全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐

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47*ロティンウィース視点*あんな悪評

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 話している途中で、フーウォトッグが戻ってきて、拘束したディラロンテの取り巻きのうちの一人をディラロンテの隣に並べ、去っていく。彼が置いて行った男はすでに魔力で拘束してあり、その体には光が絡みついていた。

 その様を見て、ディラロンテは驚いたようだ。「どういうことですか!?」と喚き出すが、この男の焦りなど、どうでもいい。

「ラグウーフは、隣町からここまでつながる道の現状を教えてくれた。そこで、アンソルラに隣町までの道の有様を調査させ、報告に行かせた。そこでやっとヴォーヤジュも気づいたらしい。全てを知ったヴォーヤジュは、本当に怒っていたぞ。本気でお前たちを信じていたのに、それがただの誤魔化しだと知った時、あいつは、それはそれは腹を立てたらしい。気づいたか? あいつは、ずっとお前を睨んでいたんだ。トルフィレには誤解されたようだが」

 あの時、ヴォーヤジュに迷惑をかけたと言って詫びていたトルフィレの姿を思い出す。そんなことをする必要はないのに。ヴォーヤジュは、トルフィレを待たせて申し訳ないと、そう話していたのだから。

 しかし、俺が話していることなど、扉の前で俺を睨むディラロンテには、どうでもいいことのようだ。そうだろうと思っていたが。

「他の貴族たちも、この領地とその周辺の状況を知ると、首を縦に振ってくれた。全く……本当に時間がかかったよ。この領地の包囲には、周辺の領地の協力が不可欠だったからな」
「包囲……?」

 そう聞いて、ついにディラロンテは、顔色を変えた。
 気づいたらしい。今、自分の身に危機が迫っていると。

 存分に、敵意を隠してきた甲斐があった。もうここからは、誰一人出すつもりはない。

 ディラロンテが、俺に向かって怒鳴る。

「包囲とは……どういうことですか!!」
「…………ディラロンテ……なぜ、俺が傭兵だったかわかるか? これだけ準備して、やっと俺はこの領地に入ることができた。最後の仕上げとして、ここの現状の調査が終わるまで、バレるわけにはいかなかったんだよ。確実にお前を捕らえるために。だってお前、逃げるだろ。俺が来たと知ったら」
「…………」

 ディラロンテは、黙っていた。

 この連中の逃げ足の速さは知っていた。何しろこいつらは、荒らすだけ荒らして逃げることに関しては、抜きんでているらしい。

「……うまいことを考えたな……領主はそのまま、自分は代行。吸い尽くすだけ吸い尽くして、搾取できるものがなくなれば、空っぽの残骸だけ元の領主に押し付けて逃げる。領主は領主でクズだから、すでにお前たちに弱みを握られている。領地が荒れたことについて、お前たちを糾弾することもなければ、こちらに助けを求めることもしない。貴族たちには手を回し、トルフィレだけを悪役に仕立て上げ、自分達は悪徳令息の被害を受けながらも領地のために努力する一族を演じる。もしも、バレそうになれば、自分達に代行をさせていた奴を囮に逃げる。その後は、都合の悪いことはそいつらに押し付け、自分達は何もしていない、領地に侵入してきたのは俺たちの方だと、証拠があるなら見せてみろと、そう糾弾の場で叫んで、こちらを黙らせるつもりだったのだろう? だから、存分に準備させてもらった。この街と、周辺の森と、その周りの領地にまで、俺の部下を配置している。貴族たちも、すでに黙らせた。俺はもう、明日にでも、公の場でお前の首を切れるぞ」
「何を馬鹿なっ…………!! こんなことが、許されるはずがない!! お、横暴だっ……王家は独裁を始めるつもりですか!!??」
「独裁? 誰もが、お前たちの捕縛を望んでいるのに?」
「…………っ!」

 俺は、その男の前に、魔法で取り出した書類をばら撒いた。全てに貴族のサインがある。全て、ディラロンテたちの捕縛に協力を求めたものだ。

「誰か一人でも、お前たちの逃亡に手を貸すと困るからな。断罪に口を出されても困る。こんなことをしている間に、いいことが知れたぞ。この名前の中には、お前たちに手を貸して、ここから質の良い素材を回してもらっていた貴族もいるようではないか。その連中も、このままではお前との関係を糾弾されると知ったら、すぐに手のひらを返したが。安心しろ。その連中も含めて、全員拘束するための準備はすでに済ませてある。俺を舐めるなよ…………」

 そんな俺の宣言を、聞いているのかいないのか、ディラロンテは顔色を変えている。

 こいつらが気前良く譲った素材は、かなり貴重なものだ。王都で売れば、城くらいは買えるだろう。目が眩む奴も多かったはずだ。搾取したもので周りの貴族連中を魅了しておけば、いざという時には逃げる手段になる。ずいぶん自信があったのだろう。実際に、切り崩しには時間がかかってしまった。

 俺はどうしても、あの日共に戦った男が、悪辣なやり方で領地を苦しめる下郎だなんて、思えなかった。
 どれだけの犠牲を払ってでも、それだけは否定したかった。

 あんな悪評、全て嘘だ。

「なあ……ディラロンテ……トルフィレに久しぶりに再会した時、あいつは素材を集めると言って、泥に塗れていたんだ……その上、走り出したかと思えば、すぐに気絶してしまった。俺は、あいつにすぐに回復の魔法をかけたが、あいつは目を覚さない。そのあと、あいつの服を脱がせて、風呂で体を洗ったんだ。その時、俺はあいつの体を見た……あいつは……身体中に、鞭の痕をつけていた……殴られたあとなど、数えきれなかった。火傷のあとや、大きな切り傷、骨が折れたようなあともあった。焼印までっっ…………!! 生きているのが不思議なくらいで、俺は、夜通し回復の魔法をかけ続けた。魔力も回復させた。それでも不安になる程、あいつは瀕死の状態で……それでも、魔物と戦っていたんだ…………あんなこと、誰にでもできることじゃない……本当は、あいつが何を言おうが、眠らせてでも王城に連れて行くつもりだった。だが、あいつと会った時、あいつは……小さな鳥籠を落としたんだ……ボロボロの鳥籠を。それを見たら、あいつのしようとしていることが分かった……そしたらっ……! どうしても、連れて行くことができなくなってしまったんだ……っっ!! あいつは、落としたそれを、大切なものだと言っていた。触れれば分かった。魔力で、何度も修復した跡がある。微かな魔力で、必死に修復を続けていたのだろう。お前たちに気づかれないように、ただの鳥籠に見えるように、ずっと魔法で隠しながら……お前も、何度も見ているはずだ。気づきはしなかったようだが。お前はずっと、あいつに負けていたんだよ。あれを見ても何も気付かずに、ただ欲望のままにあいつから搾取し続けてきたのだろう? お前からあれを隠して、拘束した魔物を押さえ込むだけでも、かなり魔力を使わなくてはならなかったはずだ…………きっと、ひどく苦しかっただろう。今も、後悔しているくらいだ。やはり、連れ帰るべきだったのではないかと…………」

 思い出すと、握った手が痛んだ。湧いた感情で制御が効かなくなっているらしい。それでも、その痛みのおかげで、ほんの少しくらいは冷静に戻れそうだ。
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