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41.いつの間にか開くのが怖くなっていた扉
しおりを挟む自分の知らないうちに王子殿下が来ていたと知り、ディラロンテは相当腹を立てているみたい。ずっと殿下に向かって喚いているが、殿下はまるで聞いていない。それよりも、アンソルラ様に振り向いて言った。
「ここの魔物は倒したんだ。まだ魔物は残っているようだし、それのことを教えてくれ。まずは城に帰ろうじゃないか」
すると、アンソルラ様はまた吠えて、自らの体を魔法の光で包み、いつもの小鳥くらいの大きさに戻る。
「早く行くぞ。フーグが待ってる」
アンソルラ様がそう言っているのに、殿下は僕をぎゅっと抱きしめてしまう。城に帰るんじゃなかったの!?
「で、殿下っ……!?? 何をしているんですか!?」
「可愛いトルフィレに回復の魔法をかけている」
「ぼ、僕は怪我をしていません!!」
「足に擦り傷ができているぞ?」
「今回はそれもしてません!」
「いいじゃないか。まだ魔物退治はしなくてはならない。フーグの調査では、まだこの辺りには強力な魔物が残っているらしい。襲われた時のために、ちゃんと回復しておかないとな!!」
「あのっ……それなら自分で回復の魔法をかけるのでっ……」
「ダメだ! 約束したからな!! トルフィレは俺が癒すと!」
「もう十分回復してます!」
叫んでも、殿下は僕を離してくれない。
そんな様子の殿下を、ディラロンテは少し戸惑った様子で睨んでいた。
「殿下……私の話は終わっていません。領地の魔物退治は私たちで行います」
「それも、城で聞く」
言われて、ディラロンテはしばらく殿下を睨みつけていた。そして、しばらくして肩をすくめて言う。
「仕方がありませんね……このことは、周辺の貴族たちにも報告しておきます。王家といえども、横暴を繰り返せば反感を買うことをお忘れにならないように……」
「あいつの言うとおりだなー。自分達のことを言ってるのか? お前」
「何をっ……」
「悪い悪い。怒るな。さあ、城に戻ろう! あっ……今のに腹を立てたからと言って、道中俺を暗殺しようなんて考えないでくれよ? 俺はまだ、トルフィレと初夜も迎えていないんだからな!!」
「ふざけるのもいい加減にしてください! 何が初夜っ……なんの話をしているのですか!! そんな態度でいられるのも、今の内ですよ!」
そう言って、ディラロンテはすでに開いていた砦の扉の方に向かって歩き出す。
もう城に帰るんだ……
にわかに、不安になった。
昨日から、僕は一度も城に戻っていない。その間に、いろんなことができた。もう城には戻りたくない……
すでに夕方になっていたようで、砦の窓から夕焼けが見えた。一瞬、砦から出たくないとすら思った。だけど、そんなわけにはいかない……
不安ばかりで動けない僕の肩を、殿下がそっと抱く。
「トルフィレ……」
「殿下……僕、あの……」
「大丈夫だ。俺が一緒に行く」
「…………はい……」
*
こうして僕は、殿下とアンソルラ様に連れられて、帰路に着いた。
ディラロンテたちは、よほど僕が気に入らないらしく、ずっと僕を睨んでいた。
だけど、僕の方は、もうそんなことを気にすることすらできなくなっていた。
自分が城に帰って行く様が、初めて殿下に会った時と同じように思えてくる。
ロティンウィース様を、悪事を働く竜と間違え、竜退治に行った時だ。
あの時は、扉を開けて城に入ったら、そこはもう、僕の城じゃなかった。
あの城に僕の一族がいた時から、僕はひどい扱いを受けていたし、置いて行かれたと知った時も、そうか、くらいの感想しかなかった。
逃げそうな感じはしていたし、逃げるんなら、僕のことは囮にするか、そうでなかったら、売り払って逃亡資金にするか……そのどっちかかなー、なんて思っていた。
代わりにあの城に来たアフィトシオたちの僕に対する扱いも、以前とそこまで変わらない。僕を嬲る人数が少し増えて、魔物退治を言い付けられる回数が増えたくらい。
だけど、あの日から、僕はさらに酷くなじられるようになった。
昔から一族には「邪魔者」と言われて、何か起これば全部僕のせいにされていたけど、一族が逃げて、逃げた一族のクズ息子になってからは、それが更にひどくなった。
ディラロンテたちには、誰が匿ってやっていると思っているんだと言われて、街に出れば、搾取を繰り返したクソ一族のクソ息子として、冷たい視線が飛んでくる。
どこにいっても、僕は苦しかった。僕自身も、殿下を傷つけたことを激しく後悔していたし、責められても仕方ないのかと思っていたけど、それでも、毎日非難されて、辛かった。
あの日、僕に理不尽に攻撃された殿下は、僕に「構わない、いいんだ」って言ってくれたのに、僕にはそれも聞こえなかった。
だけど……今は……
殿下が手を握ってくれている。
なんだか温かい。これは、あの時とは全然違う。
あの日、僕と殿下が戦った魔物は強力なものばかりで、殿下の仲間にも、多くの負傷者が出た。僕と殿下の回復の魔法だけじゃ間に合わなくて、殿下は、仲間の回復のために彼らを連れて帰っていった。
殿下たちが去っていく後ろ姿を、僕は彼らの無事を祈りながら、じっと見つめていた。
本当はあの時、彼らについて行きたかったのかもしれない。
街の上空を飛んで、僕らは、城の前に来た。
門を越えて、扉の前に来ると、足がすくみそうだった。もう二度と帰りたくないって、全身が僕を止めているようだった。
扉が開く。
眩しくて目を閉じたけど、それが開くと、いつも僕を待ち受けているディラロンテの部下たちがいない。ディラロンテに全員ついて来ているわけじゃないのに、どうしたんだろう。
いつもなら、魔物退治から帰ったら、僕は裸にされて、持っていたものを取り上げられて、疲れ切った体をさらに鞭で打たれて、何も持っていないか拷問されながら聞かれて、その後は地下牢に放り込まれていた。
それなのに、今日は待ち構えている人が誰もいない。
僕らの後について来たディラロンテたちも、驚いているようだった。
怯えてキョロキョロしている僕の手を、殿下は強く握って連れていく。この先は、広間だ。僕は城に帰ったら、地下牢に戻ることになっているのに。
「あ、あのっ…………殿下……」
声をかけると、殿下は僕を引き寄せ、扉の前で肩を抱く。
広間の扉が開く。
「え……ここ…………」
荒れていた広間は、すっかり綺麗に片付けられていた。いつもここはアフィトシオが酒を飲む場所になっていて、テーブルには酒と豪勢な食事が置かれ、アフィトシオが呼び寄せた、乱暴な貴族たちと酒盛りが行われていたのに。
それなのに、今はテーブルがひとつもなくて、代わりに、広間の真ん中に、一人の男が拘束されて倒れていた。アフィトシオだ。倒れているのは縄で縛られているからじゃなくて、酒の飲み過ぎで動けないらしい。街の人たちはみんな、物資が少なくて苦しんでいるのに。
そして、そのそばに、数人の男たちが立っていた。一人は、猫耳の男の人の姿に戻ったフーウォトッグ様。他の人たちも、多分貴族だろう。彼らの後ろには、従者なのだろう人たちが並んでいる。
……というか……あの端に立っている人……ヴォーヤジュ様じゃないか!!??
遠目に見たことがあるだけだけど、微かな記憶で覚えている。体格が良くて、いつも大きな剣を背中に担いでいる、真っ黒な髪の男の人だ。彼はじっと、僕を睨んでいた。
ど、どうしよう……隣町に向かう道の件、絶対怒ってるんだ!! 一方的に閉鎖なんてして迷惑かけてるし……
僕はどう謝罪すればいいんだ!?
震えていると、並んだ人たちのうちの一人、ショートカットの金髪で、黒い外套を羽織った背の高い男の人が、僕らに……というより、ロティンウィース様に向かって手を伸ばす。
「遅いぞ。何をもたもたしていた?」
僕に言われた気がして、すぐに頭を下げようとしたけど、殿下に抱き寄せられてしまう。
殿下は、その人に微笑んで言った。
「仕方がないだろう? 俺の婚約者が可愛いんだ!」
「……ふざけているのか?」
「まさか。お待たせして、申し訳ございません。兄上」
兄!!?? え……じ、じゃあ、あれ、第一王子殿下のウェクトラテス様!??
すぐさま跪こうとする僕だけど、ロティンウィース様はそんなことすらさせてくれなくて、僕の手を握ったまま、広間の中心にまで歩いていく。
相手は王族なのに!! 僕なんか、無礼を働いたらすぐ死刑だ!! しかも、どう考えても並んでる人たち全員、僕なんかが対等に話していい相手じゃない!!!! むしろ即座に平伏して全力で謝罪しなければならない相手ばかりだ!!
「あ、あの!! で、でんか!??」
「トルフィレは俺の婚約者、だろ?」
「えっっ!!?? えっ、で、でもっ……! まだ婚約者じゃありません……」
「そうだったな! 俺の婚約者になる予定の人だ!!」
「……予定って……あ、あのっ……!! と、とにかく手を離してくださいっ……!! 跪きますから!」
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