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43.ずっと、できなかったこと

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 ヴォーヤジュ様が、鎖に捕まった魔物を見上げて言った。

「これが……魔物の泥? いや、どれも、魔力がかなり強い。魔物の一部か……」

 ウェクトラテス様も、落ちた魔物の泥を拾い上げる。

「これだけの魔物……どうやって……」

 彼らは、僕に振り向いた。視線を浴びるだけで、縮み上がりそうなくらい緊張した。

 けれど、みんなが僕を待ってくれている気がして、僕は口を開いた。

「これは……全部、僕が捕獲した魔物です。全部……僕だけで集めました。どれも、放置されていたせいでひどく強力になるまでに育っていて…………」

 すると、すぐにディラロンテが僕を怒鳴りつける。

「待ちなさい! こんなもので、魔物が放置され強力になったとは言えません! そんなものっ……! 私は知りませんっ!! 他で手に入れて来た魔物の素材に、魔力を込めてそう見せかけているだけかもしれません! この魔物たちだって、この領地にいたものかどうか、怪しいものです! どこで手に入れて来た魔物かなんて、分かるはずがないでしょう! 別のところで手に入れたのかもしれない!!」
「そんなこと!! できるはずないじゃないですか!! 僕は全くこの城から出してもらえなかった! いつだって、魔物を退治する道具みたいに使われてっ…………道具の方が、まだ大切に扱われてる!! いつも広間で裸にされて、持ってたもの全部奪われてっ…………魔法で消してるものはないかって聞かれて、その場で拷問されてっ……!! それなのに、そんなことっ……できるわけないじゃないですかっっっ!!!!」
「黙りなさい!! 悪徳領主の悪餓鬼がっ!! そんなもの、お前が偽造できる程度のものです! だいたい! だからなんだというのです!? むしろそれは、あなたが魔物退治をサボった証拠でしょう!? あなたがちゃんと魔物退治をしていないから、そんなに増えたのですよ!? それなのに、責任転嫁も甚だしい!!!! だいたい、ここは私たちの領地です! 他に迷惑をかけたわけではあるまいし、だからなんだというのです!?」
「か、かけてないって……そんなはずないじゃないですか!! 他の街に向かう道が閉鎖されて、みんな困っているのに!!」
「だからなんです?? 閉鎖したのは私たちの領地です!! 誰にも、文句を言われる筋合いなどありません! 自分のものを好きに使って、何が悪いっっ!!!! お前もそうだっっ!! お前の身柄は、私たちに預けられている!! 道具として使おうが、嬲り尽くそうが、私たちの自由…………っ!!」

 言いかけたディラロンテの口に、魔力の光が絡みつくように張り付いて、動きを封じる。

 振り向けば、フーウォトッグ様がディラロンテに向かって手を突き出し、そいつを睨んでいた。彼が、魔力で彼の口を封じたらしい。

「聞くに耐えません。耐える必要があるとも思えません」

 冷たく言った彼の魔法のおかげで、広間が静かになる。

 ディラロンテが口を閉じて、皆が、僕に向き直った。

 ディラロンテの言うことは、事実でもある。僕の力が及ばなかったと言われれば、確かにそのとおりで、領地の外には魔物は溢れていないし、領主として最低限のことを、ディラロンテはしている。

 だから、怖かった。僕の言い分なんて、どうにでも押しつぶせる程度のものなんだから。

 体が震えてくる。胸が痛くて、苦しくなるほどに怖い。

 僕は、集まった人たちに頭を下げた。

「……今、飛んでいる魔物たち……すべて、放置が原因でここまで強力になっています……そ、それは……僕の力不足が原因でもあります……」

 手を伸ばすような価値、僕にはない。ずっと地下牢に押し込められて、役に立たないグズとなじられて、誰をも不快にするものだって教え込まれた。

 そうかもしれない。

 だけど、価値がないからと今ここで引き下がるなんて、できない。

 認めてほしくて、領主としての仕事を学んだ。一族からは馬鹿にされ、父上からは出来損ないと言われたけど、その時、一つ学べたんだ。ここを守るために領主がいるってことを。

 初めて殿下に手を取られて、外を歩いた。そしたら、この街は、思っていたよりのどかだった。

 もう一族なんて、心底どうでもいい。そんなことより、この場所の方が大切だ。

「僕だけじゃ……もう、ここを守りきれません。お願いします……どうかっ……僕に力を貸してください!!」

 思いっきり言って、僕は、ガタガタ震えたまま、手を差し出した。

 少し前までなら、絶対にできなかった。

 だって、こんなふうに手を差し出して、僕の手をとってくれる人がいるなんて、全く思えなかった。みんなディラロンテたちの方に頷いて、彼らのことを称賛するだろうと思っていた。

 だから、ずっとできなかった。

 だけど、殿下に手を引かれてここまで来て、そうでないような気がした。

 伸ばした手が、強く握られる。温かいと言うより熱くて、僕は、咄嗟に顔を上げた。

 僕の手をとったのは、第一王子のウェクトラテス様だった。

「遅い」
「え……?」
「早くそう言え」
「あ……」
「いや、違うな…………民を守るのは、王家の役目でもある。遅れたのは、俺たちの方だ。申し訳なかった」

 そう言って、彼が頭を下げるから、僕は真っ青。相手は第一王子なのに、こんなこと、させていいはずがない。

「あ、ああああ、あのっ……! 僕っ……や、や、やめてっ……!! やめてくださいっ……! あ、ああああのっ……あ、謝るのは、むしろ僕の方でっ……!! ぼ、僕っ……! と、とんでもないことをっ……うわあっっ!!」

 慌てていた僕を、第一王子から離すように、ロティンウィース様が抱きしめる。そして彼は、ウェクトラテス様を睨みつけて言った。

「兄上。俺の婚約者に触れないでいただきたい」

 ロティンウィース様に睨まれても、ウェクトラテス様は全く動じていない。それどころか、軽く肩をすくめて言った。

「……婚約者、予定の人だろう? フーグから聞いている。だが、予定とは……お前、さてはフラれたな?」
「フラれたっっ!!??」
「そうでなかったら、予定ではなくなっているだろう。フラれたのでないのなら、返事を待っている状態か? のろまめ。もたもたしていると、俺がとるぞ」

 そう言われて、ロティンウィース様の表情が変わる。相手を鋭く睨みつけるその様は、僕まで震え上がりそうだった。

「……兄上であっても、トルフィレだけは、絶対に渡しません」
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