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36.きっとそうするだろうから
しおりを挟む僕は、殿下を連れて森を飛んだ。飛んでいる間にも魔物は倒して、魔物が見えなくなった頃、僕は殿下を連れて地上に降りた。
そこまで来て。
僕は、振り向けなくなっていた。
つい勢いで殿下の手を握ってここまで連れて来ちゃったけど……こ、これ、よかったのか!? 勝手に王子殿下の手を繋いで、無理矢理連れてくるなんて……
これって、もしかして連れ去ったことになるのか? そもそも、勝手に手を繋いでいいのか? 連れてるくる前に「失礼します」って言ったけど、殿下の返事は聞いてない。強引に王子殿下を連れ去るなんて、僕はなんてことをしたんだ!
だって、殿下ともっと話したくて、殿下のそばにあいつらがいるのが嫌でっ……それで、つい……
いや、こんなの最初から最後まで全部言い訳じゃないか。言い訳がしたいわけじゃない。ちゃんと謝らないと!
でも、もしも殿下がひどく怒っていたらどうしよう……
恐る恐る、振り向く。
けれど、怯える僕に、殿下は微笑んでくれた。
「……すごい魔法だな」
「へっ……!?」
「森の中を飛びながら魔物を倒していたじゃないか」
「え!? あ、あれはっ……その……た、大したことありません……あっ……ま、魔力っ……!! 魔力が回復してたから……できた……だけ、で…………本当に……殿下の魔法に比べたら……なんでもないです………………あの…………」
言いながら、だんだん俯いて、しかも顔までそむけてしまう。
何をしているんだ、僕は。謝れよ。無理矢理こんなところに連れて来て申し訳ございませんって!! さっきまでそのつもりだっただろ!!
「あ、あのっ…………んっ!??」
やっと口を開いたのに、抱き寄せられて、僕の顔は殿下の胸に埋まってしまう。
何かと思えば、殿下は僕の背後の木々のずっと向こうにいた魔物を魔法で貫いてくれたところだった。強い魔力の弾に破壊されて、魔物はすぐに消えていく。
魔物がいたのか……
殿下のことに夢中で、気づかなかった。というより、むしろ、これだけ離れているのに、その反応ができる殿下の方がおかしいんだ……
というか、ついさっき殿下を守るって宣言したのに、逆に守ってもらうなんて、僕は何をしているんだ!!
「も、申し訳ございませんっ……」
「なにがだ? せっかくトルフィレを抱きしめられたんだ。もう少し、抱きしめられていろ」
「……」
殿下がそう言ってくれるのは嬉しい。
今は、僕と殿下しかいない。こんな風に殿下に包まれているのは気持ちいいんだけど……
それでも、やっぱり不安になる。
僕と殿下なら、魔力も何もかも、殿下の方が上。それは、こうして二人で戦っていればわかるんだ。それなのに、魔物が溢れる森で、殿下の護衛が僕だけ。さっきも気付けなかったし……
これって……やっぱり本当に、まずい状態だと思う。
「あ、あの……殿下……」
「どうした?」
「…………ま、街の中ならともかく、砦には、強力な毒を持った魔物がいるんですっ……や、やっぱり……もう少し護衛を増やした方がいいです……そ、それに、殿下が護衛一人だけをつれて毒の魔物退治だなんて、王家だって許さないんじゃ……」
「許すさ」
「え…………?」
「護衛一人どころか、そもそも、護衛の話すら出ていない。ここのことは、俺に一任されている」
「……え………………?」
「……俺は、魔物の調査のためにきたと話しただろう? 状況を確認して、必要ならすぐに対処しろと、兄上にも言われている」
「兄上って……殿下のお兄さん!? 第一王子殿下のウェクトラテス様!??」
「ああ。そうだ。ここは、必ず取り戻す。だからトルフィレ……俺と来て欲しい」
「…………で、でもっ……それ、護衛をつけない理由にはならないんじゃ……」
「なるぞ? 俺があの街を共に守りたいと思ったトルフィレが一緒なんだ。俺たち二人がいれば、魔物の方はどうにでもなる!」
「……やっぱり、理由になってません……ほ、本当に、強力な魔物が出るのに……ぼ、僕だけじゃ、力不足だと思います……」
「…………相変わらず、トルフィレには自覚がないな…………ついさっき、あれだけの数の魔物を一人で倒しておきながら」
「え…………? そ、それは……殿下が僕を回復してくれたおかげで……す……」
「それは嬉しいな。トルフィレが力を発揮できる手助けができたようだ」
「…………」
嬉しいって……そんなことを、ロティンウィース様は喜んでくれるのか? むしろ、嬉しいのは僕の方なのに。
ぎゅっと抱きしめられていると、だんだん僕も、その体に身を委ねてしまう。
なんだか気持ちいい……殿下にこうされると。いつだってそうだった。温かくて、ホッとする。
それに、やっぱりこうされていると力が抜ける。
今は二人きりだ。魔物も倒して来たし、ディラロンテたちもいない。少しの間だけ、こうしていたい。全身、癒されていくみたいだ。
僕は、恐る恐る、ロティンウィース様の背中に手を回した。触れた手で、彼の背中を感じられて、今まで以上に鼓動が早くなっていく。
すると殿下が「…………トルフィレ……」って、僕の名前を呼んでくれた。
よ、呼ばれたんだし、答えた方がいいのか!??
「……で、じゃなくて、ロウィス……ぼ、僕ロウィスに抱きしめられていると…………あの、き……っ!」
言いかけて、僕は慌てて言葉を切った。
抱きしめられてると気持ちいいって、そんなこと、言っていいのか……? ついさっき王子殿下を無理矢理ここまで連れて来たばかりなのに、そんなこと言って……無礼じゃないのか!? むしろ、殿下とこんなことしてるのが僕でいいのか!??
また色々考えてしまい、僕はもう何も言えなくなった。途中で言いかけて止めたりしたら、殿下だって困るだろう。
何か、言わないと…………だめだ。何にも思いつかない!!
抱きついたままじっとして、何も言えずにおろおろしてたら、急に殿下は申し訳なさそうに言った。
「すまない…………ずっと、回復の魔法をかけていた……」
「えっっ!!?? か、回復!??」
なんのことかと思って、顔を上げる。すると、殿下も僕を見下ろして驚いていた。
「……え? それを言おうとしていたんじゃないのか?」
「ち、ちがいます! その……抱きしめられるのが気持ちいいって、言おうとしただけで……」
「え?」
「あ…………」
僕はどこまで馬鹿なんだ…………言わないでおこうと思ってたのに、あっさり口を滑らせるなんて!!
やっぱり殿下に抱きしめられてると、力が抜けすぎる。警戒心まで消えて、こんなこと言っちゃて……
不快に感じていないだろうか。無礼じゃなかった?
「あっ……ち、ちがっ…………」
「……勝手に回復の魔法をかけていたことに気づかれたのかと思ったが……俺に抱きしめられるのが、気持ちよかったのか?」
「………………」
もう全身熱くて、安心して力が抜けるのに、いつもと違う緊張感に襲われて、訳が分からない。だけど、バレちゃったからには仕方ない。僕は、ビクビクしながら頷いた。
すると、殿下は優しく微笑んでくれる。
「そうか……じゃあもっと抱きしめておくか!!」
「うわああっっ…………! ま、待ってっ……あのっ!! か、回復って……ぼ、僕、怪我……してませんけど…………」
「そんなことはない。擦り傷ができていたぞ?」
「そ、そんなの、放っておけば治ります……」
そんな小さな傷まで、王子殿下に治させていたなんて……
しかも、気づきもせずに、お礼も言ってない!! もしかして、これまでも、こうして僕を回復してくれてたのか……? 昨日、「応急処置だ」って言ってくれた時みたいに。
「もっ……申し訳ございません! 僕っ……き、気づきもせずっ……お礼もっ……! 全然言ってなくてっ……!! 殿下になんてことを…………申し訳ございませんっ……ほ、本当に……どうお詫びしていいかっ……!」
取り乱す僕の頭を、ロティンウィース様は、そっと撫でてくれた。
「……そう言って、また何度も俺に詫びると思ったから、言わなかった」
「殿下…………」
「昨日、あの街で再会した時も、トルフィレは俺の前で跪いて泣きながらずっと詫びていただろう? 俺は本当にトルフィレに感謝していて、トルフィレにお礼を言って、一緒に戦いたかったんだ。それなのに、傷だらけのトルフィレに何度も頭を下げさせてしまった……」
「そっ……そんなのっ! 僕が勝手にしたんですっ!!!!」
喚く僕を、殿下はまた抱きしめて、落ち着かせてくれる。さっきまで申し訳ないって気持ちで頭がいっぱいで、壊れそうだったのに。
「あの時話しただろう? 癒すと。何しろ、あの時のトルフィレは、今にも壊れそうだったからな……だから謝ってないで癒されていろ!」
「殿下…………」
「嫌か?」
聞かれて、僕は何度も首を横に振った。嫌なはずがない。こんなの嬉しすぎて、信じられなくて、どうしていいか分からないだけだ。
慣れない緊張感に、ビクビクしながら頷くと、殿下はますます強く僕を抱きしめてくれた。
「……可愛いなー……このまま、俺のものにしてしまおうか」
また僕の気持ちが甘さで溶けちゃいそうなことを言う……そんなこと言われて、抗えるはずがない。
「…………ど、どうぞ…………」
恐る恐る言うと、彼が僕を抱きしめる腕がかすかに動揺するように震えて、僕の頬にそっと当てられる。
「トルフィレ…………」
そう言った彼と目があって、今度はもう目が離せなかった。
けれど、ちょうどその時、遠くから激しく木々が揺れる音がした。また魔物が現れたらしい。ちょっと名残惜しいけど……
「殿下……」
「……残念だが、今はこっちが先か……帰ったらまたするぞ!」
「え……」
ま、また抱きしめられるの!? そんなこと考えてたら、ドキドキして魔物と戦えなくなりそうだ……
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