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48*ロティンウィース視点*隅々まで
しおりを挟むトルフィレの手を握るたびに、胸が痛かった。そのまま、城に連れて帰りたいとも思った。
唯一良かったのは、再会してから、あいつが何度も笑顔を見せてくれたことだ。少しくらいは、俺もあいつの力になれたような気がした。
それでも、あいつはたまに苦しそうな顔をする。ディラロンテたちが現れると、いつも怯えたような目をする。
俺は、目の前の男を睨んだ。
その男は、先ほどまでの余裕の態度が信じられないほど、冷や汗をかいている。
トルフィレはずっと、この男たちに搾取されてきたんだ。叫んだところで、押し付けられた悪評のせいで、誰も聞いてはくれなかったのだろう。
それなのに、なぜこの男は、今も扉を開いて逃げられる気でいるんだ。
俺が魔力を操ると、その男の全身を、鎖が縛り付ける。こんなものでは足りないのに、その男はすぐに慌て始めた。
「……で、殿下っ…………な、何をなさるのですっ…………」
「…………なあ……ディラロンテ…………こんなの、おかしいだろう? 馬鹿げている。なぜお前だけ逃げようとしているんだ?」
「に、逃げる!? い、一体、何のこと…………」
「今、扉に手を当てて、鍵の魔法を解こうとしていただろう。気付かないとでも思ったか? 今更逃すか。どれだけこの時を待ったと思っているんだ。悪徳令息に魅了された狂人と後ろ指を指されながらもお前を追ったのは、なぜだと思っているんだ? 全部……この時のためだっっっっ!!」
「ひっ……!」
「トルフィレは、あんなに強いのに、ずっと怯えている。俺の前でも、急に怯え出しては俯いてしまう。きっと怖いんだ、人が。城から離れて俺といる間も、お前たちがいない間も、あいつはずっと怯えている。だから、思ったんだ。お前という存在を、この世から消すしかないと」
「は!!??」
「そうだろう? お前というものがこの世から消えれば、あいつは怯えなくて済む」
「…………で、殿下……な、何を…………何をおっしゃっているのか…………何か、ご、誤解されているのでは…………」
「誤解? 俺が? ああ……そうだな。やはり、そういうこと言い出すのだろうと思っていた…………」
「何をおっしゃっているのでっ…………!」
ついに、そいつが言葉を切った。
口が自由に動かないのだろう。
話しながら、その男の体には、俺の魔力を絡み付かせておいた。ブラットルとは警戒心が段違いのこの男を捕まえるには、注意をこちらに引き付ける必要があったからだ。
ここまで来て、万が一にも逃さない。どれだけの時間を積み重ねて、ここへ来たと思っているんだ。
突然体の自由を奪われたディラロンテが顔色を変える。
「でっ……殿下っ……こ、これは何の真似です!? わ、私に鎖など、必要ありませんっ……!! 会議に出ろと言うなら参ります!! 抵抗する意思のない貴族を不当に拘束するなどっ……横暴ではありませんか!?」
「何を言っているんだ? 会議ならとっくに終わっている。お前が拒否しているうちに。それに、不当な拘束だと? また言いがかりか? お前もやっただろ。トルフィレに」
「…………っ!!」
「抵抗する意思のないあいつが、平伏して許しを乞うても、動けないほどに痛めつけ、鎖で繋いで、地下牢に監禁していたのだろう? それで…………今……なんて言った?」
「……それは…………で、ですからっっ!!」
「……あー………………もういい。俺は、お前の言い分を聞く気はまるでない。とりあえず、王城に行く前に、増えすぎた魔物を何とかしてこい」
「なっ…………な、何をっ……何をおっしゃっているのです……」
「心配するな…………俺も手伝うから。多少動けなくなっても、魔力で体を動かせば、魔物とは戦える。そのための、それだ」
その男に絡みついた魔力が光になって姿を表す。
すると、その男はもう真っ青だった。
「こ、こんなっ……こんなことが、許されるはずがっ……」
「お前の許しなど、最初からどーでもいい。これは、すでに会議で決まったことだ」
「何っ……!?」
「だいたい、お前は、さっきから何を言っているんだ? 領主を代行しているんだろう? お前たちが始めたことじゃないか。自分で決めておいて、何を言っているんだ?」
「それはっ……だ、だからと言って、こんなことが見過ごされていいはずがないっ……!」
「お前たちは、トルフィレにそうさせてきただろ。あいつは、お前たちに痛めつけられ、動かない体を魔力で無理矢理動かして、ここを守っていたんだぞ」
「…………」
「どうした? 何か言ったか?」
「それがっ…………何だと言うのです!! あの男は、逃げた一族から対価として預かったものだ!! 死ぬまで使って何が悪い!!?? むしろ、あんな出来損ないを押し付けられた私たちの方が被害者だ!! こんな不毛な領地を押し付けられてっっ……! それでもここまで耐えて来たのに!! こんなことがあっていいはずがない!!!!」
そいつが喚き終わると、辺りがしんと静かになる。
外からは、雄叫びのようなものが聞こえた。魔物を追っていった全員が戦っているのだろう。おそらく、トルフィレも。
俺は、見上げた窓からディラロンテの方に視線を移した。
そんなことを言い出すんじゃないかと思っていたが、本当にするとは。
「………………とりあえず、お前たちのせいで増えた魔物、殲滅してこい」
「殿下っ……!」
「トルフィレはしていたぞ。お前たちから、人として扱われず、物のように使われて、踏み躙られて、それでも、この領地のために、自分の体を魔物と戦うものにして、ずっと戦っていたんだ」
「だったらせめてこの魔力を取り除いてください!! 魔物を倒せと言うなら、今すぐしますから!」
「それは無理だ。俺も、お前たちの悪事を全て王城の会議でぶちまけてから来ている。絶対に逃すなと、全員から言われている……拘束は解けない」
「そんなっ……! こんなことがっ…………許されていいはずがないっ……!!」
「……そんな顔をするな。俺が何かしたか? おかしいだろ。すべてお前がしでかしたことだ……ああ……お前が、じゃなくて、お前たちが、か……」
俺は、その男から一歩離れて、広い玄関の天井を見上げた。
「フーウォトッグ」
呼びかけると、すぐに、俺の背後に、フーウォトッグが降りてくる。
「城の中は確認しました。隅々まで、鍵の魔法は行き渡っています」
「当たり前だ。俺の魔法だぞ」
「城から出たのはトルフィレ殿たち一行のみ、使用人は、全て退避させました。その男の一族、取り巻きは、誰一人城からでていません」
「そうか…………ここに集まっていてくれて助かったな……鍵をかけやすい」
もう、この城からは誰も出られない。出すつもりもない。ずっと、あいつを檻に閉じ込めていたのは、この連中の方だ。
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