かなり力を失っているようだ。この分なら破壊までに時間はかからなそう。
毒の魔物が街に向かって毒の弾を撃ってくる。それを魔法で破壊して、魔物を見上げていたら、背後から、小さな声がしたような気がした。
振り向くと、路地の方から小柄な男の人が、顔を出している。足元には、小さなかごが落ちていた。
逃げ遅れたのか!? あんなのが急に現れたんだ……足くらいすくむよな。
僕は、その人に向かって走った。すると、彼は立てないまま、それでも僕から離れようと後退りしながら、ひどく震え出す。
「ひっ…………あ、悪徳令息っ……!」
「…………」
僕のこと、怖いんだ……
悪い噂しか聞かない人が、あんな魔物が突然現れた日に駆け寄ってきたら怖いよな……
「大丈夫です……僕、何もしないので…………」
「ひっ……」
怯えるその人の様を見ると、胸が痛い。そんな風に怯えられて苦しいのに、怯える様子が自分みたいで。
できるだけ優しく、その人に声をかけながら、手を伸ばす。
だけど、その人は、僕に背を向けて、路地の奥へ逃げていこうとする。そっちは危ない。魔物が集まっている可能性がある。
「あ、あのっ…………待ってっっ!! 僕っ……ま、魔物退治のバイトのトルでーーーーすっっ!!」
思いっきり叫んで、僕は、手近にあったゴミ捨て場に捨てられていたボロボロのマントをかぶった。
すると、逃げて行った人は立ち止まって、振り向いてくれた。
「トルフィレじゃないです!! だから! 大丈夫です!!」
「トルフィレ様……」
「…………」
……そうだよね。分かるよね。自分でも、そう思う。
だって、僕じゃなかったら立ち止まってくれると思ってえぇぇぇっ……! 殿下だって、こんな感じでアフィトシオを誤魔化したみたいなこと言ってたし!!
……僕がやっても、殿下みたいにはいかないか…………そもそも殿下の時も全然隠せてなかったし!
相手の人だって、絶対アフィトシオみたいに酒飲んでないし、そもそも出会い頭にバレてるのに、今更正体隠そうとしてどうする!!??
僕、恥かいただけだ!!
恥ずかしすぎて涙目になりそうだけど、そんなことしてたら魔物にやられる。
相手の人、立ち止まってくれたし、もうそれでいい! これまでの悪評に比べれば、変な人っていう評判が増えることくらい、なんでもない!!
僕は、その人の手を握った。
「大丈夫です! 僕、トルフィレだけど、家まで送ります!! あ、み、見つからないようにもしますから!! 大丈夫です! 魔物退治の援軍が来てくれているので!!」
「え……援軍?」
彼が、空を見上げる。そこではウェクトラテス様と魔法使いたちが、毒の魔物と戦ってくれている。
「だ、第一王子殿下のウェクトラテス様です……あと、貴族の魔法使いの方々も……」
僕が説明すると、その人は、顔色を変える。
「だ、第一王子っ……!? ウェクトラテス様!??」
「は、はい!! だからもう、大丈夫です!!」
「……」
その人は、かなり戸惑っているようだけど、もう逃げる意思はないみたいだ。
王家の名前、すごいな……最初から、こうすればよかった……ほんの少し前の記憶を消したい……
「と、とにかく、家まで送るので…………今は危ないので、家から出ないで……」
いいかけたら、路地の奥の方にまだ人がいるのが見えた。
「あ、危ないのでっ…………家から出ないでっ……!!」
叫ぶと、その人はすぐに、僕に背を向けて逃げていく。
「ま、待って……!」
叫んで手を伸ばそうとしたけど、逃げていくその人まで、かなり距離がある。僕の手が届くはずもない。
すると、路地の奥から現れた人が、その人を捕まえて担ぎ上げた。ヴォーヤジュ様だ。
「逃げるな。面倒くさい」
「ひっ……は、離せっ……!」
その人は怯えているのか、ヴォーヤジュ様に担がれたまま暴れている。だけどヴォーヤジュ様は物ともしない様子で、その人を担いだまま、僕の方に歩いてくる。
「トルフィレ、大通りの方はどうだ?」
「向こうに魔物はいません! だけど、みんな怯えてるみたいで……」
さっき僕が見つけた、小柄な男の人も、僕にしがみついてきた。みんな、怖いんだ。さっき逃げようとした人も、ヴォーヤジュ様に担がれたまま暴れている。なんとかして、みんなを安心させなきゃ。
だけど何も思いつかなくて、せめて僕はその場で声を張り上げた。
「あのっ……だ、大丈夫なのでっ…………うわあああ!!」
叫ぼうとしたら、アンソルラ様が、あの砦で見たような巨大な竜の姿になって、僕を自らの背中に向かって放り投げた。
「うわああああっっ…………え!?? な、なにっ……!」
気づいたら、僕は、大きな竜になったアンソルラ様の背中にいた。
アンソルラ様は、背中の僕に向かって叫ぶ。
「言いたいことがあるんだろう! 俺が協力してやるっっ!!」
「え……え!? は、はいっっ!!」
なんだかよく分からないけど、僕は巨大な竜になったアンソルラ様の背に乗り、周りを見渡し叫んだ。
「みなさんっ……! 家の中にいてください!!!! 魔物は必ず、僕たちが倒します!!」
その声は、確かに僕の声なのに、そうとは思えないほど、夜の中を通ったように聞こえた。家から出ようとしていた人たちは中に戻り、周辺の民家がカーテンを閉めていく。よかった……
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