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42.それは、証だ
しおりを挟むどうしよう……
殿下に手を引かれながら、僕は真っ青になっていた。
だって、そこにいるのは、僕なんかが顔を合わせていい相手じゃない。
絶対にみんな怒っている。
ウェクトラテス様にしてみれば、僕は、弟であるロティンウィース様を背後から勘違いで魔法で撃った下衆野郎で、貴族たちにしてみれば、領地で搾取を繰り返した挙句逃げた下衆領主の悪徳息子。ヴォーヤジュ様には迷惑をかけっぱなしだし……
視線が痛い……心臓が裁断されているみたいで、このまま死にそう…………
平伏すべきところなのに、殿下は全然手を離してくれないし、僕を広間の中央まで連れていってしまう。
そして、ウェクトラテス様のところまで行くと、「悪いな」と言って、肩をすくめた。
するとウェクトラテス様は微笑んで、幾分表情を柔らかくする。
「いつまで待たせるのかと思った」
彼がそう言うと、殿下は手を離してくれて、僕は震えながら、一人で立つことになった。
ウェクトラテス様が、ついに僕に振り向く。
全身が震えて、すぐに僕はその場に跪いた。
「も、申し訳ございませんっっっっ!! 僕っ……!! あ、あのっ……!! ロティンウィース殿下を背後から勘違いで魔法で撃ったのは僕ですっっ!! そ、それに、道の閉鎖もっ…………魔物が溢れて物流も止めてしまいっ……本当に申し訳ございません!! 本当にっ……申し訳ございません!」
ひたすら詫びる僕を前に、みんな、何も言わなかった。
どうしよう……絶対にみんな怒っている。
ぜんぶ、僕が悪いんだ。
ずっとそうだった。一族には、何か起こるたびに「全部お前が悪い」と怒鳴られ続けた。ディラロンテたちが来てからは、「悪徳令息が悪事ばかり働く」と言われ、嘲笑された。彼らに取り囲まれて、詰られるたびに、僕は、ずっと床に平伏しながら謝り続けていた。
だから、よく分かっている。悪いのは全部僕で、僕がみんなを不快にさせているんだと。
「…………申し訳ございません……ごめんなさいっ…………」
ガタガタ震える僕の手を、誰かが握った。怖くて、すぐに振り払おうとしたけど、その手は、あくまで優しく、僕を立ち上がらせてくれる。ロティンウィース様だった。
「そんなことはしなくていい……兄上たちの話を聞いてやってくれ」
「え…………? で、でもっ……」
僕がそんなことをしていいはずがない。
そう思ったけれど、ウェクトラテス様は、僕に微笑んでくれた。
「立ってくれ。ここの状況は、分かっている」
「え…………?」
顔を上げると、そこにいるみんなは、僕を見下ろして困ったような顔をしていたけど、誰一人、僕に敵意なんて向けてない。むしろ、突然床に這いつくばって涙目になった僕を、心配そうに見下ろしていた。
一体……どうなっているんだ……?
僕は、殿下を見上げた。
「あ、あの……殿下? これは……」
「トルフィレには話しただろう? 調査して、必要ならすぐに対処しろと言われていると。街には魔物が闊歩し、民たちを危険に晒している。もう王家も黙っていられない。それに、周りの貴族たちもだ」
殿下がそう言うと、ヴォーヤジュ様が頷いて、「俺だけではない」と周辺の領地が迷惑をしている話を聞かせてくれた。
彼と一緒にいたのは、港町に屋敷を構える魔法使いの一族の当主らしく、物流が止まっていることで困っているらしい。他に、隣接する領地の貴族もいて、ヴォーヤジュさんと同じように、道の閉鎖で困っているようだ。ここへ向かった商人が怪我をした話も聞けた。
全員が、僕ではなくて、僕の背後に冷たい視線を送る。そこにいるのは、ディラロンテだ。
けれど、彼らを前にしても、ディラロンテは平然としている。彼らに向かって、両手を広げて声を張り上げた。
「確かに、あなた方の言い分はもっともです! しかしそれは、ここで魔物が増えているから、仕方のないことなのです! ある程度の魔物の増加は、どこでも起こり得ることではありませんか。そもそも、ここで魔物が増えているとは言っても、まだ誰かの領地を荒らしたわけではないでしょう? その程度なんですよ。魔物が増えていると言っても」
ディラロンテの言っていることは、事実だ。毎日かけずり回って魔物を退治していたから、分かっている。
ディラロンテは、そういうことがうまいらしい。体面を保って、貴族とは争わないようにしながら、自分の縄張りでだけ、搾取を繰り返す。街の人たちは、不満に思いながらも貴族で強い魔法使いのディラロンテに睨まれたら、怖くて何も言えない。代わりに、不満は僕に来るように差し向けているらしい。
僕は、集まってくれた人たちに振り向いた。
喚いているのはディラロンテだけで、みんな、僕の説明を聞こうと待ってくれている。
殿下が僕のそばに寄り添って、そっと背中に手を当ててくれた。この人が、僕を取り囲んで大勢で責め立てるために、僕を連れてくるわけがない。
街でも、そうだったじゃないか。キャドッデさんも、ラグウーフさんも、レグラエトさんもパーロルットさんも、僕の話を聞いてくれた。
今ここにいる彼らだって、ここまで来てくれたんだ。彼らに、ここの現状を伝えたい。
だけど、ここでは……
それでも動けないでいると、殿下が、僕の手を握る。
「出していい」
「え?」
「全部出していい。俺が全て抑える」
「殿下……き、気づいていたのですか…………?」
「トルフィレ……」
「はいっ……!」
「…………もう、耐えなくていい。俺がいる」
「…………殿下……」
「俺も、トルフィレと共に戦いたいんだ。俺では不服か?」
「……っ!」
僕は、何度も首を横に振った。ついに耐えきれなくなって、涙が溢れてくる。すると、殿下はそっと、僕を抱きしめてくれた。
「……それは、トルフィレが一人でここを守った証だ。見せてやれ」
「はい…………」
みんなが、僕に振り向いている。
ここにいるみんなを、魔物の脅威に晒すわけにはいかないと思って、躊躇していたけど、僕のそばには今、ロティンウィース様が立ってくれているんだ。
僕は、小さな鳥籠を取り出して、その扉を開いた。
扉が開くと、中に拘束されていたものたちが、一斉に飛び出していく。
広い場所でよかった。そうでなければ、誰か襲われていたかもしれない。
鳥籠から飛び出したのは、魔物の一部や、魔物そのもの。どれも僕が戦った後で、今は魔物の泥のように見えるけど、まだ、魔物としての力も残っている。
鳥籠から解放されるなり、広間を縦横無尽に飛び回り始めた泥の塊たちは、中央に、強い魔力を持っている貴族の魔法使いたちが集まっていることに、すぐに気付いたみたいだ。一斉に、僕らに襲いかかってくる。
それに向かって、広間のあちこちから鎖が飛び出してきて、その体に巻き付いた。
後一歩遅ければ、ここにいる誰かに襲いかかっていたかもしれない。
けれど、さすがは皆、普段から魔物から街を守っているだけある。誰もが一斉に、魔物に向かって武器を構えていた。
唯一、ブラットルだけが悲鳴を上げて、広間から逃げていこうとする。けれどそれを、殿下の魔法が止めた。
「な、なんだ!!?? 動けないっ……うわ!!」
ブラットルは、逃げる仕草をしながらも、体がいうことを聞かないらしく、変な体勢で広間の中央に戻ってくる。殿下が魔力を使い、彼の体の自由を奪っているんだ。
無理矢理広間に戻されたブラットルには、全員から、酷く冷たい視線が向けられていた。
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